腐りかけ果実のオレと魔女

序章 持ち腐れ少女

 どんなに素質があったとしても、どんなに努力を惜しまなかったとしても、たった一枚の羊皮紙によって出来損ないの烙印を押されてしまうものだ。


 彼女は鼻をすすりながら、止まることを知らない涙を腕で懸命に拭う。右手に持つ学院からの手紙を握りしめたまま、涙で文字が見えなくなろうがお構い無しといった様子で声をあげて泣いていた。だがそれは仕方がないことだった。なにせ、学院からの通告は彼女の心を叩きのめすのに充分すぎる文字が綴られていたのだ。


 手紙にはどこか言い訳がましい遠回しな表現と堅苦しい言葉の羅列が羊皮紙一面に書かれている。この手紙を書いたであろう生真面目な先生の顔を思い描いて微笑んでいた彼女であった。だが、読み進めていく内に生気がなくなってしまったかのように顔が青白くなっていた。そこに書かれていた内容は要するに『貴女を当学院から除籍します』という知らせであった。


 彼女はなにかの間違いだと思い、初めから最後までなんども読み返したりした。宛先を間違えていないか確認したりもした。けれどそこに書かれている言葉が変わることなど、けしてありはしなくて。現実が追い付きはじめると、後の祭りだった。


 唇が震えだし涙が溢れ、ただただ慟哭するだけ。懸命に涙を手で拭い、崩れ落ちるようにその場にへたれこむ。


 彼女は霞む視界の先に城壁から覗く、学院の屋根を見た。


「も…う、ワタシの、居場所はないんだっ」


 そう呟いた。


 今日この日、彼女、リズリット・アインノーツがあの学院に存在していた事実が消え去る。


 入学当初は数百年に一人の逸材と言われるほどの魔力保有量。誰も彼もが彼女を持ち上げた。だが、蓋を開けてみれば、彼女の魔力に触れたものは全て腐ってしまうという恐ろしい特典つき。


 それが克服できぬまま、約2年。学院の備品や街の建造物から売り物まで、多数の被害報告は止まることなく。いつか誰かが巻き込まれてしまうのではないか。殺されてしまうのではないかという恐怖があの街に住まう人々を包み込んでいった。


 そしていつしか誰かがが言った。


 彼女は魔人である。あの腐敗の力こそ、魔人の象徴だと。


 彼女に悪気があったわけではない。けれどこれは当然の成り行きである。


 ゆえに彼女は命を狙われる。


 彼女が握りしめたままの羊皮紙に学院からの除籍の通告ともう一枚手紙があった。


 それは魔人と認定されてしまったこと。命を狙われてしまうこと、逃げて欲しいこと。


彼女は気付かない。


悲しみにうちひしがれる彼女に、余裕なんてない。


今こうしている内にも彼女に近づく人影はその手をゆっくりと伸ばした。










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腐りかけ果実のオレと魔女 @nanatu

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