Fine ――その後のふたり
その花が届いたのは、5月の頃だった。
咲ぞめの薄紅色の薔薇がわたしの年の数だけ届いた。
マメだなぁ、と思う。そして、そんな暇があるなら、電話ひとつでもしてくれたらいいと思う。LINEだって、自分が都合のいい時だけ送ってきて『元気か? 元気にしてるよ』みたいな1人ボケ1人ツッコミ状態。
……誕生日なのにな。
つき合うとき、わたしは誕生日が過ぎてすぐだったから、2人でコンビニでケーキを買って、ベンチで食べた。
高校2年、ちょうどつき合って1年になるとき、ふたりでデザートのビュッフェに行って、できるだけ元を取ろうねと欲張ってふたり爆死した。
高校3年、受験生になった。なんとはなしに……来年の約束は出来ないかもしれないと声にしなくても心で感じで、
小さいバースデーケーキにはチョコレートのト音記号がのっていた。ピアノはリビングの隣らしかった。
響の家にはグランドピアノがある。ちゃんとした音楽を続けるなら、グランドピアノは必要だから。彼はそのピアノで、思い出の「ノクターン1番」を弾いてくれた。
わたしは地元の大学の教育学部の音楽専攻に進んだ。中学か、高校の教員になるつもりだ。
……音楽はやめたくなかった。音楽は自分の誇りでもあったし、響と知り合ったきっかけでもあった。父も母も音大にはいい顔をしなかった。それで、お互いの妥協案として、教育学部に入ったのだ。
それでもグランドピアノを置く場所がなく、一人暮らしを許してもらった。ほぼ、ピアノだけの部屋。防音設計なのでお家賃が高い。学校とピアノの毎日。
薄紅色の薔薇の花は、ノクターンのときの響からわたしへの初めてのプレゼントだ。たった1輪だったけれど、どれだけうれしかったのか、彼はきっと知らない。
「ピンポーン」
モニターを見る。
「サプライズでお届けものです」
……なんか怪しい。でも折角なので、ドアチェーンをしたまま出てみる。
「
飲み込んだ言葉が声にならない。
「薔薇、届いた?」
こくん。
「これね、お花屋さんの忘れ物だよ」
わたしの耳元に、あの日のように薔薇を差してくれる。
「ありがとう……誕生日覚えててくれて」
わたしはドアチェーンを外して彼を部屋に通す。
本当のところはどうでも良くて、とにかく会えたことがうれしかった。この部屋に初めて来た響は、所在なげだ。
「ピアノがほとんどなんだな」
「仕方ないよ。グランド使う子は、こんな感じ」
カウンターキッチンの、カウンターの椅子に響は座った。
「コーヒー、飲むっけ?」
「飲むっけ? ってさぁ、間違うような他の男がいるわけ?」
「また言葉尻を取って……あなたが来ないからでしょう?」
「じゃあ、他の男は……」
口を塞いでしまう。
「いないよ。こんな狭いのにだれが来るのよ」
「オレ」
「そう、連絡もくれない彼氏だけだよ」
カウンター越しに久しぶりのキスをした。
薔薇香る憂鬱 ―piano 月波結 @musubi-me
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