第6話 お買い物のお話
今泉動物病院を後にし、美緒ちゃんオススメのペットショップへ向かう。診察代で思ったよりも安くついたから財布の中はまだ大丈夫だが、一応銀行で下ろしてくるか。使う事のないまま終わると思っていた貯金がまさか、こんなところで役に立つとはな。そういえば姉貴はよくお年玉とか使っていた。色々と買い込んでいたが確か殆どが、ガラクタのようなどうでもいい物だった記憶がある。でも楽しそうに遊んでたな。俺はそんな姉貴を部屋の隅から眺めているのが好きだった。見ているだけで楽しかったのに、俺は姉貴が無理やり手を引っ張って一緒に遊ばされてた。二人しかいない家に大きな笑い声が響いていて、ご近所さんはさぞかし微笑ましく思っただろう。
今頃姉貴は何をしているのだろうか?気になるところだが、自分から電話を掛けるというのは何となく嫌だ。それに、今無職だと伝わってしまったらたまったものじゃない。飛んでくるからな。流石にそれは勘弁してもらいたい。
さて、外に出てから右に直進すれば大きなデパートが見えてきた。見渡せば平日にも関わらず沢山の人が出入りしていた。途端大きな鐘の音が響いた、何事かと小雪がエコバックの中から顔をヒョコっと出した。可愛い可愛い。鐘の音の正体は正午を知らせるものだった。そういえばこの辺には大きな時計台のある学校があって、そこの時計台は鐘の音が綺麗らしい。確か時ヶ峰高校だったかな?大家さんが話していた気がする。まぁどうでも良い事だが暇なときにでも足を運んで、この辺の地理を知らないとな。
ようやくデパートの入り口に来たわけだが、この奥にうじゃうじゃ人がいると思うと入りにくい。マスクぐらいつけてくるんだったな。よくもまぁ皆さんずんずんと入って行きますね。恐ろしい。だがまぁ、俺も少し寒くなってきた。それにあまり長く入り口に立っているのも迷惑だろう。ここは意を決して入店すとしよう。
足を踏み入れたその領域は、城さながらの壮大さだった。何だろう場違いな感じがひしひしと伝わってくるのだが。だがここで引き返してなるものか。今日は小雪のための買い物。目的達成までは帰られない。というか高校三年生の美緒ちゃんがオススメするのだから、取り立てて心配することもないだろう。見取り図見取り図っと。あったあった。なになに、ペットショップは二階か。小雪はエレベーター大丈夫だろうか。俺と似た所が少なからずあるからな。おっと、意外と人が少ない。エレベーターの中は三人しかおらず、これぐらいの人数なら俺も大丈夫だ。つまり小雪も大丈夫だろう。
二階に着いてから、左に曲がればペットショップがあった。ペットショップらしい独特な匂いと、数十といる動物の鳴き声が合わさって、中々に混沌としていた。初めて来る場の雰囲気にどう対処して良いか分からず、うろうろと同じ所を歩き回っていると不思議に、もとい不自然に思ったのか店員さんから訝し気に声をかけてきた。
「お客様、何かお探しでしょうか?」
「うぇ?あ、はい猫を飼うのに必要な物を……」
いきなり声をかけられたので素っ頓狂な声が出てしまったが、小雪を見せれば店員さんは理解し、こちらですと、穏やかに売り場へ案内してくれた。
「こちらが、猫の為の売り場ですね。買うものは決まっていますか?」
「一応メモがあるんですけど、これで大丈夫ですかね?」
着いてからどうせ何も分からないだろうという事で、実は美緒ちゃんが必要な物をノート1ページ分メモしてくれていたのだ。別に美緒ちゃんを疑っているわけではないが、聞き慣れないというか分からない単語ばかりなので、一応プロ店員さんに確認してもらう。いや、美緒ちゃんもプロなんだけどね……
「……このメモ凄いですね!全部書いてあるじゃないですか!!しかも売り場まで!!!」
「そ、そうですよねぇ~」
わなわなと手を震わせ、何か物凄く店員さんが迫って来た。眼が輝きすぎて怖い。プロである店員さんが眼をここまで輝かせるなんて。やはり美緒ちゃんに勝る者無しなのだろうか。
