MIG01:アメノヒノオモナツルギ
昨夜、一応はチョコラ(妥協案)も女子なので寝室のベッドを譲り、京太郎はリビングのソファーで寝ることになった。
ふと目が覚めた。軽く伸びをしてから近くのテーブルに置いておいた時計を確認する。午前3時。いくらなんでも起きるには早い。なんとなくキッチンに向かい、水を飲んでいると寝室の方から寝息が聞こえてきた。
「あいつ……睡眠とるのか
―――――いや、何でここまで聞こえるんだよ……」
キッチンと寝室は近くではあるが壁と廊下を挟んだ先だ。寝息が聞こえる距離としては明らかに異常である。
「どんな体の構造してんだあいt―――――ん?」
音の聞こえる方向が微妙におかしい。
―――なんとなくスマホのライトで周囲を見てみる。
「――――あー、なるほど」
先ほど説明の際に使用した薄型端末が発生源だった。結局あの後忘れ去られてテーブルに置きっぱなしだったのだ。どうやらいまだにチョコラと接続されているらしい。スイッチを切ろうとしてボタンが無いことに気付く。さすがは神の超技術だ。
触っても反応がない。持ち主ではないからだろうか。案外セキュリティはしっかりしている。
「―――うるさくて寝れそうに無いな」
一度でも意識してしまうと気になって眠れない。京太郎はそういうタイプだった。
どうしたものかと考えていると名案が浮かんだ。京太郎は割と思考が柔軟だった。
「要は音が出なきゃいいんだから―――」
――――京太郎はチョコラと接続された薄型端末を遮音性のありそうな場所
―――――――冷蔵庫に放り込み、再び眠りについた。
「異様。寝室、寒い。室温、推定一桁!冷房、誤作動?」
結局あれから2時間と経たないうちにチョコラにたたき起こされた。どうやら携帯端末とは割と強く接続していたようだ。正直軽率過ぎたと自分でも思う。床に落ちて踏んだりしていたらどうなっていたのか。冷蔵庫を指さすと不思議そうに向かい、扉を開けてきっかり5秒固まった。そしてまた騒ぎ出す。
「!?端末、冷凍!!実行犯、何奴!!」
「正直すまんかった。」
「キョウタロ?!何故!」
罪を告白したら驚愕の表情が帰ってきた。外部犯の仕業だと思っていたらしい。
「遮音性があるパッと思いつくところがそこだったんだよ。」
今考えると風呂場にでも置いておけば何の問題もなかったのだろうが。
「―――端末、消去。しばらく。困惑、要望。」
「あー、端末は消すから、しばらくは翻訳で困ってろって?」
「肯定、肯定!!」
視線が冷たい。昨日の今日でこれはさすがにショックだったらしい。同盟締結からわずか4時間で信頼関係にひびが入った。
「発想、狂気!思慮、皆無。」
どうやら京太郎をサイコパスだと思っているらしい。誠に遺憾ではあるが、悪気はなかったとはいえやったことが十分ひどいし、何も言えない。京太郎にも良心はある。両親はいないが。
「センス、皆無!ブラック、過剰。笑う、不可能!」
「心の中のジョークにダメ出しするんじゃないよ!」
考えた本人ですら今のはないと思っていたのに。
「ホント悪かったって。ほら、毛布やるよ。まだ寒いだろ。」
現在、9月中旬。残暑とはいえ、さすがに朝夕は冷える。ソファでの睡眠なのもあって、毛布を出しておいたのだ。さすがにこんな形で役に立つとは思わなかったが。
「優しい。好感度、上昇。」
「自分で言うな自分で」
さっきまで怒っていたくせに現金な奴である。チョロいともいう。そもそも好感度とは一体。今何ポイントだというのか。
ともあれ、ソファで使っていた毛布を頭からかぶせてやる。なお、チョコラは今京太郎のパジャマを着ている。サイズがあっていないが。
「!?」
「ん?どうした?」
「――――人肌!」
「さっきまで俺が使ってたからな」
少し考えればわかることだった。仰々しく驚くから身構えてしまったではないか。
「(深呼吸、開始)」
「?」
なにか小さい声で言ったかと思うと、毛布を引きずって部屋の隅へ移動してしまった。京太郎はというと完全に目が覚めてしまったので、少し早いが朝食の準備を始めることにする。朝食という文化は発明王がトースターを普及させるために作ったというのは本当なのだろうか。まあ、京太郎は起きてすぐ食事すると消化不良を起こしやすい体質なので朝食は基本取らないが。1日2食で十分なのではないかと常々思う。
30分ほど後。とりあえず朝食は完成したのでチョコラを見に行くと、毛布にくるまって眠ってしまっていた。京太郎がなんとなくで買った近所のタワーの模型の真下で。毛布の白さも相まってその姿はまるっきり昆虫の繭だった。さすがに呼吸が苦しそうなので顔部分を露出させてやる。
「―――――まあ、飯にはまだ早いか。」
結局、朝食にはラップをして京太郎は朝風呂することにした。
「(もももももももももももももももももももももも)」
「―――どんな勢いで食ったらそんな音が出るんだよ……」
わずか9.8秒。それが京太郎の作った朝食が蹂躙されるまでのタイムだった。確かに全部食べていいと言ったが、急いで食えとは言っていない。
「何でそんな急いでんだ?」
「むい?」
食後に買い置きのアイスをまたもや貪っていたチョコラは、声に反応してスプーンを咥えながら顔をこちらに向ける。
「今日、平日。キョウタロ、忙しい?」
どうやら京太郎の都合を気にして時間を作ろうとしているらしい。それならデザートは食わないでほしいが。
「あー、俺、基本暇だから気使わんでいいぞ。」
「!?
