めいどいんごっど

イロマグロ

first step:傍迷惑な女神様

―――その日。俺はほろ酔いだった。月の綺麗な夜で、大都会のこの街でも珍しく星が見える―――そのくらいには空気の澄んだ夜だったのだ。酒も飲みたくなるってものだ。普段は絶対行かないような立ち飲み屋で月見酒をした帰り。ふらふらと立ち寄った路地裏で俺はそいつと出会ったのだ。



「で、なんだって?」

目の前でひたすらに料理を食している少女に質問を投げかける。

『(ごくん)私、チョコレート。』

少女はどこか得意げに自分の顔を指さして意味不明なことを言う。

「オマエ頭大丈夫か?」

かなり本格的に少女の頭を心配してしまう。

「頭脳、正常。名前。チョコレート=ツビクルド。」

「――――ファミリーネームは?」

「ツビクルド。」

「チョコレートの方が名前なのか……。」

「食事、感謝。希望、願望―――」

「ん?―――ああ。」

少女……チョコレートは少し言いよどむ。その姿をみて合点がいった。彼女の服はボロボロで全身泥だらけのままだ。うわ言のように食事を求めていたので優先したが、先にシャワーを貸すべきだったかもしれない。

「悪いな、気が回らなくて。風呂場なら好きに使ってくれ。」

「謝辞。使用。体、ピカピカ」

そう言って、どこか楽しげに部屋を出て行った。しかし、妙な話し方をするやつである。



風呂場は防音になっているため、中の音はリビングまで響いてこない。ここでようやく青年、環京太郎は落ち着いて思考を巡らせることができた。

ここは京太郎が住居にしているマンションの一室。いわゆるリビングダイニングで、彼女、チョコレートの向かった風呂場は部屋を出て廊下を挟んだ先だ。戻ってくることはそうないだろう。

そもそもチョコレートは先ほど、路地裏で拾ったばかりだ。酔っていたのもあって連れ帰ってしまったが、これからどうすればいいのだろう。というか、そもそもの疑問として、

「なにもんだ?あいつ。」




「神」

「――――英語でGod?」

「肯定」

チョコレートが風呂から戻ってきたので質問したら衝撃の告白をされた。神様であるらしい。現在の彼女はバスローブ姿だ。風呂場においてある京太郎のものを着たのだろう。しかし、神様。当然のことながら信じられない。目の前にいるチョコレートは銀髪銀眼であることを除けばいたって普通の少女である。

「証明できるのか?その、神様だってことを。」

「信用、不可?―――実行、不可思議、信用?」

「―――不思議なことをやれば信じるかって?」

「是、是。」

喋り方のせいで若干わかりづらいが、意味はあっているらしい。

「―――まあ、少しはな。」

「了解、実行、実行!刮目、期待!」

「……」

口調からは想像できないほどテンションが高い。コロコロと表情は変わり、細切れの言葉からは感情が溢れているようだ。

チョコレートが派手に指を鳴らす。それと同時に虚空から大ぶりな両手剣が出現、床に突き刺さった。

「私、万物、作成!不可思議、異能!」

「何でも作れるんならもうちょっと考えてくれよ!」

なんでよりによってこんなもんを作ったのだ。それなりの高さから出現した両手剣は自重もあってか深々と床に突き刺さっており、両手で引っ張っても抜けそうにない。

「―――熱ッ!!」

「灼熱、刀剣。魔剣、精製可能!」

心底楽しそうにチョコレートは言う。自慢したがりなんだろうか?

「いや待て待て待て!!なんてことしてくれやがった!?」

作ったのは灼熱の魔剣。刺さったのはフローリングの床。このマンションの床は天然の木製である。すなわち――

「燃えてる!!火事になるわ!!!!」

「――理解、了解。魔剣、消去。さよなら。」

チョコレートがもう一度指を鳴らすと灼熱の魔剣は消滅した。床は燃えたままだが。

「火を消してくれ!今みたいに!」

「無理。消去、生成物のみ。」

「うっそだろオマエ!?」

「代案。水、精製。」

再びの指鳴らし。同時に10リットルは下らないであろう水が生成され、火は消えたが周囲は大惨事となった。



口調のせいで非常にわかりにくかったがチョコレートの異能のことは理解できた。

1つ、あらゆるものを生み出すことができる。

2つ、自身が生み出したものは問答無用で消滅させることができる。

3つ、生成時にはある程度イメージが必要であり、適当に作ると妙な機能が追加されたりする。

4つ、1分以上手に触れるか、体内に取り込むことで物体のデータを解析できる。

やりたい放題である。漫画なんかだと万能すぎて不遇な扱いを受けるタイプ。

「だったらなんで自分が食うものは用意しなかったんだ?」

「―――不可……。身体、汚れる、異能、使用不可。」

「お前パンでできてんのか?」

体が汚れると能力が使えないと主張するチョコレート。

「パン?理解不能。」

「一体何があったんだよ。ほんとに。」

路地裏で倒れていたり、神様だったり、謎が多すぎる。コイツの目的は一体何なのだ。

「むーーー?―――説明、たいへん。」

「そこは頑張れよ……」

「代理、精製。創造、作成!」

「あ?」

またもや指を鳴らす。今度は薄い板状の物体が出現した。

「意思伝達、装置。すむーず、対話!」

自分の喋り方がわかりにくいというのは理解していたらしい。こちらとしても意味が伝わりやすいのは万々歳だが。タブレット端末的なものだと予想して表面をタップしていたら空中に映像が浮かび上がった。

