僕ことアクスウェル・ヴァン・ギャリックスとその日常
せっかくだし、僕の話もしておこうか。
僕の名前はアクスウェル・ヴァン・ギャリックスといって、僕が生まれたギャリックス家は金融業を家業としており、何代遊んで暮らせるのか検討もつかない程の莫大な財産と、王家をはじめ各政界への強い影響力を持っている。
この国でも三本の指に入るくらいには名の知れた家柄だ。現在の当主は十七代目である父が担っており、その五人の息子のうち四人が父のもとで働いている。
勘のいい人は既にお気づきだろうが、残る一人は僕だ。
僕に関しては、いわゆる政治的な事情というやつが少し絡む。
ギャリックス家のような魔女狩り以降に台頭した新興貴族は、伝統と格式ある貴族社会の外から政財界に乗り込んできたいわば外様の位置にあった。そのため旧家からの反発も強く、一筋縄でいかない問題が山のようにあった。
いくら力があり財を蓄えても、歴史の重みには敵わない。
港町の商人上がりは、五百年続いた騎士様に逆らえない。
そこで父は、伝統と格式ある貴族社会のルールに真っ向から乗り込んでいくことを選んだ。その地位を確立するため、長らく騎士と軍人が重んじられてきたこの国で、身内から軍属の人間を輩出することでその力関係を変化させていこうと目論んだ。
それも、家督継承権のない養子などではなく、なるべく家にとって大事な位置にある後継者でなければならない。
そこで僕だ。ギャリックス家から、三男のアクスウェルが近衛兵団に送り込まれることになった。
別に軍人になりたくてなったわけじゃない。
ただ、僕は金を増やすことに興味があったわけでもなかった。
どっちにも興味がなかったから、父の言うことに反発する理由も特になかった。
こうして僕は金貸しにはならず、代わりに軍人になった。
僕の所属を正確に言うと、帝政シュヴァルツ王家直属の護衛隊として編成された《近衛兵団》内に存在する、《青年隊》という士官養成学校に在籍している。
ローウェスト市街地の外れに位置する近衛兵団総本部内の一角に構えた本拠地は、地上四階建ての華美な装飾を廃した石造りの建物で、醸し出す雰囲気はまさに質実剛健という言葉がふさわしい。
近衛兵団及びその直下である青年隊には厳格な入団規定があり、一定以上の家柄出身の者か、それに準ずる身分の人からの推薦状がないと入隊を許されない。
そのため、必然的にここにはヴェルウェスト中から貴族が集まっている。
硝煙と土埃の社交界。
父が僕をここに送り込んだ理由も、これでわかるってものさ。
青年隊はその入隊期間である十歳から十九歳までの十年間をここで過ごし、近衛兵として王室の警護に従事するのに必要な教育を文武両面から叩き込まれる。と言っても、実質は士官候補生の養成学校であり陸軍の最高教育機関という性質上、卒業後は必ずしも近衛兵となるわけでもなく、本人の希望や適性によって様々な兵科に配属される。
ただ、来年には青年隊を卒業する同期の過半数以上が既に配属先を決めたなか、肝心の僕の将来は残念ながらまだ宙に浮いたままとなっていた。
* * *
僕はいつものように起床時間に起き、寝具を整えていつものように食堂に並ぶ。少しずつ人が増えていく朝の食堂の雰囲気は、いつもと全く変わりない。
──死者十七名、負傷者三十八名。あの日から一週間が経ったが、報告された情報はそれが全てだった。
実行犯は未だ掴めず、目下捜査中。連日新聞を賑わせていた事件に関する報道も、熱が冷めたように日を追うごとに誌面から薄れていった。五日目に首都での開催を目前に控えた戦勝百五十周年記念式典に関連した不祥事が明るみに出ると、人々の関心はそちらへ移ろいだ。あとは砂のように風化するのを待つばかりだ。
あの場にいた同期たちも、二日目からはまるで何事もなかったかのような日常に戻っていた。無論、僕も例外ではない。
朝食を受け取って席に着く。パン一切れに豆のスープ、塩漬けのベーコン、サラダ。僕はここの食事が割と好きだった。
食べ始めて間もなくして、対面に大柄の男が座ってきた。顔を上げなくても体格でわかる。彼はメイ・クロードといい、僕と同期で青年隊に入隊し、寮も同室の奴だった。
「今週末にマット達が皆で街に出ようと言っていてな、アクスウェルも誘えと言われたのだが、どうだろうか」
マットというのは僕達と同期の一人で、西のほうにある地方の領主の息子だ。先祖は南部討伐戦争で受勲し、それ以来いくつもの戦いをくぐり抜けてきた生粋の軍人家系というのがもっぱらの自慢。
こういう家柄を鼻にかけた手合は貴族の間ではよく見かける。当然、青年隊でも例外ではなかった。
「一応聞くけど、何をしに行くのかな」
「……散発的に送り出していた斥候が先日、ついに近くの女の子の溜まり場となっている酒場を発見。追って偵察班を派遣したところ、目標地点に美人が多数存在することが確認された。これにより作戦司令本部は、今週末に大規模な攻略作戦を実施することを発令。よって、本作戦にはお前がいると女の子が押し寄せてくるわ捌き方がうまいわで成功率が飛躍的に高まる割に誰にも手を付けずに一人で先に帰ってくれるから俺達がおこぼれに預かれて最高なので是非来てくれって」
せっかくなら最後までそれらしく言い切ったらどうなのだろう。丁重に辞退する。
「そうだろうと思った。まあいい。俺も一応マットへの義理は果たしたからな。そんなことさっき面白い噂を聞いたんだが、お前『子供攫いの話』って知っているか?」
メイはあっさりと引き下がり、別の話題を持ち出してきた。話しぶりから察するに、彼もマットの話にはさほど興味はなく、むしろこちらが本題だったのだろう。
「知らないけどその噂、どこで聞いたの」
「さっき飯に並んでる時、前にいた奴らが話してた」
青年隊にありがちなこと、その二。
狭い隊舎に閉じ込められて娯楽に飢えたここの奴らは、どいつもこいつも噂話がやたら好き。それも、なるべくセンセーショナルで刺激的なやつ。
この隊の奴らが噂している話など果たしてどこまで信じたものかは怪しいものだが、せっかくなので続きを促す。
もしかしたら、食後のお茶請けくらいにはなるかもしれないからね。
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