第8回 式年遷皇

 キヨトは、つぎの時代の〈天皇〉をつくる式年遷皇プロジェクトの一員だ。

 〈天皇〉は日本コミューンの象徴である。それは、巨大で複雑な構造物システムからなる。はるか昔は人間がその地位を務めていたようだが、ある時から仮想的ヴァーチャルな存在がそれを継承するようになった。システムの乱数シードにその子孫のDNA塩基配列が使われているのは、世襲だったころの名残だ。

 式年遷皇は、二十年に一度、〈天皇〉の構成アーキテクチャを刷新し、ゼロからつくり直す伝統行事である。その年は前回の皇位継承から十九年であり、新しい〈天皇〉をつくるため日本中から屈指の技術者エンジニアが集められた。キヨトはその最年少メンバーだ。

 しかし、キヨトはこのプロジェクトに乗り気でなかった。同じものをつくり直すことに価値を見いだせなかったからだ。〈天皇〉の挙動は伝統にならうため、革新的な機能が追加されることはない。新しい〈天皇〉の造形をつくるグラフィック担当ならまだしも、キヨトの担当する儀式モジュールはもっとも保守的な部分だった。その作業は、古臭い機能レガシーシステムの単純で退屈な書き換えリファクタリングになるだろう。

 それでもキヨトが参加を決めたのは、イツキの強い勧めがあったからだ。イツキは、数々の偉業を成し遂げてきた世界有数のハッカーであり、キヨトのあこがれだった。イツキは前回の式年遷皇でキヨトと同じ部分を担当しており、今回キヨトにその技術を伝えることになる。

「二十年前の自分を思い出すよ」気乗りしない様子のキヨトをみて、イツキが笑った。

 実際の作業は、キヨトが想像していたよりずっと難しいものだった。ある機能をつくり直せたと思っても、細かい仕様スペックを満たせておらず、たびたび古来から伝わる試験テスト失敗フェイルした。一見不可解で不要そうに見える条件分岐にも、数千年来伝わる重要な意味があるのだ。そして、なんとか仕様を満たすことができても、現在の〈天皇〉と能力測定ベンチマークの結果を比較すると、処理が遅くなったりメモリ使用量が増えたり、悪化していることが珍しくなかった。それぞれの時代で最高の技術者たちが、持てる技を駆使して〈天皇〉を最適化してきたのだ。ちょっとやそっとではそれを超えることができない。

 キヨトは、儀式モジュールを再構築していくうちに、日本の伝統や文化に詳しくなっていった。実装する機能の仕様を理解するために、各儀式のもつ意味や由来をひとつひとつ調べていったからだ。そうしたものに愛着が湧くようにもなっていた。また、キヨトは技術者としても格段に成長した。〈天皇〉は先人の知恵の結晶であり、キヨトには到底思いつかない技巧や工夫が散りばめられていた。彼はその技術を着実に吸収していった。

 そうして、イツキにも助けてもらいながら、キヨトは儀式モジュールを完成させる。すべてのテストに成功パスし、ベンチマークの得点スコアも現在の〈天皇〉をかろうじて上回った。しかし、キヨトにはやり残したことがあった。成長したいまの技術で、最初に手をつけた部分を実装し直したかったのだ。ただ、その時間は残されていなかった。

「二十年後、今回できなかったことをやればいい」悔しがるキヨトをみて、イツキが優しくいった。

 関係者の見守るなか、各モジュールが結合されていく。そしてついに、新しい〈天皇〉が動き出す。


## アピール文


 日本の象徴という地位を人間が世襲により継承していくのは、主に人権面で無理があり、そう長くは続かないだろうと思います。そこで、天皇が仮想的なものシステムになった未来を設定しました。

 ただ、天皇がヴァーチャルな存在になっても、日本の伝統や文化は継承されています。それらは(人権を侵害しない限り)尊重されるべき財産であり、そう簡単にはなくならないだろうと思ったからです。多少の合理化は行われていますが、伝統や文化というのは時代とともに少しずつ変わっていくものでしょう。

 この物語の重点は、天皇制というより、そうした伝統や文化の継承にあります。以前より「式年遷宮」の技術継承の仕組みは合理的かつ面白いと思っていたので、これをアレンジしたものを物語の主軸に据えました。じっさい、式年遷宮は情報システムにも応用されており、〈天皇〉という巨大で複雑なシステムを作り直すというアイデアはここから着想を得たものです。

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