祭り車の話

安良巻祐介

 

 夕暮れ時、人気のない通りをぼんやり見つめていると、路の向こうから、車に乗った人形がコトコトと音を立ててやって来ることがある。

 一口に人形と言っても様々で、カラフルなピエロであったり、福助であったり、仏蘭西人形であったり、怒り顔の入道であったりするのだが、いずれも大抵、泥や土で汚れていて、どこからか掘り出されてきたような態である。

 そういう人形が、車に乗って、手や足を振ったり、頭をゆっくりと頷かせたりしながら、路の上をゆっくりとやって来る。

 ぜんまいや電池など、動力がついているわけではないから、不思議に思うだろう。

 種明かしをすると――人形を捕まえて壊してみればすぐにわかることだが――中に、虫が入っているのである。

 蟻や蝿や、草鞋虫や、或いは名前もわからないような大量の小さな虫たちが、人形や車の中に侵入し、細かく蠢くことによって、動かしているのだ。

 顔や目などが赤黒く光ったりしていることなどもあるが、それは、中に入り込んだ白髪蛍シラガボタル鬼灯ほおずきむしなどの仕業である。

 或いは、茜色の路の上を、お囃子のように進んできたビスクドールを叩き割ったら、中から白い蛆ばかりが大量に湧いて出て来たという話もある。

 日本人形を乗せた小さな牛車の片輪が外れて、倒れて広がった黒髪の中から、夕焼けへ揚羽蝶が飛び立った、そんなこともあったという。

 人形の手足の動きや、顔の上下なども、つまりは特に意味のあることではなく、中の虫の動きに合わせて、そうなっているだけの話だ。

 しかし、そもそも、なぜ虫が集まって、打ち棄てられていたそれらの人形を動かすのか。車に乗せるのか。

 その点については、よくわからない。

 ただ一つ、人形の車を追いかけようとすることは、はっきりと戒められている。

 と言っても、ほとんどの場合、追いかける途中で人形が倒れたり、中の虫が潰れたりして進まなくなってそれきりらしいのだが、稀にそのままどこかへと向かっていく人形があり、最後まで追いかけていくと、よくないことになるという。

 だから、夕暮れの通りをやって来る人形の車を見つけた時には、いっそ捕まえて、踏みつけて、壊してしまうのがいい。

 壊された人形は、しばらく路の上で、虫を湧き零しながら細かく蠢いているだろうが、どうせすぐに動かなくなる。

 後は、それを見ないようにしながら、以下の唄を唱えて、ただ立ち去ることである。


寐たる子の 床はもぬけて空蝉の 羽根ある神や誘ひ行きけん

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祭り車の話 安良巻祐介 @aramaki88

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