第1章 黎明 ~サッカーの開祖・ジャン・ローラン・ド・プニエ~
黎明
黎明 ≪1≫
プニエ公国当主、レオポルド・ド・プニエは、かつて狂犬と呼ばれていた。周辺諸侯との諍いが勃発すれば、武力に訴える以外の手段を知らなかった。
形の上では、彼ら諸侯の多くは北の大帝に忠誠を誓った上で領国の自治を許されているという立場である。しかし、当時の大帝に列強を抑え込む威光は残されていなかった。かといって完全に無秩序であったわけでもない。基本的に諸侯が領有する国の単位が小粒であったために大規模な戦争状態とまではならず、折を見てどこぞの有力領主が仲裁をする形で諍いが解消されることがほとんどであった。
ただ、その常識はレオポルド公には通用しなかった。狂犬と呼ばれた所以である。
特にレオポルド公のお気に入りだったのは飛び道具である。
悪いことに、彼は子供の頃から大の火遊び好きでもあった。燃える素材の研究にも意欲的で、国中の油を買い上げたために、街の灯りが消えた。
風向きや天候を読むことにおいても何故だか無類の才能を発揮した。この能力ばかりは本能と言うしか説明が付かなった。彼が「雨の匂いがする」と言えば、それは戦闘が行われないということであり、実際に雨が降るということでもある。
後の歴史家は、レオポルド公に対する怨嗟の念も込めて彼をこう評した。
「レオポルト大公は自らの情熱を以て長射程武器の時計を100年は進めた。しかし、それを容赦ない火攻めと組み合わせた結果、近隣諸国を焦土と至らしめ、不毛な中世を100年は長引かせた」
「銃火器の存在しない時代に彼を遣わせたのは、神のせめてもの慈悲であった」
こうして、北の大帝を差し置いて周辺諸国を朝貢国に下したレオポルド公であったが、更なる侵略を行うことは断念せざるを得なかった。後の歴史家が指摘するように、いささか焦土エリアを広げすぎたのだ。国が痩せれば、因果は自分に返ってくる。
そうして、ある日を境にレオポルド公はぱったりと戦争を止めた。引き際と判断してからの彼の手の引きようも、驚くほど潔かった。あれほど入れ込んだ兵器開発も、可燃性素材の開発も、まるで子供がオモチャに飽きてしまったかのように全て止めてしまった。
当主としての立場を継承して二十余年、レオポルド公、44歳の時の出来事であった。
レオポルド・ド・プニエは、中世エルミリア大陸の歴史を扱った教科書においては、いささかマイナーな人物として記されている。結局のところ、局地的な騒乱をもたらしたことは事実ではあるが、それ以上の人物であるとは見なされなかったのだ。後の歴史家が恐れたように、彼の手に銃火器が渡っていれば、あるいはもっとメジャーな歴史上の人物となり仰せたのかも知れない。ただ結局のところ、レオポルド公が歴史の分岐点における楔のような存在になることは、ついぞ適わなかった。それだけが歴史の真実である。
むしろ彼は、ジャン・ローラン・ド・プニエの父として知られる機会の方が多い。
なぜならば、ジャンその人こそが、歴史に名高い『サッカー』の開祖だからである。
ジャンの生い立ちを見てみよう。
彼は、レオポルド公が28歳の時に設けた最初の子供であり、つまりは嫡男である。初子の誕生が(当時にしては)遅れたのは、ひとえに彼の戦争癖の賜物と言って差し支えない。そして当然のことながら、彼は父としてジャンの育児に携わったりもしなかった。無論、レオポルド公はれっきとした貴族にして騎士であり、子の面倒は全て女中、家庭教師、その他諸々に見させているのである。そのこと自体は当時の常識に完全に当てはまっていた。ただ、彼の場合はそれが極端であり、我が子との初対面を果たしたのが、ジャンの3歳の誕生日であったと伝えられている。ちなみに、我が子への最初のプレゼントは機械弓であった。
この奇妙な親子関係は時を経る毎にややこしく
ジャンは物心が付いてからというもの、半年に一度も顔を合わせない父親に猛烈な憧れを抱いた。無類の戦上手として知られ、帰還するときには必ずワインの瓶を片手に勝ち鬨を上げながら練り歩く父。工房に指示を出したかと思えば、男子の心をくすぐらずには置かない新兵器が次々と生み出される。子供には火の車と化した国庫のことなどは分からない。
少年の目に、父は完全なるヒーローであった。男として生まれたからには、戦場で一花咲かせなければならない。そして願わくば父のように、あまねく敵から恐れられる存在となってみたいものである。幼きジャン少年がそう決意するに至るのに、時間はかからなかった。
ジャンは、来る日も来る日も弓の訓練に明け暮れた。来たるべき初陣の日に備えて。父の愛した飛び道具を一通り試してみた。ことに長弓に関しては上達がめざましく、東方遊牧民まがいの騎射をこなしてみせるまでになった。馬を駆けながら馬上から標的を射貫くのである。そして、弓の実力がいや増すに連れて、戦場へと逸る気持ちも高まっていくのだった。
当時、男子は12歳ともなれば戦場に駆り出されることも珍しくなかった。が、流石に次期当主を尻も青いうちに戦死させることは許されない。戦争狂の父にも、意外とそういう部分に関しては慎重な一面があった。そしてジャンにとっては、父に「こいつはちょっと前に出たがるタイプだな」と思わせてしまったことが運の尽きであった。
ようやく訪れた初陣からして後方司令部付であったり、いよいよ弓兵として出陣と思いきや安全な城壁の狭間から射かける役など、中々活躍のチャンスが巡ってこない。そうこうしているうちに、何とも不完全燃焼のまま戦争が終わってしまったのだ。
ジャン、16歳の春の出来事であった。
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