終章、『作者』と『ヒロイン』。
「──ちょっと待って。何であの子たちって、僕のことを巡って言い争いを始めているんだよ⁉」
つうかそもそもどうして、夢見鳥家の巫女姫様が、僕なんかのことを知っているんだ?
あまりに予想外の展開に、思わず疑問の声を上げれば、当然のごとく答えを返してくれたのは、もはや僕専属の解説役となっておられる、隣の眼鏡美人さんであった。
「そりゃあ『ヒロイン』たちが『作者』を取り合うのは、当然ではないですか?」
……はあ?
「な、何ですかいきなり、『ヒロイン』とか『作者』とかいかにもメタっぽいことなんか言い出して。──ていうか、まさかその『作者』って、僕のことじゃないでしょうね⁉」
言うに事欠いて人のことを『作者』なぞと言い出した、自分のほうこそベストセラーSF的ミステリィ
「だってあなたは、自分の
──っ。
「まさか、御存じだったとは……」
「ええ、もちろん。何せあれだけネット上で『
「……僕の自作のネット小説が現実の事件になっているなんて、それこそネットにありがちな与太話を、本当に信じているのですか?」
「ふふっ。与太話だなんて、何を御謙遜を。何せ『作者』としての力があれば──つまり、『多重的自己シンクロ』体質の持ち主なら、十分実現可能なのですから」
「多重的自己シンクロ? いやそもそも、その『作者』としての力って、いったい何なのですか?」
「前にすべての大前提として、この現実世界そのものが夢である可能性があり、人は誰でも『目覚める』ことによって、あらゆる世界のあらゆる森羅万象になり変わる可能性があると申しましたが、実は『作者』の素質を持つ方だけはいくら『目覚め』を迎えようと、『まったく同じ
な、何だよ、それって⁉
つまりこの広い世界の中でただ一人僕だけが、可能性の上でも何らかの異能を使えるようになることは、まったく無いってわけなのか⁉
「あらあら、何を不満そうな顔をなされているのです? 私はこう申しているのですよ、『作者』であるあなたは、けして全知なる神にはなれない。──なぜならあなたは、全知をも超越した、全能なる存在なのだから──と」
…………は?
「な、何ですか、僕が神をも超越した存在であるって⁉」
「つまりそれこそが、あらゆる世界のあらゆる森羅万象が総体的にシンクロし合うことで全知そのままの力を実現し得る
「あらゆる世界の境界線を越えた、まったく同一の自分同士でのシンクロですって⁉」
「何せ現実と夢との垣根を始めとしてあらゆる世界の境界線を越えて、『まったく同じ自分』とシンクロすることができるということは、例えば夢同様に小説等の
「え、僕が今や、この世界の『作者』になっているですって? そんな馬鹿な! 世界の垣根を越えて『まったく同一の自分』と多重的自己シンクロとやらをすることのできる体質であるというだけで、小説に書いたことが現実のものとなり、その記述を書き換えたり書き加えたりすることで、実際に過去の出来事を改変したり未来の出来事を決定できたりするなんて、もはや
あまりにもとんでもない話を延々と聞かされたことにより、思わず我を忘れて食ってかかる、他称『作者』の青年。
「そんなことはありませんよ? 何せ『作者』としての力を有する方は、別に小説を書き起こすまでもなく、夢の中で集合的無意識にアクセスして『未来の自分』の姿を垣間見るだけで──すなわち、『正夢』とか『予知夢』などと呼び得るものを見るだけで、それがそっくりそのまま現実のものとなることすらあり得るのですからね」
「はあ? 予知夢で見たものがそっくりそのまま現実のものとなるって。いやでもあなた自身、未来には無限の可能性があり得るのだから、必ず的中する未来予知なぞ絶対に実現不可能だっておっしゃっていたではありませんか?」
「確かに量子コンピュータや本物の神様のような
──‼
「もちろんそもそも予知夢なんかを見てしまう
そのようにしたり顔で御高説を宣われる竜睡先生であったが、こちらとしてはとても納得できるような内容ではなかった。
「いやいやいや、そのように屁理屈ばかり述べられても。だいいち僕自身には、この世界の『作者』になっているなんて、そんな大それた自覚なんぞまったく無いんですけど⁉」
「そんなことはないでしょう。何せ今回の賭け将棋大会においてこれまで愛明が、並み居る凄腕の勝負師やプロ棋士や真に全知なる幸福な予言の巫女たちとの激戦を制し、すべての勝負に勝利してこられたのは、受け将棋に徹するとともに不幸の予言の力を効果的に使ってきたからでもあるけれど、何よりもあの子が、『作者』であるあなたの『ヒロイン』だからこそなのですよ?」
「ちょっ、何ですか、愛明君が僕の『ヒロイン』とかって! 各方面にあらぬ誤解を生むようなことは言わないでください! そもそも僕は別に、『自分を主観にして現実の出来事をそっくりそのまましたためた小説』なんて創っていませんよ⁉」
「何をおっしゃっているのですか、
「へ? この文章って……」
「まさしくこの、あなたに愛明の将棋の対局の一部始終をリアルタイムに書き綴ってそのままネット上に公開していただいている、観戦記兼ネット小説の『異能
「なっ⁉」
た、確かにこの文章って、他ならぬ
「愛明の担任教師であられて、何よりも現在においてはあの子を立ち直らせることこそを第一としているあなたは、自分自身では無自覚に、本来は現実そのままに描写しなければならないところを、『僕は必ず愛明が勝つことを信じている』とか『このままでは対戦相手のほうは、愛明の張った罠に嵌まってしまうに違いない』などといったふうに、どうしても愛明をひいきした書き方をしてしまい、それを『作者』の力で知らず知らずのうちに現実化していたというわけなのですよ」
うっ。そう言われてみると、確かにそのような若干偏った
「そしてまさに巫女姫たる魅明を始めとする夢見鳥の幸福な予言の巫女の娘たちも、そんな『作者』ならではの力に惹かれたからこそ、あなたを愛明から奪い取るためにこのような世俗の
な、何だと?
