まずは情報を集めて整理しよう


 改めて今回の事件を時系列順に並べてみる。不確定な噂を極力排除し、実際に起こっている事件のみを抜き出した。


 まず、初めて事件が起きたと思われるのは約二ヶ月前。


 ローウェスト近郊の森ファニルーシで、ピクニックに出ていた新興貴族ガルニエ家の四男ミル(四歳)が、家族が目を離したほんの僅かな隙に、忽然と姿を消した。半狂乱となった両親はすぐさま警察に通報、あわせて私財を投じての大規模な捜索活動も行ったが、今に至るまでめぼしい手がかりは見つかっていない。

 これが今回の事件に関連すると思しき最初の記録だった。


 次はその二週間後、今度はローウェストの近郊にある村から、首都の市場までお使いに出ていた女の子十三歳が行方不明になる。買い物をした店の主人が初紅焔したとこから、彼女は帰り道で何らかの事件に巻き込まれたものと思われた。ここまでは単発の事件として扱われていた。


 関連性が疑われ始めたのはこの後からだ。さらにその一週間後に起きたのは、場所はローウェストの下町で、パン屋の息子フェット十一歳が配達の帰りに行方不明になった。


 ここまで年齢も場所もバラバラだが、事件が起きたのは全て夕方という共通点が浮かび始める。それからは段々と間隔も短くなりはじめる。


 次はその三日後、フェルミ村、バージ・アインス七歳、男児。更にその二日後、ラージの街、アイラ・カルクス九歳女児、翌日ローウェスト郊外、アリ・キンバース十一歳男児……。


 ここ三週間ほどは、毎日一人ずつ犠牲者が増えている現状だ。事件現場、および被害者の年齢や性別、出自への共通点は依然としてなく、全てバラバラ。無差別に攫っているとしか思えなかった。


 自室に篭もって各所から収集した資料をひも解き、事件の整理にとりかかったはいいものの、新たな発見がそうやすやすと見つかることはなかった。特に大きく期待したわけではなかったが、やはり事件の概要を並べただけでは不十分なようだ。しいて言えば、最初の事件が起きてからだんだんと次の事件が起きるまでの間隔が短くなっていることくらいだろうか。


 さっきまで齧りついていた机に向かってペンを放り投げ、勢い良く椅子にもたれかかる。


「なんだ。珍しくやる気を出している姿が見られると思ったら、もう諦めたのか」


 いつの間にか戻っていたルームメイトのメイが呆れたような声を出した。彼が戻ってきたということは、少なくとも半日以上はここで没頭していたらしい。


「君に聞いた『子供攫い』の件、ちょっと本気出して探って考えてみたけど、やっぱりちょっと考えたくらいじゃ全然わからない」


「お前が任された予備調査とかいうの、あの噂のことだったのか。まさか本当に触れざる者が絡んでいたりするのか?」


「まだそこまではわからないよ。だから調べてるんだ」


「事件について調べるのは本隊の役目だろう?お前がそこまでする必要あるとも思えないのだが……」


 メイが首を傾げて問う。確かに、本来僕に与えられた仕事は今ある情報を洗い出して足りない情報を補い、整理して提出すればいいだけだった。


「まあ、なんだろうね。たまには努力して人の役に立ってみるのもいいかなと」


「……お前がそんなこと言うなんて本当に珍しいな。教練過程もいつもそのくらい気合入れてくれたら俺達も楽なんだが。いや、俺がか」


 そもそも、子供ばかり攫うこの犯人は、一体何が目的なのだろうか?大人では駄目なのか?子供なら女でも男でもいいのか。年齢に上限、下限はあるのか。根幹まで立ち返りながらもう一度考えていると、メイが話しかけてきた。


「なあ、この発生現場の一覧、一度地図に落とし込んでみたらどうなんだ」


「それなら、ここにあるよ」


 事件の発生地に赤い×で印をつけて書き込んだ、首都近郊の地図を渡す。それを見たメイはしばらくなにかを考え、それから僕の資料をいくつか見比べて更に考え、一心不乱に何かを書き込み始めた。


「その机に向かう姿、なんだか僕の友達を思い出すよ。あいつも昔から頭を使ったりものを調べたりするのが好きな奴でさ、今は帝国大学に進学したんだ。もしかしたらメイと気が合うかもしれないね」


……完全に聞こえてなかった。メイは僕の言葉に耳も貸さず、自分の世界に没頭している。


 こいつは大きな図体と頑丈な身体のせいでよく武闘派の肉体系軍人だと誤解されているが、その見た目に似合わず本人はどちらかと言うと頭を使ったり手先を細かく使う作業のほうが得意なのだった。なんだか損な奴。


 後ろから眺めていると、地図上には新たな記号と線が見る間に書き加えられていく。印の左上に小さく書き込まれた数字はそれぞれの事件が何番目に発生したかを表し、新たに各事件現場の距離と相関関係を示した線までひいたらしい。


「関係性がよりわかりやすくなったとは思うけど、ここから何か思い浮かぶ?」


 メイ自身もいまいちピンときていないようだった。しばし地図を見つめていると、ふと頭に新しい考えが浮かんできた。


「各現場の中心を探したらどうかな?」


「随分とバラバラで円が作れるようには見えないが……例えば中心が外にあったら別かもしれんな。半円とか、扇型……」


 半円。扇型。中心がいつも園内にあるとは限らない。

 二人で顔を見合わせる。


 今まで見えていなかった暗所に急に光が差し込んだような気がした。


 机に広げていた地図を壁に貼り、今の考えを元に更に線を引いていく。事件が起きた場所をそれぞれもう一度確認し、そこから逆に辿っていける一つの中心を探り当てる。


 何回かの試行錯誤の末、当たりの線が見えてきた。夜も更けてきた頃になって、地図には二人で予想した新たな答えが書き加えられた。


 その結果、各事件現場の中心は首都近郊にある──そして最初の事件現場でもある──ファニルーシという名の森に行き着いた。


 奇しくも、そこはミラが住むトランの村からもほど近い場所にあった。


 ここに行けば、何か掴めるかもしれない。


 功労者メイに借りを一つ。きっと思いつきで言っただけだろうが、次に街に出ようと誘われた時は断らないで乗ってあげようと思った。


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