聞き込み、トランの村
首都から少し離れた場所にあるトランの村はよく言えばのどかで牧歌的な、悪く言えば辺鄙な田舎といった雰囲気の、この辺りではよくある集落の一つだった。
主な産業は農業と牧畜を少し。村の中心に建物が固まり、放射状に家と畑と牧場が広がっていくので街の構造がわかりやすい。建物といえば、木造の平屋がほとんどだった。
僕はこの村に着いてまず村長に手土産(少々値の張るスコッチ、経費で落ちるかな?)を持参して挨拶し、面通しを済ませてから村人たちに話を聞き始めた。
何人かに話を聞いてみたものの、村人は非常に協力的だったのにも関わらず、めぼしい情報は得られなかった。
すでに時刻は正午を過ぎ、村は午後の作業に入ろうとしていた。
手がかりはまるでなかったが、ここまで来て徒労に終わるのも癪だ。もどかしい思いで付近を散策していると視界の端に、日に焼けた浅黒い肌の、筋骨隆々の男たちが横切るのが見えた。今まで話していたのとは毛色の違う人たちに、期待を寄せて話しかける。どうやら彼らは木こりの集団らしく、いつも朝早くに出発し、昼過ぎには仕事を終えて戻ってくるとのことだった。
「何か変わった話、ご存知ないでしょうか。なんでもいいんです、何か見たとか、噂されてるとか」
「そんな事言われてもなァ……軍人さんに言うほどのことなんて、お前らなんかあるか?」
頭領らしき人の問いに、木こり達は首を傾げる。
「うちの村のガキが一人消えちまったのは、もう村長からも聞いてるだろ?」
それには頷く。ミラの話に出てきた、失踪したカリク少年のことだった。彼の両親にも僕は会っていた。
「子供攫いとか、触れざる者に関係しなくてもいいんです。何か面白い話がある程度でも構いませんので……」
僕がそう言うと、木こりの一人が思い出したように口を開いた。
「そういえば触れざる者と言やァ、この先の森の話は聞いたのかい」
「森というと……ファニルーシですか」
「そう、森の魔女の話」
森の魔女?
思いがけずもたらされた新情報に、僕は続きを促した。
「俺達は自分らの親父や爺さん、そのまたジイさんと、もう何代も前から木を採って生活してきたんだ。勿論この近くといえば、ファニルーシの森しかないから、皆ずっとあそこにいた。何年も何十年も同じ場所で仕事してると、森に関する掟っつーもんができてくる。こういう木は切るなとか、斧はなるべく新しい物を使えとか、獣に襲われないようにするための秘訣はなんだとか、まあ大体はそんなもんよ。だが、その中に一つだけとんでもねェ話があってな」
そう言うと頭領は一息溜め、僕の目を見ながらゆっくりとこう言った。
「──なんでも、この森には魔女がいるって話があるんだ。もう何百年も前になるが、まだ魔女狩りが盛んだった頃に、どこから落ち延びてきた魔女がこの森に逃げ込んだらしい。追ってきた兵隊たちが三日三晩、死に物狂い探したが、魔女は森の奥まで入っちまったらしく、ついぞ見つからなかった。それ以来、未だにこの森にはその落ち延びた魔女がどこかに隠れ住んでるんだって言われてる。だから、俺達は代々こう伝えられてきた。『森の奥には決して入るな。この森には魔女がいる。そして間違って奥まで迷い込んだ時に、もしも森のなかに建つ屋敷を見かけたらその中には絶対に入ってはいけない。なぜなら、それは魔女が建てた屋敷だから。人間を憎む魔女に見つかったが最後、魔女の呪いで殺されてしまうぞ』──だから、俺達は絶対にここと決められたところまでしか森に入らねェんだ。昔から決められてるんだよ、『ここから先は魔女の領域だ』ってな。この辺のやつなら誰でも知ってるし、当然村のやつらも同じように守ってきた。古い掟さ」
興味深い話だった。
ところで、もし森の奥まで入ってしまった人はどうなるのだろう?
「さあ……俺達は入ったことがないからわからねえ。入ろうともしないしな。実際に入った奴は聞いたことがねえから、いるかもわかんねえ。もしかしたら入った奴は、全員戻ってきてないだけかもしれねえな」
思いがけぬ情報をもたらしてくれた木こり達に礼を言う。別れ際、木こりの頭領に再び声をかけられた。
「軍人さん、消えた子供を探すってあんたの仕事は立派だと思うよ。実際、うちの村からもガキが消えてる。見つけてくれたらいいと思う。でもな、森に入ろうとするのはやめたほうがいいぜ。本当にあの森には魔女がいるのかどうかなんてわからねえけどさ、でも俺たちはずっと前のご先祖様の代からあそこには入るなって言い伝えを守ってきたんだ。例え魔女がいなくても、長く語り継がれてきたものにはきっとそれなりの理由ってものがあるはずなんだ。あんたにもわかるだろう?」
僕は曖昧に頷いてその場を立ち去った。
今までの話を整理しながら考える。
魔女のいる森の噂。
道化師の古い伝承。
そして今起きている『子供攫い』。
事件現場。すべての中心。
落ち延びた魔女、子供を拐かす触れざる者、今現実に起きている子供攫いの事件、ファニルーシの森、被害者、被害者、被害者。ミラの顔。
村からの帰り道も隊舎に戻った後も、まるでそれこそが唯一の役目であるかのように、僕はそのことだけをひたすら考え続けた。
事件の核心は、やはりファニルーシの森にありそうだ。
僕は次の行動を開始する。
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