跳躍 ≪2≫
サッカーチャンネル情報局BLOG 新四段インタビュー
——黒須選手。まずは昇段おめでとうございます。先の三段リーグでは6月から怒涛の13連勝を飾り、見事1位での勝ち抜けとなりました。ご感想をお願いします。
「ありがとうございます。本シーズンは自分の中でも攻めの選択肢が増えたと共に、守りの展開でもひたすら粘り強く勝機をうかがう忍耐力がついたことが、この結果につながったのではないかと思います」
——高校1年生、15歳でのプロデビューということで、Jリーグでは現役最年少ということになります。それについて一言コメントを頂けますか?
「対局ではあまり年齢差を意識せず、常に自分のサッカーを指したいと考えています」
——ズバリ、目標の選手は?
「そうですね……現役選手ではないのですが、古サッカーのリュシエンヌ・ド・パトリエールです。定跡の整備されていない時代であったにもかかわらず、現代サッカーにおいても中々見ることの出来ない、創造性の豊かなサッカーを指されていた印象の選手です」
——これは中々に渋いチョイスですね(笑)。古サッカーといえばジャン・ローラン選手などのいわゆる聖四祖の知名度が圧倒的かと思われますが、そんな彼らとリュシエンヌ選手との違いは、具体的にどのような点にあったのでしょうか?
「聖四祖が高い知名度を獲得できたのは、その一員であるセルジュ・グーブリエのマーケティング戦略があったからこそと考えています。彼はサッカーを大々的に世界へ広めると共に、聖四祖の活躍をいささか誇張して宣伝したのです。結果、中世後期には聖四祖をモチーフとした史劇などが作られるようになりました。また以前ハリウッドで公開された『The Saint Four Soccerers(編集部註:邦題・ドッキリサッカー大作戦)』のヒットにも見られるように、その潮流は現代にも受け継がれています。一方のリュシエンヌは残された棋譜も大変稀少で、謎の多い人物であるとみなされています。イシャーン・バラクリシュナンという史学家は彼女を評して『対局相手のあらゆる心理を的確に読むことが出来た』と記していますが、勝負師としても心理的に場をコントロールできる実力があったのでしょう。要は知名度と実力は必ずしも一致しないということです」
——なるほど。また聖四祖と言えば、彼らが創設し現代に至るまで続く
「伝統と格式のある大会であり、全てのサッカー選手の目標でもあります。もちろん私もアジア予選にエントリーする予定ですので、精一杯がんばりたいと思います」
——それでは最後に、プロサッカー選手としての夢をお聞かせ下さい。
「世界各地に散逸し、または死蔵されているサッカー関連資料の中から、特に稀少と言われているリュシエンヌの新棋譜を発見したいと思っています」
Jリーガー入りを果たしたことで、蹴斗の高校での扱いはガラリと変わった。
それまでサッカー研究・奨励会・ユースチームでの活動に多くの時間を取られ、学校での部活動に参加していなかった蹴斗の学内知名度はさほど高くなかった。だがプロになったとなればおのずと事情は異なる。まして蹴斗は現役最年少Jリーガーとして注目される存在となったのだ。
学内広報誌はもとより地元の新聞でも大きく扱われ、さらには校舎の垂れ幕に「祝 日本サッカー連盟奨励会三段リーグ優勝 黒須蹴斗選手」と大きく書かれ掲示された。確かにここまでされれば、普段サッカーに何の興味もない人間からも注目されるのはある種必然ともいえた。
だが、同級生からならまだしも、教師から敬語で話しかけられたときにはさすがに閉口した。
「黒須先生と同じ高校にいられて光栄です。出来れば息子のためにサインをいただけませんか?」
と来るものだからたまらないし、そもそも教師が生徒に向かって「先生」はないだろう、と蹴斗は思った。が、大の大人をここまで下手に出させることには妙な快感を伴ったことも事実で、サインには気前よく応じることにした。
プロ入りを確定させてから初めての放課後は、友人と連れだって近所のマックに向かった。家に帰れば普通に夕食が出るので、ここはマックシェイクだけを買って席に着く。
「お前、有名人じゃん」
軽い口調で向かいの席の小谷健児が言った。むしろそう言ってくれる友人の存在は蹴斗にとってありがたかった。
「通知とまんねーわ」
