うにまる

 「花が一番売れるのはどの季節か知ってる?」


 「そりゃ、春でしょ。 必然と偶然の季節。 別れと出会いの季節。 蜂が飛翔する季節。 いかにも売れそうな季節だ」


 「残念。 正解は冬よ」


 「どうして?」


 「冬はね、人が死ぬ季節だから」


 夏希の声が秀秋の耳を通り抜けていく。


 穏やかな声色はいつもと変わらなかった。


 「だから、秀秋は変わった人だよ。 夏に花を買う人は珍しい」


 秀秋は持っていた花束に目を向ける。


 夏希にプレゼントするために買ってきたものだった。


 小さな花びらを揺らめかせる黄色い向日葵。


 僕らの事情も知らず、満面の笑みを見せびらかしていた。


 「だとしたら、夏に死ぬ夏希も珍しい」


 「面白くないダジャレね」


 夏希は不敵な笑みを浮かばせながら秀秋をからかった。


 白く透き通った肌と長くのびた髪が風にたなびくさまに秀秋はたじろいでしまう。


 虫の鳴き声と太陽の熱がさんざめく昼。


 ベンチに座る二人を囲む小さな木陰。


 公園の中央に構える時計の針がまた少し進んだ。


 明日、夏希は死ぬ。


 「蝉の寿命ってどのくらいか知ってる?」


 「七日でしょ。 これは昆虫図鑑で知った情報だから、違うはずがない」


 「それはあくまで平均寿命なのよ。 中には一か月くらい生き延びる蝉だっているらしいわ」


 夏希は空を眺めながら言っていた。


 しかし、見ているのは青い空ではないだろう。


 もっと遠くの、宇宙とか、未来とか。


 「私は本当に明日、死ぬの?」


 「たぶん、死ぬ」


 きっかけは夢だった。


 辺り一面真っ黒で自分の手や足さえも見えない暗闇の中に秀秋はいた。


 空気も温度も感じない場所。


 そこである声だけが聞こえた。


 男なのか女なのか、はたまた機械なのかさえも知りえない声で言っていた。


 明日、夏希は死ぬ。


 どういうことかを考える間もなく目が覚めた。


 理由も原因もわからないまったくアバウトな知らせ。


 しかし、秀秋は疑念を抱くことはなかった。


 むしろ、今日と明日という儚さを一人嘆いていた。


 「じゃあさ、とりあえず今から海に行こ」


 夏希は秀秋の目を見ながら楽しげに誘う。






 まるで宝石をちりばめた絨毯のようだった。


 陽を反射した水面がゆらゆらと輝いている。


 波の打つ音が海鳥の声と重なった。


 「海はいいよね」


 防波堤は熱を帯びていて、触ると少し熱かった。


 夏希はお構いなしに腰かけている。


 「どうして」


 「広いし大きい」


 「……童謡だね」


 「現実だよ。 それに海なら何でもできる。 遊びたければ魚を呼び、お腹がすいたら船を喰う。 怒りたければ波風を立てればいいし、だらけたいときはこんな顔になる」


 夏希は青い海を指さした。


 夏希の声は空しく海底へと沈み、泰然自若の装いそのままに小さな波がまた浮き上がっては消えていく。


 「でも、私は夏希でよかった」


 「どうして」


 「秀秋の隣にいることができるから」


 ほんのりと紅く火照っていく頬を隠すことができないもどかしさ。


 海ならば大目に見てくれるだろうか。






 「秀秋、まだ起きてる?」


 「うん」


 秀秋と夏希は丘の上に座っていた。


 ブランケット一枚と缶ビール二つだけをもってここまで歩いた。


 腕時計は11時50分を過ぎている。


 「結局事故にも合わなかったし、病気も罹らなかったね」


 「とんだ杞憂だった」


 「だけど私たちは死ぬ」


 二人は大きく口を開けて笑った。


 明りも道もない。


 満天に広がる夜だけが対峙している。


「秀秋、少し寝てもいい?」


 夏希の頭が秀秋の肩に傾く。


 二人を包むブランケットが小さく揺れた。


 やがて秀秋はまぶたをゆっくりと落とす。


 少し眠ってから夏希を起こそう。


 夜の一部に光が現れる。


 その光は大きさを増しながらこちらに近づいてくる。生、年、恋、死、様々な瞬間を包みながらこちらに近づいてくる。


 光が二人とぶつかったとき、季節は廻り廻るのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

うにまる @ryu_no_ko47

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る