見る角度が違えば答えも変わる


 屋敷に入って食堂に案内された僕らは、促されるままに席についた。


 しばらく二人で待っていると、やがてティーセットを抱えたレドロネットが戻ってきた。

 手際よく紅茶を入れてティーカップを差し出してくる。


「お茶、出してくれるんだ?」


 僕はてっきり前回訪れた時のように、入ってすぐに話し始めると思っていたものだから、わざわざお茶まで入れてもてなしてくれることにかなり驚いていた。


「訪ねてきた客人にお茶も出さないなんて、一体どんな常識知らずよ。それとも紅茶、嫌いだったかしら?」


「いや、別に嫌いなんてことはないけど。でも、最初に来た時なんて君は僕のことを完全に無視していたし、やっと話すことができた時だって腕と足を組んで終始仏頂面だったじゃないか」


「兄様。そこまで歓迎されていないなんて、一体何をやらかしたのです……?」


 不法侵入したあげく、家主に銃を向けていた。ついでにひたすらお前が犯人だと糾弾していた。冤罪だった。


 冷静に考えれば、当然歓迎されるわけがなかった。


 ちょうど三人分のお茶を淹れ終えたレドロネットがやってきて僕らの対面に座った。


「それで、私に聞きたいことって何?」


 その言葉を皮切りに、リリィは例の封筒を渡して見せた。


「こちらの中身をご覧ください。中には紙片が一枚入っています。おそらく三百年ほど前のもので、記されている内容は不明です。私たちは、この紙片は一体どういうものなのか、そして何が書かれているのか。その内容を調べ、解き明かしたいのです」


 レドロネットは紙片を取り出し、裏表を交互に見たり窓から差し込む陽の光にかざしながらまじまじとそれを観察した。


「……かなり古いものの割に虫食いなんかの痛みも少ないし、千切れていること以外は状態もそんなに悪くない。丈夫でいい紙のようね。もしこれが本当に三百年前のものなら、こんな上等な紙を使える人なんて相当限られてくるでしょうね」


 レドロネットはそう言ってリリィの方を見た。まるで問題を出して生徒の回答を待つ先生のようだった。


「支配層……例えば、王家とか貴族とかかしら?」


「そうね、あとは上級神官なんかも入るわ。なんにしても社会の上位層には間違いないわね。市民で字を書ける人なんて少ないし、商人の帳簿なんて三百年も残っているとは思えないわ。それにしても、こんなもの調べて一体どうしたいの? 宝探しの地図でも書いてあるの?」


 僕とリリィは思わず顔を見合わせて黙ってしまった。するとその沈黙をどう捉えたのか、レドロネットは顔を赤らめながら慌てて弁解をする。


「……む。ねえ、なんで黙ったのよ。そんなにつまらない冗談だったかしら? だって仕方ないじゃない、もう何年も人と会話なんてしてなかったんだから、ちょっと腕が鈍っていたのよ……」


「いや、むしろ逆だよ。君が一発で当たりを引いたから、少々驚いていただけさ。お察しの通り、その紙はリリィが見つけてきた宝の地図だ。でも僕達には解読できなかった。だから君の助けを借りたいと思ってきたんだ」


「ふーん。なんだそうだったの。それならそうと早く言いなさいよ。それにしても、冗談のつもりが不本意に正解してしまうの、なんだか悔しいわね……で、その肝心のお宝って一体何?」


 レドロネットもようやく納得したのか、落ち着きを取り戻したようだ。


 それにしても、冗談が滑ったことを気にする魔女に出会ったことがある人なんて、果たしてこの世界でどれだけいるのだろうか。


 おそらく、僕が最初の一人なんだろうなという気がしてならない。

 そんなことを思いながらも僕はその正体を口にした。


「ローエンシュタインの遺書」


 すると予想に反してレドロネットからは気のない返事しか返ってこなかった。

 僕らが探しているものを聞いたら、彼女だってきっと驚くだろうと思っていた。


 もしかして、あまり興味がなかったのだろうか?