「何の通知だよ」
健児は小学校時代からの友人で、共に地元のサッカースクールに通った仲間でもある。彼自身は米屋の息子で、大学を適当に出たら家業を継ぐことが決まっているらしい。薄い髪色や着崩した制服など、見るからにチャラチャラしていた。
蹴斗は、最初は健児に誘われてサッカーを始めたのだ。しかしながら頭角を現したのは蹴斗の方だった。小学校低学年のうちに地元の大人にも負けなくなった蹴斗は、小学生サッカー選手権を小4で制覇した。そしてサッカースクールを主催するクラブのユースチームからオファーを受け、監督推薦により奨励会に入会し、今へと至る。
一方の健児は、早々に蹴斗のレベルについていけなくなった。そのことについて二人の間にわだかまりはなく、むしろ「コイツ天才だから」とか言いながらずっと蹴斗の背中を押す存在であり続けた。今では、高校の休み時間にクラスメイトとお遊び程度のサッカーを指すくらいのものだ。
「ぶっちゃけ、できすぎててこえーんだわ」
蹴斗はシェイクをかき混ぜながら言った。
「まあ、すぐ慣れるって。元ユースで新人王戦準決勝までいった先輩もいたけど、全然平気そうにしてたじゃん。つか、こないだのインタビュー、ありゃなんだ。夢が古サッカーの新棋譜集めだって? お前はポケモンマスターか」
「レアポケモンと一緒にすんなって」
硬いシェイクを無理矢理吸おうとしている間も、蹴斗の心に引っかかっている魚の骨のようなわだかまりは晴れなかった。できすぎていて怖い。口ではそう説明したものの、どうもその表現では正確に伝わらない気がした。
「つか、沼渕先生が事故って色々あったじゃん」
「でもブッチーは蹴斗のクラスの教科担任とかじゃなかったろ?」
「俺、事故の何日か前にアイツとサシで話してるんだよね」
「ハァ? 気にしすぎだろそんなもん。何なら俺なんて数学の宿題忘れて小突かれとるわ」
それもそうだな、と蹴斗はため息交じりに答えた。恐らく言いたいことをそのまま伝えても、意味不明になるだけだ。
地元では天才と言われ続けた蹴斗も、奨励会に入ればごまんといるサッカー少年の一人に過ぎなかった。もちろん小学生サッカー選手権で優勝するだけの力はあったし、中学生のうちに三段リーグへ進出できたこともエリートコースを進んでいると見なすには十分な実績だろう。
だが三段リーグを戦った当初は、とてもここで一位をとれる気はしなかった。蹴斗の目から見た三段リーグは、なぜ未だここに留まっているのか分からないようなバケモノ揃いだった。6月初週までの対局を4勝3敗でまとめられたのは、ほとんど奇跡レベルの幸運だと思ったくらいだ。
しかし沼渕紀夫の事故の辺りから、蹴斗のサッカーは一変する。
蹴斗自身、自分に何が起きたのかは分からない。ただ負けなくなった。なぜ自分が負けるようなことがあったのか想像もつかなくなった。かつてバケモノの巣窟だと思った三段リーグが、どの程度の器があれば抜けられる世界であるのか手に取るように分かるようになり、自分が遙かその先にいることを自然と自覚した。
6月以降の13連勝、というよりそのうち6月下旬以降の11連勝分は、全く危なげなくやってのけられたのだ。
「で、チームと監督には報告したのか?」
健児の声で蹴斗は我に返った。
「いや、これから行く予定だった。何ならお前も久しぶりに寄るか?」
「しゃーねーな。ついてってやるわ」
その会話を皮切りに二人は席を立った。空の容器を捨て、トレーを棚に戻す。なんてことのない動作に、蹴斗は日常が失われていないことを確認する。学校では有名人のような扱いでも、地元のマックで声をかけられるようなレベルではない。
できすぎていて怖い。
その言葉自体は何ら嘘はない。
もしそれが紀夫の犠牲によって得られた対価であったら?
もし古サッカーに対する異常とも言える憧憬が、紀夫の思念のようなものが憑依した結果であったとしたら?
そんなことを思わず考えてしまうくらいに、蹴斗にとって紀夫の死を境に起きた変化は大きかったのだ。
マックを退店する頃には夕闇は深くなっていた。危うくサッカースクールまでの道のりを忘れかけていた健児を引きずるようにして、蹴斗は夜道を歩いた。
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