「すみません、これちょっと借りても良いですか?有難うございます!!」
ダッシュで奥の関係者以外立入禁止区域に入っていった。中からは何やら、スゲーとかこんな凄いの誰のだよだとか賑やかな声がしてくる。そういえば俺まだ許可だしてないんだけどな。まぁ別に許可を出すような代物でもないけれど。紙切れ一枚でここまで人は変わるのか、勉強になります。会話を理解していたのか、小雪は呆れたような表情だった。程なくして先ほどの店員さんは戻ってき、冷静さを取り戻していた。
「先程は大変失礼しました。こちらのメモ一枚に全てが分かり易く凝縮してあったのでつい……」
「いえ別に構わないんですけど、これそんなに凄いんですか?」
「凄いなんてものじゃないですよ!店内を知り尽くし、動物を知り尽くし、私達ですら知らなかったありとあらゆる知識が書いてあるんです!!」
何だろう、それもうメモとかじゃなくてちょっとした魔導書的なやつだよね。危ない物とかじゃなくて普通にメモなんだよね。ノート1ページ分でここまで店員さんを狂わせる美緒ちゃん、凄すぎる……
「これ、私たちの間で活用しちゃっても大丈夫ですかね。というか既にコピーしてるんですけど」
「えっと、多分大丈夫だと思います?」
店員さんの熱意と視線に負けあっけなく許可を出してしまった。悪い事に使うわけではないので大丈夫だろうが、次美緒ちゃんに会ったら謝っておこう。多分なんとも思わず、むしろ俺が外にいることに驚くと思うけど。店員さんは、〝ヒャッハー!これで俺達も一つ上のランクに上がれるぜ!!〟と他の店員さんと歓喜していた。あぁ、店員さんが暴走していく……もうあの人たちほっといて、さっさと買って帰るか。〝にゃぁ〟と俺の考えに同意するように小雪はため息を交えつつ鳴いた。
さてさて、何を買えば良いんだ?まずは、ご飯か。エサと書かずにご飯と書く美緒ちゃんは、やはり動物に対する愛情が人一倍強いのだろう。一般的なやつで大丈夫と書いてある。あ、凄いちゃんと場所まで書いてある。必要な物と場所の全てがメモ一枚で分かり、これなら確かに店員さんが目を輝かせるのも頷ける。それにしても、場所まで把握している美緒ちゃん常連過ぎないか?他にも細かそして見やすく書いてあるメモを見ながら順調に買い物は進んだ。
「合計で三万八千円ですね」
診察代の倍以上の値段だが、全く問題ない。何故なら貯金が山ほどあったから。自分でも気付かないうちに馬鹿みたいに貯まっていた。使いどころがなくて困っていたので丁度いい。お会計を済ませると、先ほど暴走していた店員さんが寄って来た。
「お買い上げ有難うございます。個人的な質問で悪いんすけど、行きつけの動物病院教えてもらえませんか?」
「昨日この子を拾ったばかりなので行きつけではないですが、今泉動物病院に今朝行きましたね」
「何と、今泉さんの所ですか!いや~それならこのメモの凄さも理解できますよ!!」
「はぁ。すみません俺あんまり知らないんですけど、今泉さんてやっぱりすごいんですか?」
「そりゃ、この辺唯一の動物病院ですからね。人柄の良さと技術と、何より動物にかける愛情で、この辺の飼い主から愛されてるんですよ!!」
「信頼されてるじゃなくて愛されてるんだ……」
恐るべし今泉家族。今後も長く通って行くだろうが、ここまで信頼と言うか愛されていれば、安心できる。いやまぁ、今朝行って良いなとは思ったけどね。〝今後も通い続けてくださいね!!〟と店員さんが熱く迫って来たので、俺はまた訳の分からない返事をするのだった。
余談だが、美緒ちゃんのメモには次来るべき日まで書かれていた。日付の下には可愛らしい猫の絵と、〝この日ぐらいは外出してください〟と書かれていた。美緒ちゃん世の中の無職が全員引き籠りだと思っているんじゃないだろうか?今度会うときにそれは違うと訂正しておこう。
無職さんと子猫の日記 @pometan
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