――――――キョウタロ、労働、拒否、ダメ。」
「ニートってわけじゃねーよ……」
京太郎の職業は会社の経営者である。両親の会社を継いだ形になるのだが、突然のことだったので引継ぎが十分でなく、現在は知人に経営を任せているのだ。それ以外にも土地だの株だので資産は結構ある。
「2月からは正式に社長業だしな。あと数か月は暇ってだけだ。」
「納得。金持ち、協力者、幸運!かねづる!」
「オマエ―――面と向かってよくそんなこと言えるな…」
多分裏表がないのだろう。もしくは意味を分かってないか。それはともかく。
「で、そのメイド、インゴット?ってのはどうやって見つけるんだ?」
「インゴッド。」
「鋳塊じゃなくて神由来って意味だったのか――」
maid ingotではなく、made in god。実際にはかなり直接的な表現だったらしい。
「近辺、発見。いっこ。」
「あ?この近くにあんの?」
「肯定。同行、要求。」
「その格好で?」
近隣に一つあるというが、現在のチョコラの格好は京太郎のぶかぶかのパジャマ一枚。下着を着ているかも怪しい。昨日までこいつが来ていた服はボロすぎて着れそうになかったので本人が処分してしまった。
「―――――ヘンタイ」
「そうだな。その格好で出て行けばそうなるな。」
この場合、チョコラの容姿が一回り程年下なのも相まって、変態扱いされるのは間違いなく京太郎だろう。さすがにそれは洒落にならない。かといって、京太郎が女性服を買いに行っても評価は同じところに落ち着くだろう。
「―――仕方ない。少し待ってろ。」
「?」
背に腹は代えられない。チョコラを待機させ、知り合いに電話をした。
リビングに置かれたテーブルにはチョコラと京太郎、そして大柄な女性のような人物が座っている。
「それで、この子がその?」
「ああ、両親の親友の娘らしいんだが、親がなくなって訪ねてきた。外国の子だからほかに頼る当てもないらしくてな。」
「ふーん。キョウちゃんもやるわねぇ。こんな子を手籠めにするなんて。」
「話聞いてた?」
京太郎が呼び出したのは自身の伯母に当たる人物。れっきとした女性のはずなのだが、喋り方や体格などからどう見ても女装にしか見えない。京太郎も確たる証拠を掴めていないため、正確には叔父なのではないかと勘繰っている。
「それで、着る服がないから用意してほしいって?」
「ああ、着の身着のままで来たらしくて」
「え?密入国ってこと?」
「―――置き引きにでもあったんじゃないかな………」
危ないところだった。危うくぼろが出るところだった。
「なるほどねぇ。まあ、一着用意しておいたから、これを使いなさいな。」
そう言って手に持っていた紙袋を手渡してくれる。急なお願いにも拘らず文句も言わずに用意してくれるあたり流石である。チョコラに手渡して、着替えに行かせた。
「ありがたい。恩に着るよ。」
「イメージ通りの子で良かったわぁ。急いで縫ったかいがあるってものよ。」
「電話して20分もたってないんだが……?」
同じマンションに住んでいるとはいえ、超人過ぎる。
「バカねー。完成目前だったのを急遽仕上げただけよ。」
「は?よかったのかソレ?新作だろ?!」
「デザインは頭の中に叩き込んであるわよ。あとはチョコちゃんが着た姿を見て微調整すれば完璧ね。最高のモデルよ。イメージにぴったり!」
「ちゃっかりしてんなぁ――」
「もちろん後であんたにも男物のモデルやってもらうわよ。」
「だろうなぁ――」
伯母の職業はデザイナーである。個人でブランドが出せるくらいの。京太郎も幼いころから頻繁にモデルをさせられていた。
「―――着衣、完了。」
チョコラが着替えを終わらせて戻ってきた。全体的に白と黒でまとめられたフリルを適度にあしらった女の子らしいデザインだ。ひざ丈のスカートにブラウス、上から上着。シンプルでありながら非常に高いセンスを感じさせた。