「だったらこの形状には何の意味があったんだよ―――!!」

なぜ板状にしたのか。別に箱型でも何でもよかったのではないか。いらない恥をかいたところで映像から音声が聞こえ始める。

「いや、何も映らねぇのかよ!何で空中に映したんだよ!」

『趣味です』

「張り倒すぞ!?」

本体であるチョコレートを見ると得意げにニヤニヤしていたので、テクノロジーの自慢も兼ねていたのだろう。何の意味もない無駄機能だが。

「機能、正常?『正常に機能しているでしょうか?』技術、上々。『なかなかの技術でしょう?』褒める、称える、許可?『ほめたり称えたりしても良いんですよ?』如何?『どうです?』スゲーイ?『すごいでしょう?』モノスゲーイ?『ものすごいでし「うるせぇ!!」

「使ってる間は喋んな!うるさくて仕方ねぇ!」

「がーん、遺憾、すごく。『がーんだな。誠に遺憾ですぞ』」

「だから喋るな」

恐らく、考えてることを音声にして出力する装置なんだろうが、本体が口に出して喋っていると二重音声になって非常に聞きずらい。しかも内容は同じなのでイライラがさらに募るのだ。

『仕方ありませんね。本体、サイレント!』

「主従が逆転してんぞ?」

『冗談はさておき、説明です。』

「お、おう。」

急にまじめなトーンになったのでこちらも自然に背筋が伸びる。チョコレート本体は冷凍庫から勝手に出したアイスを食べているが。

『まず、大前提として異世界の話をします。』

「はあ。」

『ここは我々の管理する多重世界の一つです。私はここを普遍世界と呼んでいます。』

「壮大だな」

『私の他にも管理者がいて、一人につき複数個の世界を管轄しているのです』

「あー、自分の管轄の世界でトラブルが起こったから確認に来たのか。」

『少し違いますね。私はトラブルシューティング専門ですから。管轄の世界はありません。この世界でのトラブルという点はその通りなんですが。』

「―――だったら管轄してる神が来るべきなんじゃねぇの?」

『来ませんよ。』

「は?」

『この世界におけるトラブルの元凶は私以外の神全員。私以外の神はこの世界をおもちゃ箱とよんでいます』

「―――そいつらってお前と同じ能力持ちか?」

「肯定。同型。」

「――――するって―とつまり。」

先ほどのチョコレートの能力からして、彼らはあらゆるものを作れる。しかし、適当に作るとどこかがおかしくなる。

『彼らは適当に物体を生成して、ランダム要素を楽しむことが多いです。そして、そんな彼らのなかで最近流行している遊びがあります。』

「――――作り出したモノを自分の管轄の世界に放り込むのか」

『惜しいですね。

――――――作り出した異常物品を普通の世界に流して、混乱を楽しんでるんですよ。ここで、21個目です。』

「神々の遊びって奴か――――冗談じゃねぇ。」

ふざけた連中もいたものだ。21個目ということは、同じことをやられて20個は滅んだのだろう。

『いい加減にまずいということで実力行使に出たのですが、まあ、妨害されまして。』

「それで体が汚れると異能が使えねーのか。」

『そういうことです。―――ウッ!?』

「!?妨害か?!」

『キーンってします!』

「本体!邪魔すんじゃねぇよ!」

アイスを食べていた本体の頭痛がフィードバックされたらしい。はた迷惑な奴だ。まさか自分自身にすら迷惑をかけるとは。

『妨害はこれ以上あり得ません。連中の性格からして、私の行動も含めて娯楽扱いするでしょうし。』

「ゲーム感覚ってわけか。」

『その通りです。まあ、奴らの目的はどうあれ、我々の仕事はメイドインゴットと呼ばれるそれら異常物品の回収、あるいは破壊です。よろしくお願いします。』

「ん?まてまて、なんで俺が協力する流れなんだ?」

『ここまで聞いといて逃げられるとでも?』

脅された。確かに質問したのは京太郎だが……。

「質問に答えないで去ってもよかっただろ!」

「理由、三つ!『ひとつはこちらでの拠点が欲しかったこと』二つ!協力者、必須!」

綺麗に本体と合わせた返事が来た。さっきの二重音声はわざとやっていたというのか。腹立たしい奴だ。

「――――三つめは?」

「私、あなた、気に入った!恩人。これから、助け、欲しい!」

真っ直ぐな瞳で見つめられた。どこか恥ずかしくなって視線をそらすが、そんなことはお構いなしにこちらを見つめてくる。結局一分もしないうちに根負けしてしまった。

「環京太郎。ずっとあなた呼びじゃ不便だろ。」

その瞬間のチョコレートの笑顔はきっと。一生忘れないだろう。

「私、チョコレート=ツビクルド。愛称、チョコ!」

『ショコラと呼んでください』

「なんで意見が割れてんだよ!?」



こうして、ポンコツで傍迷惑な神様とフツーの人間の奇妙な関係が始まった。

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