第6回 透明な血のつながり
アーニーは特別になりたかった。しかし、いまのところ特別になれる素質は何も見いだせていない。学校の成績はどれも悪くはないが、突出したものもない。運動はどちらかというと苦手で、美術や音楽はさらに苦手だった。クラスの中心になりたいという思いはあっても、現実にはいつも端の方にいる。ただ、特別になりたいという思いだけが人一倍強かった。
ある日、アーニーが一人で下校していると、見知らぬ女が声をかけてきた。その女は彼の母親だと名乗り、父親そっくりだから一目でわかったといって涙をにじませた。そして、アーニーに問いかける。
「私と一緒に外国で暮らそう?」
アーニーは「母親」という言葉の意味をよく知らない。この国では「母親」という言葉がほとんど使われないからだ。彼の住む国は〈21世紀の革命〉で生まれた国だった。この国では、すべての子どもが平等だ。生物学的な親から子へ引き継がれるものは遺伝子以外に何もない。子どもは家庭ではなく、地域社会によって育てられる。アーニーにとって、〈親〉とは地域の大人たちのことだった。だから、見知らぬ女から「母親」だといわれてもピンとこない。
しかし、外国で暮らすというのは特別なことに感じられ、興味をそそられた。
アーニーが大人たちにこのことを話してくるというと、女は今すぐ行かなければだめだと首を振る。そして、半ば強引に彼女が滞在しているホテルへとアーニーを連れていく。
その女はナオミといった。彼女は外国人の男と恋に落ち結婚した。その男がアーニーの生物学的父親だ。二人は間もなく子どもを授かった。彼らの国の法律から、その子の国籍は父親の国のものになる。それは、彼らに親権が与えられないことを意味していた。子どもと別れるとき、男はむせび泣くナオミを抱きしめて「この子が成人したら対等な人間として会いに行けばいい」といった。
ところが、半年ほど前、男は事故で死んでしまった。ナオミは悲しみに暮れ、一時は何も手につかなかった。しかし、落ち着いてくると、今度こそ子どもを取り戻し、自らの手で育てることを決意する。彼女は、これまで片時も子どものことを忘れたことはなかった。ただ、彼女が子どもに会いに行こうとするたび、男がそれを阻止してきたのだ。しかし、今はもう彼女を止めるものはいない。そうして、ナオミはアーニーのもとへと現れた。
ホテルの部屋でナオミは父親のこと、自分のことをアーニーに話した。彼女にとってアーニーがどれほど大切であるかも伝えた。しかし、アーニーはなぜ自分が特別扱いされるのかまったく理解できない。そのことを直接たずねると、血のつながった親子だから、とナオミはいう。
アーニーは眉をひそめる。
「それは〈血縁差別〉といって、悪いことだよ」
翌日、ナオミはアーニーを彼女の国へ連れて行こうとする。しかし、ホテルを出たところでアーニーは立ち止まる。
「やっぱり行かない。ぼくは、自分の力で特別になりたいんだ。ぼくの力じゃないことで特別になっても意味がない」
そういっても、ナオミはアーニーの手を離さない。アーニーは手をほどこうとするが、驚くほどの力で掴まれていてびくともしない。そんな膠着状態が続いていると、サイレンの音が近づいてきて、二人のすぐそばで止まった。
「誘拐の現行犯で逮捕する」
警官はそういって、二人を引き離しナオミを拘束する。
「あの子は私の子よ」と泣き叫ぶナオミ。
「子どもは誰のものでもありません」警官はそういって彼女をパトカーに押し込める。
しばらくすると、アーニーの〈親〉たちが彼を迎えに来た。彼らはアーニーに駆け寄ると、「心配したんだから」といってぎゅっと抱きしめる。すると、安心感や心配をかけた申し訳なさやらがどっとあふれて、アーニーは声をあげて泣いた。そのときには、彼を誘拐しようとした女の顔はもう忘れてしまっていた。
## アピール文
> どのようなキャラクター関係か
血のつながった親子という関係です。
> その関係がSFとしてどのような見るべき点を持つか
すべての子どもの平等を徹底した未来では、遺伝子以上のつながりが親子の間で失われてしまった、というのがこの作品のSFポイントです。現代では、どの親のもとに生まれたかによって子どもたちの間に格差があります。作品の舞台となる国では、国がすべての子どもを平等に監護・教育することでその格差をなくしています。そして、「人種」や「性」と同じように、「血縁」という生まれ持った性質を理由に特定の人間を特別扱いすることは〈血縁差別〉として禁じられています。そんな社会で育った子どもに「母親の無償の愛」がどう映るかを描きます。
> その関係がどのように読者を楽しませるか
この物語は、「親は子を無償で愛すべきだと考える母親」と「その愛を差別だと考える子ども」の価値観のギャップを軸に回っていきます。従来の価値観に近いのは前者ですが、物語は後者の視点から描かれます。そこで生じる価値観の衝突や違和感に、センス・オブ・ワンダーを感じていただけたらと思っています。
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