「かぁわいいわぁぁぁぁぁぁぁ!!!よく似合ってる!さすが私、目に狂いはなかったわ!魅力も可愛さもバランスが大事なのよ!!!」
「‼!? ――――キョウタロ!救援、要請!!」
伯母に抱き着かれたチョコラが助けを求めている。とりあえず伯母を落ち着かせ、帰ってもらうのに30分かかった。
午前9時。とりあえずまともな格好になったチョコラを連れて外に出る。どうやらメイドインゴッドとやらの気配を感じ取れるらしいチョコラに案内されたのはごく普通のコンビニだった。マンションの徒歩2分ほどのところにあり、京太郎もたまに利用する。
「―――まさかこんな近くにそんなもんがあったとは」
「灯台、下、暗所。」
「灯台下暗しって言いたいのか?」
指摘すると、ビシッと指をさしてドヤ顔。正解と言いたいようだが、所作がやけに苛立たしいのと、人に指をさすのは失礼なのでデコピンして黙らせる。
「で、どこっつーかどれだ?」
コンビニとはいえ、近くに競合店のない住宅地というだけあってか、非常に品ぞろえがいい。この中に混じっていても気が付くまい。
「?離脱、気配。」
「移動してるのか?」
「―――――あいつ!保持!」
そう言って、チョコラは先ほどコンビニを出て行った青年を指さす。
「マジか!追うぞ!」
「うぃ!」
ダッシュで店を出る。幸い、そこまで距離があるわけでもない。すぐに追いつくだろう。
「おい、本当に持ってんのか?」
「確実。活性化済み、危険。」
「でも、傘ぐらいしか持ってないぞ?」
剣とか盾とか鎧とかわかりやすいものならよかったのだが。アクセサリーとかなのだろうか。
「否!傘!」
「は?傘がそうなのか?あのビニール傘が?」
チョコラの指摘を受け、もう一度前方を走る青年の傘を見る。何の変哲もない、ただの傘。それも安物のビニール傘だ。とりあえず、青年を止めようと追い抜き、前に出た瞬間だった。
「キョウタロ!」
首元から血が滴る。ギリギリだったが、躱せたらしい。首の皮一枚で済んだのは奇跡と言えるだろう。
「クッソ、下校中の学生じゃねーんだぞ!?」
京太郎を襲ったのは青年のふるったビニール傘。到底刃などついていないそれが、振るわれた瞬間切断能力を持った。そうとしか言えない。鋭くとがった部分など一切ない傘の先端で京太郎は首を落とされかけたのだ。
「―――お前らさぁ、やっぱこの傘狙ってるわけ?どっから嗅ぎ付けたか知んねーけどこんな面白いもん手放す気はねーぞ?」
「キョウタロ!平伏!」
チョコラの声を聴いて咄嗟に体を投げだし、地面に伏せる。ほぼ同時に青年に向かって大ぶりな剣が飛んでいく。なぜか知らないが青年に直撃したあたりで爆発したが。
「爆発!?何故?!」
作った本人にすら予想外らしい。多分適当に作ったせいで妙な性質が付与されたのだろう。とりあえずドサクサでチョコラの近くに移動する。
「―――死んだんじゃないか?」
「―――ところがぎっちょん!」
青年の声が聞こえたと同時、傘を振りかざしてこちらに向かってくる。その体には傷一つない。
「懐かしいな、傘バリア。」
青年がとったであろう防御行動を想像してふいに懐かしくなった。小学校時代の思い出である。
「いいだろコレ!剣にも盾にも傘にもなるんだぜ!」
「元から傘だろ!」
チョコラの剣投擲を傘を開いてガードしながらの言葉に反射的に突っ込んでしまう。青年の敵意がこちらに向くのがわかる。自分の気質が少し恨めしかった。
「キョウタロ!」
「うるせぇなぁ。」
そう言って傘の先端を京太郎に向ける青年。
「こいつはさぁ。剣にも!盾にも!」
嫌な予感がした。そこから飛びのく。
「銃にもなるんだよ。」
傘の先端。いや、銃口から太めのビームが発射された。直前までいた場所の地面が爆ぜる。余波だけで京太郎の体は吹き飛び、沿道の花壇に頭をぶつけた。
「網!捕縛。」
「効かないねぇ。」
頭がチカチカする。視界が歪む。恐らくは網で捕縛を試みたのだろうが、何らかの手段で脱出されたらしい。青年のヘイトはおそらくまだこちらだろう。つまり。
