第3話タイナとフランス

「始めましてルツ中尉、私の名はタイナ。これから貴方の相棒になるわ。よろしくね。」

銀髪のメイド服の少女は綺麗な笑顔で僕にこう言うと手を差し伸べた。先程カウフマンが言った事をふと思い出す。彼女は僕の先輩だと。ありえない、とは思うが表面上は敬意を払っている様に装うしかなかった。

「タイナ殿ヘーア・タイナでありますか?自分は新しく配属されたルツ中尉であります。現地ではありますがどうかご教授お願い致します。」

殿ヘーアなんて!ふふ・・・私の事はタイナで良いわ。第一これから貴方のメイドって事になるんだからため口で良いのではなくて?」

それは良かった。正直年下の身元も良く分からない相手に敬語を使うなんて嫌だったのだ。しかし彼女がメイドとなると僕は一体どんなカバーなんだろうか?と首を傾げる。

「じゃあルツにタイナ、早速で悪いんだがアストレーヌに行く為の準備をして貰いたい。」

カウフマンはそう言うと僕ら二人に切符を渡した。切符には何故かスイスと書かれていたが・・・。


「あれももう三日前か。目まぐるしかったなぁ。」

三日の間に両親を説得する必要はなかった。軍人なので二人は僕が恐らくプロイセンのどこかの連隊に配属されたのだろうと理解したまま僕を見送ってくれたのだ。

こうしてフランスに着くまでの間を列車の中をタイナと共に個室で過ごしている。

彼女はと言うと対面の席で初めてあった時と同じメイド姿のまま表紙絵の若い男女から見ると何かの小説を読んでいる様だ。


彼女を見つつ僕は自分に与えられた任務を思い出す。

カウフマンの命令はこうだった。先の爆発テロは背後にフランスもしくはフランスのテロ組織が関与していると彼は見ていた。僕は表向きはスイスのフランス語圏から来た留学生として、タイナはその僕のメイドという偽装で政治運動の活発なフランス北東部アストレーヌ地方に潜入し真相を解明し本部に報告せよ。との事だ。

「そんなすぐに分かるものなのかねぁ。」

「あら、今の情勢なら結構分かるものよ。」

独り言のつもりをタイナが僕に言葉を返して来た。例の小説のページをめくっており僕に目をくれない。


「タイナ、君はそう言うけど今のフランスなんて滅茶苦茶だぞ。戦争に負けたせいで復員した兵士はあちこちの民兵組織ミリスになだれ込んで共和国そのものが維持できるかも怪しい。そんな中でどうやって・・・」


「かつての王党派も敗戦に付け込んで息を吹き返したともいうからフランスの混乱は相当ね。でもその状況に付け入るすきはあるわ。かつてのロシア内戦でも諜報員を送り込んでソビエト側の軍機密を相当数奪取する事に成功したし。」


「ちょっと待て。何で君がそんな事を知っているんだ?」


「カウフマンも言っていたでしょう?私は貴方の職業上の先輩だって。」


「でもどうみたって僕より年下じゃないか。君本当に諜報員なのか?」


「任務が始まってから私の能力が良くわかると思うわ。それよりそろそろジュネーブにつくと思う。乗り換えの準備をした方がよろしくなくて?」


外をみると絵葉書でみたスイス最南端のジュネーブの街並みが目に移っていた。


「ここを超えるとすぐにフランス領よ。前の任務に比べると案外あっさりいけそうね。」


列車が駅に近づく中、向けられた彼女の笑顔に僕は戸惑う。目の前の彼女は勿体ぶって教えようとしている様には見えなかった。何か大きな秘密を隠している様な気分に近いと言える。

一旦気持ちを切り替える事にした。今はまず任務を上手く始めるしかない。

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テオドールとタイナ 二人組のスパイ ル・カレー3b @lecurry3b

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