伝説の魔女と伝説の図書館で探す伝説の遺書
洞窟は遺跡の外れ、東の方にある丘陵地帯のふもとでひっそりと口を開けて待っていた。
近くまで寄ると、朽ちてぼろぼろになった柵のようなものが倒れており、中を覗くと入口付近に少し大きめの台車のようなものが転がっていた。
レドロネットが僕の裾を引っ張り、洞窟の壁を指差す。
よく見ると、何か看板でもはめていた跡だろうか、成人男性が腕を広げたくらいの大きさでそこだけ岩肌が長方形に削り取られていた。
この洞窟には確かに人の手が入っていた跡があった。
その場にあった木を適当に見繕い、持ってきた油と組み合わせて即席の松明を三人分作ってから僕らは洞窟の中へと足を踏み入れた。外の陽気と違って中は随分とひんやりして、そしてとても静かだった。
歩き進めると、洞窟はどんどんと下へと降りていった。地面には僕らを誘導するように、石を削って階段が作られていた。
階段を降りきった僕らは大きな空間へと出た。天井は高く、明かりをかざしても奥行きがどこまであるのかわからない。
入り口からは想像もできないほど広い空間が中にあったようだ。
リリィは吸い寄せられるように奥に向かってふらふらと歩き出すと、おもむろに声を上げた。僕とレドロネットが近寄ると、リリィは松明で照らしながら壁を見上げている。
「見てください。この洞窟、壁が本棚になってますわ! ここも、あちらも、多分向こうの方までずっと……きっと、この洞窟全体が巨大な本棚になっているのね」
壁に近づいて確かめると、そこには木製の本棚が壁に沿って据え付けられており、ありとあらゆる本が並んでいるのがわかった。大量の本の壁は遥か天井の方まで続き、洞窟一面を埋め尽くしているようだった。
「まさか、本当に見つけるなんてね……」
俄に信じられることではないけども、どうやら僕らは本当に幻の《バンフォーブスの大図書館》と思われる施設を発見してしまったらしい。
伝説の魔女とともに伝説の図書館で探す、伝説の遺書。
近頃の僕ときたら、一体どうなっているんだ。
半信半疑で洞窟内を歩き、目についた本を片っ端から取り出す。収蔵されている本は僕でも読めるものもあれば、一体どの言語で書かれているのかすらわからないような、全く未知の本まで様々だ。長い間人が立ち入らなかったことが幸いしたのか、どの本も保存状態は極めて良好そうだった。
隣を歩いているレドロネットが本を手に取り、ぱらぱらとページを捲りながら言った。
「時代を考えたら当たり前だけど、どれも魔女狩り以前に発行された本ばかりね。多分もうここにしかない本ばっかり。例えばほら、この本。『調薬法』といって、昔は一般的な錬金術の調合に関する指南本としてとても支持されていたのよ。今はもう廃れてしまった文字で書かれているから、読める人なんていないと思うけどね」
そんなに貴重な本なのか。
どうりでさっきからリリィが目を輝かせてちょこまかと動きまわって止まらないわけだ。
「他にも学者が見つけたら泣いて喜んで一生を過ごせそうな本ばっかりだけど、そんなのはどうでもいいのよ。それで、肝心のお探しのものは一体どこにあるのかしら?」
彼女の言う通りだ。
言い伝えによればこの図書館に収蔵されている本は七十万冊、一冊ずつ調べていたらいくら時間があっても到底足りない。齧りつくように本棚を眺めているリリィを無理矢理引き剥がして、探索手段について相談する。
「もしこの図書館にローエンシュタインの遺書があると仮定して、保管されている可能性が高い場所はどこだろう?」
「棚の並びがどういう順番になっているのかがわかれば、おおよその場所も推測しやすいかもしれませんわね……」
などと僕とリリィはどうやってこの広大な空間から目当てを探し出すかについて喧々諤々とやりあいはじめた。なかなか良い手段はまとまらなかった。
そんな中、それまで黙っていたレドロネットがそっと口を開いた。
「そもそも、あなた達が探しているものってとても貴重なものなのでしょう? それならまず他の蔵書と一緒に並べていないで、どこかに貴重なものだけを集めて保管している場所があったりしないのかしら?」
「確かにそうかもしれない。でもこの広い空間……ざっと探してみたけど、扉とか通路とか、他の部屋に繋がりそうな場所は特になさそうだったよ」
そう言った僕にふむ、と頷いて、レドロネットはおもむろに洞窟内を歩きまわり始めた。
傍から見ている僕らには何をやっているのかさっぱりわからなかったけど、彼女はしばらく本棚をこつこつと叩いたり、何もないところに座り込んだり、かと思えばぴょんぴょんと飛び跳ねたりした後に、ある一点を差して「ここ」と言った。
そこは本棚の一部だった。
近づいてみるとそこだけ本が収められておらず、ぽっかりと空きが目立っていたが、僕らにはそれだけにしか思えなかった。
「アクスウェル、ちょっとここ蹴ってみなさい。思いっきりやるのよ」
ほらほら、とレドロネットに背中を押されて本棚の前に立つ。
本当に良いんだよな、と振り向いて確認すると、レドロネットはだるそうに手をひらひらとさせ、リリィは心配そうに僕とレドロネットを交互に見ていた。
迷っていても仕方ない。
僕は意を決して足を大きく上げ、促されるままに目の前にある本棚を思いっきり蹴りあげた。するとどうしたことか、蹴った先にはあるはずのものがなく、逃げ場を失った勢いはそのまま僕のバランスを大きく崩して奥にある暗闇の空間に吸い込まれていった。
転んだ先は、全くの暗闇だった。
一緒にいたはずの二人の姿はどこにも見当たらず、彼女らに預けた松明の火もまた見えなかった。
僕が焦りながら周囲を探っていると、横合いから松明を持ったレドロネットとリリィが急に現れた。
「君、絶対この前の釣り竿の仕返しをしようと思っていたんだろ」
さて、なんのことかしら? としらばっくれるレドロネット。
だが、僕とは絶対に目を合わそうとしなかった。謀られた。
「それにしても、やっぱり予想通りにあの本棚、裏側にあるこの部屋への入り口になっていたのね。本が入っていない部分が本当はそのままぽっかりと空いていたのだけれど、うまく魔法で隠していたのよ。でも蹴らなくても普通に歩いて通れたわねここ……。せっかちは損するわよ、鼻血出したりとか」
「兄様、血が出てますわ……」
ぱたぱたと駆け寄ったリリィが差し出してくれたハンカチを鼻に当てながら、僕はレドロネットを非難するように睨んだ。
僕の視線を無視してレドロネットは部屋を探り、ランプを見つけて火を灯した。
そこは岩を削って作られた、三人も入ればいっぱいになる小さな部屋だった。
入り口からみて左手には本棚が一つ、右手には引き出しのある棚が一つ。それから正面に小さな書き物机。簡素な間取りにあるのはそれだけだった。
でも、僕らはもはや直感でわかっていた。
探しものはこの部屋にある、と。
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