「テメーはしばらく待ってろ。今はこのおっさんに話がある」
「オッサンって―――まだ23だぞ。」
青年が眼前にしゃがみ込む。傘を喉元に突き付けてチョコラをけん制しているようだ。
「4つしか違わねーのかよ。なあオッサン、今俺さー、金に困ってんだよなー」
「カツアゲかい。バイトでもしろよ」
「あ?テメー今の立場分かってんのか?あぁ?」
どうやら青年は京太郎に狙いを定め、金品を奪うつもりらしい。
「わかってるさ。まあ、金をやるのはいいが、一ついいか?」
「話分かるじゃーん!なんだよ。聞くだきゃきくぜ。」
金がもらえるとわかった瞬間目の色が変わった。こういう人種は正直でいい。
「構えも振りもなっちゃいねーなトーシロ。」
油断したのだろう、喉元に突き付けた傘が緩んだところを掴む。どこまでが刃になっているのかわからないので青年の手首を。思い切り引き寄せ、渾身の力で頭突きをかます。もちろん、相手の鼻を、自身の額で。
「何を!?」
「キョウタロ!?」
相手が倒れ込むのに合わせて自身も立ち上がる。形勢を整える前に傘を持つ手、利き手なのだろう、右手首を踏みつけて。
「さて、テメーがそっから抵抗するのは自由だ。アバラを何本か追ってもいいならな。」
「俺の先輩にやべー人がいるからな!テメーどうなるかわかってんのか?」
「あー、呼んでみろよ。」
典型的なチンピラみたいなことをわめき始めて面白かったので連絡させてみる。もちろん、傘は没収し、チョコラに預けてある。
「あ、もしもし、先輩――――」
「―――連絡先もらったぜ!あの伝説の先輩のな!」
「あ?」
「俺らの4つ上の伝説……悪鬼のキョウ!テメーのタメだ。聞いたことあんだろ?」
「何で喧嘩してる相手のタメの奴呼ぶんだよ。知り合いの可能性高いだろ。」
「知らねーのか?悪鬼のキョウさんは血に飢えていて、どんな奴にも喧嘩を売るんだぜ。」
思わず苦笑した。それを見とがめるように青年は睨みつけてくる。
「いいから電話しろよ。多分出るぞ。」
「何でわかんだよ」
そう言いながらも電話をかけ始めた。普通に気づいても良いと思うのだが。
果たして、京太郎の携帯が鳴り始めた。無論、通話を開始する。
「どうもー、悪鬼のキョウでーす。」
瞬間、青年が凍り付いた。
「――――伝説の先輩……?」
「うん。」
「―――千人切りの?」
「盛りすぎ。」
「――引退、なさってたんですか?」
「高卒でな。」
「すいませんでした―――――――――!!!!」
「うむ。許す。ツギハナイ。」
青年は走り去っていった。京太郎に一万円札を押し付けて。金がないとは何だったのか。なお、当時の京太郎は専守防衛を貫いていただけなのだが、なぜ悪鬼とまで言われなければならないのか。すっかり今では伝説の不良扱いである。
「キョウタロ、喧嘩、強い?」
「そういや負けたことねぇな。昔から武道とか習ってたしな。」
武道はそもそも素人にはふるってはいけないのだが、怪我は一切させていないので許してもらいたい。というか、伯母にそのことで怒られ、ボコボコにされているので、すでに報いは受けていると思う。正直、当時の事は黒歴史だ。
「強い、素敵、カッコいい!」
「あんまし褒められたことじゃねぇぞ。」
喧嘩が強いから何ができるというのか。そもそも、相手が油断していなければ死んでただろうし。これからもこんなのばかりだと命がいくつあっても足らないだろう。
「強力、武器、入手!ロック、設定。」
いや、こんな代物が一個目なのは案外幸運なのかもしれなかった。
MIG01:『戦闘用多目的雨具』
ペットネーム『アメノヒノオモナツルギ』
危険度:10 実用度:5 デザイン:2
めいどいんごっど イロマグロ @sakakoha01
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