古代都市遺跡R-606、通称《ドラマティクス遺跡》


 どこまでも灰色の荒野に、所々生えた背の低い草と申し訳程度の木々がかろうじて彩りを添えていた。


 首都ローセルトの南西には荒涼とした乾燥地帯が広がる。

 岩ばった地肌と閑散とした風景の先に、その遺跡は存在していた。


 古代都市遺跡R-606、通称"ドラマティクス遺跡"。


「これから行く遺跡は、存在自体は以前から知られていたのですが、そこがかつてどのような場所だったのかは長年謎のままでした。近年、帝国大学の調査隊によってはじめて本格的な調査発掘が入り、それによって都市規模や位置、それから遺構に残った大火災の焼け跡などから文献に残ったカラブニクの様子と一致していることが判明しましたの。そこからこの遺跡がかつての都市国家カラブニクであったと注目されるようになったのだと聞きましたわ。ほんの十年ほど前のことです」


 先頭を歩くリリィが解説する。


 都市カラブニクは中世の有力な都市国家の一つであったが、魔女狩りの時代に戦乱に巻き込まれ、都市をまるごと包んだ大火事によって滅亡したとされている。

 以降、存在は知られていたものの、最近までその所在は長らく不明のままだった。


 そこかしこに石造りの建物が半分地中に埋まるようにして点在しているのが見えるようになってきた。遺構はどれも風雨に晒されて削られており、その姿はここが無人となってから経過した時間の長さを感じさせた。


 遠くの方まで遺跡が見えることから察するに、かつてはかなり大きな都市だったのではないだろうか。


 そう言った僕の言葉を受けてレドロネットが答えた。


「そうね。私も噂でしか知らなかったけど、かなりの栄華を誇った街だというのを聞いたことがあるわ。もっとも、こうなってしまえば栄えたも廃れたもないと思うけどね」


 そう言ってレドロネットは足元に転がっていた金属片を拾った。

 片手で持てるくらいの細長い棒で、先端が丸くなっている。


 調理器具かなんかだろうか?


「でも僕達には問題だよ。二人の情報を合わせてここまで来たはいいものの、肝心の遺跡がまさかこんなに大きいだなんて思ってもみなかった。それに、思ったよりも荒廃してる。見渡してみても、図書館にあたりそうな大きな施設だってないしね」


 僕がそう言うと、二人もうんざりしたように軽く頷いた。


 レドロネットの屋敷でカラブニクに図書館があることを突き止めてからというもの、僕ら、特にリリィはあらゆる歴史資料を引っ張りだし、ひっくり返して探した。


 だが、その努力も虚しく有力な手がかりを得ることはできなかった。図書館に関する記載がされた史料は、おそらく今残っているものではもうないのではないかという結論となった。

 史料から当たることを諦めることにした僕らは、一念発起して直接都市遺跡まで乗り込むことにしたのだった。


 渋っていたレドロネットも結局、最終的には一緒に来てくれることになった。外に出るのなんて何十年ぶりか、なんて本人は言っていたけれど。


 しばらく三人で遺跡を歩きまわったものの、めぼしいものは何一つ見つからなかった。

 広大な遺跡群をただ歩くだけでは埒が明かないと判断した僕は「とりあえず、遺跡を一通りぐるっと回ってみようか」と提案し、三方向に分かれて調べることにした。


 リリィが中心街、僕が居住区、そしてレドロネットは周辺区域とそれぞれの担当する場所へ散らばる。


 僕が担当した居住区ではあまり代わり映えのしない、どちらかというと退屈な風景が続いていた。他の建物と同じような石造りの平屋が、ひたすら等間隔で並んでいる。

 建物の背は低く、地殻変動かはたまたただ朽ちただけか、半分ほどが既に地面に埋まってしまっている遺構も多かった。

 運良く状態のいい家もその中身はとっくにもぬけの殻で、めぼしい物がある様子はない。


 正直、全然面白くなかった。


 一方、中心街を担当したリリィはきっと楽しいだろうなと思う。

 あそこには大きな建物も多かったし退屈はしないだろう。


 そもそも彼女は学生だ。こういった遺跡なんかは好奇心をくすぐる格好の対象に違いない……と考えてから、ふと思い直した。


 そういえば、彼女の専攻は博物学だった。


 博物学といえば動物や植物、鉱物といった自然物を対象としており、こういった遺跡や今回探しているローエンシュタインの遺書といったものはどちらかといえば歴史に属するため、研究対象としては専門外のはずだった。


 だが、彼女は今まで見たこともないような執念で遺書を探すことに情熱を燃やしている。


 一体彼女は何故、専門外であるはずのローエンシュタインの遺書を探すことにあんなにも固執しているのだろうか?



 取り留めのないことを考えながら歩き続けていると、いつの間にか居住区を通りすぎて中心街の近くまで来てしまったようだった。

 結局、居住区では何も見つからなかった。どうしたものかと思い、せっかくなので僕も色々と見てみようと中心街へ足を踏み入れる。


 中心街は、まず中央に一際大きな円形の建物が建っていて、それらを取り囲むようにした建物と道の円周が何重にも重なることで一つの街が作られている。

 それぞれの遺構は居住区よりもはっきりとした形で残されており、道の側溝には整備された上下水道の跡といった、細かい都市設備の残骸まで見て取れた。


 中央まで歩くと、リリィの元には既にレドロネットが戻ってきており、二人で何やら深刻な顔をしながら話し合っているのが見えた。


「あら、兄様。いいところに来ましたわ。魔女さんが遺跡のはずれに洞窟があるのを見つけて、どうやらその中にも何かの施設があるみたいですの」


「洞窟の中? それはまた随分と怪しそうな場所を見つけたもんだね……。それで、やっぱり行くの?」


 僕の質問に対して、二人は無言で頷いた。

 なるほど、宝探しといえばやっぱり冒険というわけか。


 平原にぽつりと存在する遺跡に別れを告げ、僕らはレドロネットの言う洞窟へと足を向けた。


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