真説『トランの道化師』
それから、僕とレドロネットはひとまず彼女の家まで戻ることにした。
帰り道、僕らはお互いに無言だった。
何を言うべきかわからなかったし、それは向こうも同じだったと思う。
レドロネットの家に着くやいなや、彼女は急いで僕の腕を治療してくれた。
多少は医療の心得があると胸を張るレドロネット。
「なんだか、最初に会った時から随分と僕に対する態度が違うんだね」
そう言うと、彼女は眉をひそめながら僕を睨んだ。
「そりゃあ誰だって、自分の家に押し入ってきた不審者に優しくしたりなんてしないでしょう」
そりゃそうだ。
今思うと、かなり失礼なことをしていた気がする。なんたって住居不法侵入だし。
鎮痛剤代わりと飲まされたハーブの効果か、だいぶ痛みは楽になって少しぼんやりとした心地の僕は、さっきの言葉が気になってふと声をかけてみる。
「じゃあ、今は優しくしてくれてるのかな」
「……まあ、助けてくれたしね。かっこ悪かったけど」
小声でそう言うなりすぐに奥へと引っ込んでしまった彼女の耳が少し赤かった用に思えるのは、果たして気のせいだろうか。
* * *
治療の礼を言って帰ろうとする僕を、せっかくだからとレドロネットはわざわざ森の入口まで送ってくれた。
彼女の家から森の入口までの道のりは、さっきまでの全部が嘘であったかのように、明るくて穏やかな春の陽気だった。
二人で歩きながら、僕は疑問に思っていたことを彼女に尋ねる。
「結局、あの怪物は一体なんだったのかな」
答えを期待して聞いたつもりではなかった。しかし、僕の何気ない質問に対して彼女は口を結んでしばらく考えてから、こう尋ね返した。
「あの子たちのこと、本当に知りたい?」
……何かを、知っているのだろうか。もし彼女が知っているのであれば、僕はそれを知りたいと思う。
彼らに奪われた命はもう戻ってこないけど、何故奪われなければならなかったのか。その真相は、誰かが知っておくべきだと思った。そして、僕にはそれを覚えておく義務がある。そんな気がした。
彼女にそう伝えると、「そう」と短く呟いて、それからしばらく二人は無言で歩き続けた。
やがて彼女は口を開いて「聞いても後悔しないでね」という前置きから始まったのは、人と触れざる者達にまつわる遠い昔話からなる、隠された歴史の真実だった。
* * *
昔々、まだ《魔女狩り》が行われるより前の時代のこと。
この辺りでは、地域一帯を支配していた魔法使いの領主と、この森を棲家とする幻獣との間で人々は苦しい生活を強いられていた。そんな地域住民にとってやがて始まった魔女狩り運動は、自らの未来を賭けた一世一代の大勝負だった。格好の機会に、彼らは早い段階から積極的な支持をした。
一方、魔女狩り運動が段々と激化するにつれて、市民軍は自身の戦力不足に悩まされた。数が多くても、人の身は依然として脆弱なままだ。触れざる者に対抗する術を必死で模索した。
ある時、どこかで新しい技術が開発された。触れざる者に対抗するための一番の方法。
それは、こちらも同じ力を持てばいい。
触れざる者になればいい。
こうして、普通の人間に触れざる者の能力を人為的に取り入れた《魔導兵士》を作ることが試みられた。
魔導兵士の素体は、勿論人間だった。それも、より長い寿命、より強い体力、より大きな可能性を持った素体が必要だった。
子供が、必要だった。
魔導兵士を作るためには、どこかで子供を大量に調達する必要があった。
さて、ここで前者と後者の話が一本の線で繋がる。魔導兵士の研究者は素体を求めた。そこで、触れざる者達の脅威を感じ、特に積極的に支援している地域に活路を求めた。近隣の集落から、魔女狩りの義勇軍という名目で子供達が徴発された。
そこに自由意志があったかどうかは定かではない。
ただ、この出来事は形を変えて後世に伝えられている。
そう、ミラに聞いた『トランの道化師』の話だ。村に伝わる古い伝承は、秘密裏に徴用され、実験体となるべく行方を眩ませた子どもたちのことを指していたのだった。