「悪いけど全然。欲しいとも思わないしね。強いて言えば『まだあったんだ、その噂』ってくらいかしら? 勿論、昔からそんなものがあるって噂だけは聞いたことあったけど……。なあんだ、期待して損したわ」


 そう言うとレドロネットは、手元で弄んでいた紙片をおもむろに上空に放り投げて遊びはじめた。興味のなくし方があからさまだった。


「ローエンシュタインの遺書も、見つけたら相当面白い部類のお宝だと思うんだけどな……」


 どうやら僕らとレドロネットとでは、随分と価値観が違うようだった。

 それは生きてきた年数か、それとも彼女が“触れざる者達”という存在であることにも関係するのだろうか。


 投げた紙片を目で追いながらレドロネットは続ける。


「それにしても私、これと似たようなものを昔どこかで見たことがある気がするのよね。どこだったかしら……ねえ、これはどこで見つけたの?」


 上空に放り出され紙片を心配そうに見つめながらリリィが答える。


「トシバ地方にあります、魔法使いのデュプリがかつて住んでいたと言われている屋敷から発見されました」


 レドロネットは眉間に皺を寄せて何事かを考え始めた。


「デュプリ……? あら、ひょっとしてデュプリ・ピアナ? それならわかったわ。これ、シュワルツ家がかなり昔に使っていた書式で書かれている、公的書類の一種じゃないかしら」


「シュワルツ家の公的書類……ですか? でも私、何度かお仕事なんかで現物にも触れたことありますけど、その時に見たものはこれとは全く違いましたわ」


「ええ。だからこれは帝政ヴェルウェストになる前の、まだ領邦が乱立していた時代のものよ。わからなくて当然だと思うわ。この右下に押された印章が何よりの証拠ね。今では使われていないけれど、これは紛れも無い旧カクトゥーラ領主の紋章だわ」


 意外な答えに、リリィは驚きのあまり口をぱくぱくさせている。

 まさか、散々調べた挙句の答えがこの国で使われていた古い書類だったとは夢にも思わなかった。

 灯台下暗しとはまさにこのことを言うのだろうか。


「そんなこと、私全然知りませんでしたわ。この紙片が、かなり昔とはいえまさかこの国のものだったなんて……。これを見つけた時、国家や王家、貴族周りなんかは当然真っ先に調べようとしましたわ。でも、その時代の資料なんて殆ど大学にもありませんでしたの……」


「それはそうよ。あいつらバカだから、どうせ全部焼いたかなんかしたんでしょ。魔女狩り以前の物なんて何から何まで草一本残らず根絶やしにしたのに、国の書類なんてまともに残っているはずがないじゃない」


「……あいつらって一体誰のこと?」


 レドロネットの言葉になんだかひっかかるところがあって尋ねたその質問は、彼女にふんと鼻で笑い飛ばされてそのまま一蹴されてしまった。何の話だったのだろう。


「ついでに言えば、今あなた達が使っている文字も、元はといえば魔女狩りが終わった後の国家統一と改暦にあわせて、言語の統一を図るべく採用された人工文字だったのよ。……これって、皆知ってることだっけ?」


 魔女狩り終結後に国家再建を行った際、新たな時代を作るために様々な法や習慣、規則が変わったとは聞いたことがある。

 だけど、まさか文字すら変えていたことまでは知らなかった。


 隣のリリィも同じような顔をしていたので、多分彼女でも知らないことなのだろう。レドロネットは続ける。


「だから、この紙に書いてあることも全然読めなかったのでしょう? まだ帝政ヴェルウェストができるよりも前の時代に書かれたものだから……ちなみにこれ、バンフォーブスの大図書館で使われていた公用文書みたいよ」


 その言葉を聞いた途端、リリィが身を乗り出して尋ねる。


「バンフォーブス……? バンフォーブスって、もしかして有名なあの図書館のことですの!?」


「ええ、その通り。この文書の最後に図書館と館長の名前が署名されているからほぼ間違いないと思う。日付は旧暦二千五百八十年……今からざっと三百年くらい前かしら? それにしてもやけに食いつきいいわね、あなた図書館が好きなの?」


 手に持った紙片をひらひらと弄びながらレドロネットが言った。

「図書館が好き」はさすがにないだろうと僕は思ったけど、口に出すのはやめておいた。

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