訪問者
明くる日。僕が隊舎を歩いていると、同期が声をかけてきた。
「おおい、アクスウェル! こんなところにいたのか、探したんだぜ。どうやらお前を訪ねに来たお客さんが今正門にいるみたいでさ、呼んでくれって頼まれたんだ」
「え、僕にお客さん? こんな時に一体誰だろう……」
礼を言って向かおうとすると、同期の彼は見たこともないようなニヤケ顔で小突いてきた。
「すっげーかわいい女の子だって噂だぞ! もしかして、彼女か? なあ、そうなのか? 実は俺も他の奴に『とりあえずアクスウェル呼んでこい』って言われただけで、まだその人のこと見てないんだよな!」
……女の子?
本当に一体誰だろう。僕の横をついてきて根掘り葉掘り聞いてくる同期をあしらいつつ、とりあえずその人の元へと向かうことにした。
例の訪問者が待っているという正面玄関までやって来ると、なにやら随分な人だかりができていた。
取り囲む人数が多すぎて、何が起きているのかさっぱりわからない。
輪の中心にはどうやら誰かがいるようで、その人に向かって四方八方から矢継ぎ早に質問が飛び交っていた。
大騒ぎの群衆を必死でかき分けながらやっとのことで中心までたどり着くと、そこには綺麗な金髪に青い瞳を持ち、仕立ての良い婦人服に身を包んだ上品そうな女の子が凛と立っていた。
僕が中心まで出るのと同じくして、女の子の方もこちらの存在に気がついたようだった。
「あ……兄様!」
さっきまでの喧騒が嘘のように、その場のざわめきがピタッと収まった。
その無言が怖かった。
周囲の様子などお構いなしに、例の女の子は僕に向かって歩み寄ってきた。寸前まで彼女を取り囲んでいた男たちがおそるおそる道を空け、彼女の向かうところである僕の方を睨んでくる。
一斉に突き刺さる視線が痛かった。
僕の眼前までやって来た女の子は背筋を伸ばし、堂々と胸を張って立ち止まる。その奥に宿した強い意志を伺わせる切れ長の目で僕を見つめ、おもむろに口を開いた。
「兄様、お久しぶりですわね。何年ぶりにお会いするのかしら……」
鈴のような声は透き通り、静まり返ったこの場によく通った。
薄く微笑んだその姿は息を呑むような美しさで、きっと十人いれば十二人が迷わず美人だと答えるだろう。
だけど、僕はこの女の子を知っている。
ああ、よく知っていた。
辺りは急速に冷え込み、周囲の空気からどんどんと熱が奪われていくのを肌で感じた。
冷えた空気に、先程から突き刺さってくる無数の視線が余計に痛い。そんな周りの反応など目に入っているのかいないのか、彼女は腰に手を当てて不満の意を表明する。
「あら、久々にお会いしたというのにご挨拶もなしですか? 随分とつれないのですわね」
そう言って、形よく整った眉毛を不機嫌そうにつり上げた。ハの字になった眉の角度はどんどんと上がり、ついに垂直になろうかというところで、僕はようやく声を出した。
「──久し振りだね、リリーベル」
そう言った瞬間、僕がリリーベルと呼んだその女の子はつり上がっていた眉毛をぴたりと止め、腰に当てた手をおろして満足そうに頷いた。
「ええ、そうです。リリーベルですわ。全く、兄様がぼーっとしていらっしゃるから、てっきり私は久々に会った兄様に忘れられてしまっているのかと思いましたわ。……忘れてませんわよね?」
むむむ、と眉間に皺を寄せてリリーベルは僕の顔を覗き込む。
いや、忘れてはいないけど。
でも数年ぶりに会った、記憶の上ではまだちんちくりんだったはずの馴染みの女の子がすっかり美人の女性に成長していたら、そりゃ誰でもあんな風になるってものさ。
睨みつけるような視線から顔をそらしながら僕がそう答えると、リリーベルは一瞬面食らったような表情を浮かべて、それから難しい顔をしてまた黙りこんでしまった。
ちなみにここまでのやりとりをずっと、僕らは彼女の周りにいた有象無象に取り囲まれたまま続けている。
無論彼らが放った視線の槍は今も僕に突き刺さっており、その鋭さはとっくに人を殺せそうなくらいだ。
どこかから声が上がる。
「おいアクスウェル! その美人のお嬢さん、結局誰なんだよ!」
僕はため息を付いて周囲を見渡す。
群衆の奥から「説明責任だ!」と誰かが言った。
いや誰だよお前……と言いたい気持ちを必死で抑えながら、もはやこの場の空気に呑まれた僕は彼女との関係を説明せざるを得なかった。
「──リリーベル・ヘクスタティック。僕の許嫁だよ」
周囲から全ての温度が奪われたように感じた。
暖かな陽気の初夏は終わりを告げ、夏と秋を通り越して季節は一気に極寒の冬へと突入したというのに、 僕は猛吹雪の中で野獣に囲まれて孤立無援。
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