さて、実験が彼らの思い通りに成功したのかは不明だ。ただ、少なくとも魔導兵士は実際に完成した。人の身より強く、例え負傷しても、驚異的な速度で再生できる理想的な兵士。ここまで言えばお分かりだろう。要するにそれが、僕達が出会ったあの怪物たちの正体だ。
そもそも。
あの怪物達も、元は同じ人間だったのだ。
魔女狩り運動時に秘密裏に開発された、触れざる者達に対抗するためのおぞましい新兵器。子供を素体とした、魔導兵士の実験体。
話はここで終わらない。
戦場で活きる強靭な肉体と驚異的な耐久力、それだけではまだ足りなかった。魔導兵士に求められたもう一つの能力、それは超人的な回復力だった。
負傷してもすぐに回復する治癒能力。欠損した身体を、自力で修復する能力。その奇跡を実現するためにとったのは、悪魔の手法とも呼ぶべきものだった。
壊れた身体を補うには、別の身体が使えればいい。壊れた身体の代替品を探して使えばいい。そしてそれは、自身が損壊するほどの激しい戦場ならば必然的にあるはずのものが使われることになった。
他者の身体を、自身の体として利用する。
魔導兵士は、壊れた自身の身体を戦場にある別の兵士の遺体を用いて自己修復することが可能だった。
求められた性能を兼ね備えた魔導兵士の実験体は、ついに戦場に放たれた。その戦果は今や定かではない。
さて、時は流れる。終局の魔女レドロネット・ザトラツェニエの活躍によって、百年を超した魔女狩り運動は遂に集結する。
しかし、長い間に失われ、断絶してしまった情報も数多く存在した。魔導兵士も、その一つだ。
戦場に投入された実験体は、そのまま回収されることなく人々の記憶から忘れ去られていった。運動が終わった後も野ざらしにされたが、彼らはひたすら任務を忠実に遂行し、新たな標的を求めて彷徨い歩き続けた。
あまりにも長い年月が過ぎ、やがて実験体の肉体は朽ち始める。
損傷が進む自身の身体を補うため、彼らは補うべき肉体を所構わず捕獲するようになった。もはや死体でなくても構わなかった。人でない場合もあったかもしれない。
だが、やがて彼らは自身の体に近しいものが何かに気づく。その頃には、対象を区別する能力などとっくになくなっていた。敵と味方どころか、自身の身体として取り込んで良いものなのかどうかの判断もつかなくなっていた。
かつて子供達であったものは、いつしか今現在生きている子供達を攫うようになった。自身が生き残るため。その身に刻まれた存在理由である、触れざる者の排除を遂行し続けるために。かつて自身が守るべきであったはずの存在達を、殺めて、我が身として取り込み続けた──。
* * *
「これが、今回の子供攫い事件と私達が森で出会った怪物たちの真相よ。だから、私はあんまり関わるのにも気が進まなかったのよね」
レドロネットは最後に一言、そう言って話を終えた。
知られざる真実に、僕は愕然とするばかりだ。
首都を騒がせた子供攫い事件。
その真相は、遠い過去から面々と連なる、触れざる者たちを排斥しようとする人々の執念が──戦いのためには自分たちの子供すらも利用し、仇敵と同じ存在に変えてしまうほどのおぞましい執念が──高じて引き起こした、人の業そのものとも呼べるような事件だった。
要するにそれは、今回の事件は、因果応報じゃないか。
ただの、自業自得じゃないか。
人類が犯し、都合よく忘れていた罪の負債を、何世代も超えてついに返す時がやってきた。それだけのこと。
人は、こんなにも愚かな存在だったのか、こんなにも──
だが動揺する僕に対して、レドロネットは真っ向から反論した。
「それでも、この因縁は過去に生きた者にのみ課せられた罪よ。親が犯した罪を子が背負う謂れはないわ。だって、そうでしょう?例えこの事件を引き起こしたのが人の背負った因縁だとしても、それが今に生きる子供達にとって何の罪になるというのよ。子供が殺されていい理由になんて、ならないわ」
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