⑫ 24歳のエンターテイメント症候群。
村上春樹としての病などと言う存在しない病を勝手に作ったので、今回は本当にある(?)言葉について考えてみたいと思います。
それは「エンターテイメント症候群」です。
涼宮ハルヒの憂鬱の語り手、キョンが患っている病(という意味では造語ですが……)。
その病について言及したのは佐々木というキョンの中学時代の同級生でした。「エンターテイメント症候群」。言い得て妙でしょう。キョンは「涼宮ハルヒの憂鬱」で明かしていますが、サンタは信じていなかったけれど正義のヒーローはそれなりの年齢までは信じていた。
が、勿論そんな存在はいないと知った頃に、キョンは涼宮ハルヒに出会った訳です。
ハルヒという存在はキョンにとってエンターテイメントそのものです。そして、涼宮ハルヒの消失でキョンは明確にハルヒのエンターテイメント性の世界を肯定します。
すると、どうなるのか。「エンターテイメント症候群」を患い続ける結果は何なのか、を今回は考えてみたいと思います。
ユリイカが涼宮ハルヒの憂鬱の特集を組んだことがあります。そこで佐々木敦という評論家がエッセイ(評論?)を寄せていました。タイトルは「24歳の涼宮ハルヒへ(ユリイカが発売した年がハルヒが出版されて九年が経っていました)」と言うものでした。
繰り返しになりますが、キョンが抱えるエンターテイメント性を涼宮ハルヒは確実に持っています。
少なくとも高校一年生の自己紹介の場では。
しかし、24歳になった涼宮ハルヒはそれを持ち得ないと佐々木敦は書きます。そんなハルヒは高校一年生のSOS団を作った頃の自分を、どのように思い返すのか?
それが佐々木敦のエッセイの根幹です。
これを読んだ時、僕が思ったことは少しずれた部分にありました。
24歳のキョンは何を思っているのか、です。
それこそ24歳のキョンは「秒速5センチメートル」的な主人公に成り下がっていてもおかしくない、と僕は思いました。つまり、過去の輝かしい記憶だけを大事に抱え込んで日々弾力を失っていく人間。
それほど強烈な経験をキョンは体験してしまっている。
無自覚にエンターテイメントを与え続けてくる涼宮ハルヒという存在はキョンにとって暴力に近いはずです。更には、その暴力をキョンは「消失」で肯定してしまっています。そんなキョンが、ただ歳を重ねただけで味気ない現実に帰還できるのか僕は疑問です。
なら、キョンは現実に帰還しない、という結論でもいいのではないのでしょうか?
ハルヒの有名な自己紹介文を思い返してみましょう。
「東中出身、涼宮ハルヒ。ただの人間には興味ありません。この中に宇宙人(長門有希)、未来人(朝比奈みくる)、異世界人(?)、超能力者(古泉一樹)がいたらあたしのところに来なさい」
涼宮ハルヒは世界を改変する力を持っている、とされています。神、とまで呼ばれています。なのに、異世界人の席だけは、まだ埋まっていません。その席は誰なのか。
少し話を脇道に寄せます。
朝比奈みくるがキョンの妹ではないか? という憶測がネットで議論されていました。アニメにおいてみくるとキョンの妹の動作はあえて重ねられるように描かれている箇所が幾つかあります。
また、妹の名前(そして、キョンの名字)は現在においても明かされていません。仮定ですが、みくるがキョンの妹だった場合。未来から来たみくるが高校一年生のキョンに切実な表情で「久しぶり」と言うのはおかしい。
久しぶり、と言う以上、キョンとみくる(妹)が別れるイベントが未来で起こるのでしょう。
では、どのような原因で別れるのか。やや強引な気もしますが、キョン個人が「異世界人」だった場合なのではないか、と考えました。つまりキョンが異世界へと帰る(帰される)のではないか(ただし、原作ではキョンとハルヒが同じ大学に進んだ未来図が描かれてもいます)。
あるいは、みくるが未来人と自称していますが、その世界はハルヒたちのいる世界とはパラレルで、実はみくる自身が異世界人だった。
そういう記述が実はハルヒの「驚愕」でありました。みくるの弟を自称する男が登場し、それに対し未来のみくるが拒絶する、というシーンです。
まだ訪れていない未来はシュタゲ的に、あらゆる世界線が有り得る訳で、その中にもしかすると「ハルヒ」のいない世界線なるものがあって……、などと言う予想までつけられるのですが、そこまで行くと収拾がつかなくなるので止めましょう。
何にしても、「エンターテイメント症候群」を掘り下げて行けば行くほどに、頭打ちになるのは現実への帰還が難しくなり、それは結果的に大人になれない(成熟しない)、ことに繋がります。
一時期のライトノベルの覇権を握っていた人気シリーズの主人公が現実への帰還も、大人になることもなく終わるのだとしたら、それはそれでどうなのだろう? と思わないでもないですが、「ライ麦畑でつかまえて」などの青春小説もちゃんと大人になったとは言いにくい結末ですし、それはそれで良いのかな? と思ったりする次第です。
なにより、面白ければ、それでオッケーとも言えます。
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