「ちょ、ちょっと、何が良かったですか! 僕はけしてロリコンなぞではなく、むしろ年上好みなのであって、例えばまさに、あなたのようなアラサーの眼鏡美人さんこそが──」
「おや、まさかあなた、愛明のことを見捨てるおつもりなの?」
「え?」
な、何だ? 急に聞き捨てならないことを言い出したりして。
「かつてはすべてに絶望して自分の殻の中に完全に閉じこもってしまっていたあの子が、これほどまでに立ち直って前向きに行動するようになったのは、『受け将棋』において不幸の予言を大いに役立たせることによって、不幸の予言というものにも──つまりは自分自身にも、ちゃんと存在価値があることを自覚し始めたからであるのはもちろん、『作者』であるあなたに『ヒロイン』にしてもらうことによって、少々御都合主義なところがあるとはいえ、万事が万事あの子を中心にしてすべての
そのように高らかと人のことを勝手に『ロリコン教師』として認定してしまう、当の元引きこもり生徒の保護者殿。
「だからやめてくださいってば! 現職の小学校教師が教え子を、自分の『ヒロイン』にしたりできるわけがないじゃないですか? ──それから周りの
そのように謂れ無き風評被害の拡散を、何とか食い止めようとしていた、
まさに、その刹那であった。
「……先生は、そんなに私のこと、嫌いなの?」
突然耳朶を打ったか細き声に振り向けば、いつしか漆黒のゴスロリドレス姿の少女がすぐ側に寄り添っていて、いかにも心許なさそうな表情で僕の上着の裾を握っていたのであった。
「あ、いや。別に君のことを嫌ってなんかいないよ? ……そ、そう。もちろん
ナイーブな元引きこもり少女のガラスのハートを下手に傷つけたりしたら、せっかく立ち直りかけているのにまた元の木阿弥になってしまいかねないので、いささかオーバーなリップサービスを行う担任教師の青年。
「──はい、しっかりと言質をいただきました!」
するとその瞬間嬉々とした表情となって、これ見よがしにワインレッドのスマートフォンを見せつけてくる竜睡先生。
『──もちろん君のことは、心の底から愛しているよ! 愛明♡』
そしてそこから再生されたのは、ほんの数秒前の僕の言葉………………あれ?
「いやあ、それにしても、大胆な熱愛宣言ですなあ。良かったわね、愛明」
「おいおい何勝手に人の発言を、加工なんかしているんですか⁉」
「いいではありませんか。こうして今回の『賭け将棋編』も愛明の優勝にてめでたく終了したわけで、いよいよこれから展開される予定の『ミステリィ編』においては、全面的に愛明の不幸な予言の巫女としての力を借りなければならないことですし。それに何と言ってもこの子のほうも、先生のことを大いに慕っているようでもありますしね」
……確かに愛明ってばいつの間にか、僕の腰回りにぎゅっと抱きついていたりして。
「いやだから、こんなのまずいですってば。周囲の皆さんも何さっきから、スマホで写メばかり撮っているんですか⁉」
「──そうです、ずるいですわ! 明石月先生は我々予言の巫女全員の、共有財産であるべきなのです!」
「独り占めは赦しませんわよ!」
そう言って乱入してくる魅明を筆頭とする幸福な予言の巫女たちによって、僕はあれよあれよと言う間にJSJKを問わず、幼い少女たちからもみくちゃにされてしまう。
……どうして、こんなことになってしまったんだ。
もしも本当に僕がこの世界の『作者』だと言うのなら、こんなふざけた小説なぞ、今すぐにでも終わらせてやる!
……いや、確かに僕は自分でも知らないうちに、愛明を自分の『ヒロイン』に選んでいたのかも知れない。
しかしそれは、彼女が全知なる不幸な予言の巫女だからでも、可哀想な引きこもりの生徒だからでもない。
何よりも、彼女が『優しい』からだ。
そう。いくら『不吉な魔女』として忌み嫌われようと、クラスメイトたちが不幸になるのを見過ごすことができず、あくまでも不幸の予言を告げ続けるほどに。
──たとえその結果、自分自身の世界を壊してしまうことになろうとも。
だから僕が側にいることによって彼女の助けになるというのなら、少しもやぶさかではなく、むしろ光栄に思えるほどであった
……とはいえ、『ロリコン教師』呼ばわりは、謹んで御免こうむるけどね。
そんな想いを胸に秘めて、少女たちのじゃれ合いを見守りながら、この
異能棋戦血風録 881374 @881374
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます