第13話「明日」

- Say hello to my fate - FINAL -


まず、日付をチェックした。地震が起きてからゆうに三日が過ぎている。午前十一時半、俺が起き出す時間の中では少し早目だ。

奥の部屋から音が聞こえて、俺は部屋のドアを開けた。リビングでは母親が、何食わぬ顔で昼食を作っていた。

「あら?雄太、早いじゃない。何か予定があるの?」

迂闊にも、このタイミングで泣きそうになった。洗面所で顔を洗ってから、再生した世界を笑顔で噛み締める。

「いやー、何もないよ。」

「珍しいね。昨日も――あれ?昨日はどうしてたんだっけ、やだなぁ。ボケ始まっちゃったよ。」

ははっと、笑いを一つ入れて、俺はリビングを後にした。確かめたいことが多すぎる。まず最初に、俺はパソコンの電源を入れて、携帯を取り出した。


彩乃の携帯には誰も出なかったので、彼女の母親に直接電話をかけた。病院にいるであろう彩乃を呼び出してもらおうとしたが、二日前に息を引き取ったと告げられた。

何故来なかった、昨日だって――あれ?と、俺を罵る言葉も気にならなかった。少しだけ、そんな気がしていたのだ。呪いで死んだ人が元に戻っても、彩乃は直接呪いで死んだわけじゃない。ある程度の覚悟はあった。

電話を切ると同時に、涙がドライアイを貫通して溢れてきた。わかっていたのに、止められない。それでもマウスを握って、彼女の言葉を思い出した。

「メール見てくれた?」という言葉を、再開したときに言われたのを覚えている。パソコンのメールボックスを開くと、地震の起きる十日前の日付で、それは入っていた。

世界は元に戻ったけれど、彼女はもういない。こみ上げる喪失感に負けないように、力強くそのメールをダブルクリックした。

『こんにちは、何でこっちにメールしたのか、察してくれればいいな。』

いかにも彩乃らしい、はつらつとした文で始まっている。それが彼女の存在を俺に強く押し付けてきて、涙をこぼすのを止められなかった。

『最近バイトが多いみたいだし、アヤも直接言いにくいので、こうして見つかりにくい方にメールすることにしました。あんまり使わないもんね、パソコン。』

三年間の付き合いの中で、それは十分に見抜かれていた。正しくは、メールボックスをあまり見ないだけ(それもまた、ふつうに見抜かれていたが)なのだけれど。

『アヤは躊躇うのが苦手なので、単刀直入に話しちゃいます。お母さんがぽろっと言ってしまったのだけれど、二週間ぐらいしかもう生きられないみたいです。』

「あ…あ…っ…。」

心臓が止まったかと思った。俺は思わず、パソコンを閉じてしまった。どうせ、スタンバイ状態だ。

机に肘をついて、顔を覆ってしまう。こんなことってあるのか…こんなことって、あるのか!?

彩乃の事を考えた――彼女はどういう気持ちで、このメールを書いたのか。意を決して、再びパソコンを開いた。

『これを聞いたら、雄太君はどう思うのかな。アヤはすごく不満で、不安で、絶望して、苦しい。それを聞いてから、死ぬことばっかり考えたんだ。』

なんてことだ。彩乃はこんなにも苦しんでいた。彼女はあの場で、俺に一つもそんなことを漏らさなかった。

『アヤの心だけでも助けに来て欲しいと思うんだけど、このメールを生きてる間に見るとも思ってない。』

悲しみと後悔が、俺の心を二分した。今だけでもあの地震の日に戻りたい、とそう思った。

『でも大丈夫。きっと死ぬ前に一度くらいは、雄太君はアヤに会いに来てくれる。その時もきっとこれは言わない。会うだけでアヤは救われそうな気がするから。』

ドライアイの俺の涙は、机に落ち始めた。止めるつもりも、まったくない。

『後半はほとんど一緒じゃなかったけど、三年間ありがとう。何も出来ないって雄太君はいつも嘆いてたけど、表現できないだけで、あなたの気持ちは全部届いてるよ。手足になってやるって言葉は、ものすごく嬉しかった。ああ、愛されてるんだなぁって。』

かすれた声で、彼女の名前を呼んでいた。気持ち悪いことだとわかっていたが、そうせずにはいられなかった。

『そんな事を言ったことすら覚えてないかもしれないけどね。あなただけが"彩乃"という人の良いトコを全部知っててくれていれば、アヤは無い胸を張って天国に行けます。あ、ちゃんと次の恋はしてよね?あんまりモテないからそれだけが心配です。』

『なーんて、ほんとは嫉妬でいっぱいなんだけど、化けて出たりはしないからご遠慮なく~。…あ、看護婦さんだ。それじゃ、そろそろ消灯の時間なので、また、今度ね。――最後に、一回くらい会いたいなぁ。アヤ』

メールはそこで終わっていた。全ての文を読んで、俺は大きくため息をついた。悔しいけれど、ドライアイの俺からはもう涙は出ない。

涙が出てくれないことが、さらに悔しかった。窓を開けて、大きく身を乗り出す。

もうすぐ季節は、今の俺みたいに梅雨になる。が、そんな俺を見下すかのように空は果てしなく快晴だった。

彩乃の最後の顔と、最後の言葉を思い出した。涙を流しながら少し笑っていた。そして、自分の最期だと言うのにもかかわらず、俺と星夏のことを心配していた。

マンション横の駐車スペースが目に入った。地震があった日、親父との会話を思い出した。気のせいだろうか、スペースの仕切りになっているコンクリにヒビが入っている。さらに言うなら、少しだけ地盤がズレているように見える。

そうか、お前は『意味のある死』を目指したんだな。ただの終わりじゃなく、例えば身近な人の死を経験して急に優しくなるような――誰かのためになる死を選んだんだな。

なら、俺はこれからもお前の願いを引き継ごう。星夏が『こっちの世界』にも順応できるように。そして俺も――自分自身も順応しよう。だから、ゆっくり休んでくれ。

間違ってももう、死んでも構わないなんて言わないから。その時は化けて出て、俺を思いっきりひっぱたけばいい。



「いってきまぁす!」

隣の部屋のドアが開いて、いつもより二割り増しぐらいで元気に聞こえる由佳の声がした。俺は廊下の手すりで腕を組んで、ぼんやりと生ぬるい日差しを浴びていた。

「おや?ユータじゃないか!手は大丈夫なの?」

彼女はしっぽを揺らしながら、パンプスのかかとを直す。手は大丈夫か、ということは、こいつも記憶があるということか。

「ああ。驚かせて悪かったな。お前こそ、ケガとかなかったの?」

「すり傷程度なら、あったよー。でも、起きた瞬間かさぶたになってた。夢だと思ったけど、違ったんだね。」

柚佳が目元を指で押さえた。起きてしばらく泣いたんだそうだ。

「ていうことは、彼女さんもちゃんと――そっか、ダメか。」

俺は首を横に振っていた。しっぽを手すりに垂らして、柚佳も同情するように俺の隣で日差しを浴びた。暗い表情と裏腹に、光が薄く塗られたファンデーションにキラキラと反射して、二割増しぐらい可愛く見えた。

「ん?」

ハテナを浮かべて、顔を覗き込まれた。俺は黙って首を横に振る。

「どこかに行くんじゃなかったのか?また、就活?」

「んーん、今日はヒマなんで、本屋で髪型の資料漁ろうと思って!」

じゃね、と言ってカーキのスカートを翻して、美容師たまごが二、三歩歩き出した、その足が止まった。

俺はその顔の向こうを見た。コツ、コツとブーツの音を立てて、誰かが廊下を歩いて来る――大荷物を抱えて真っ黒なワンピースの…姉の星夏だ。

「ごめん、柚佳、帰ってきちゃった。」

「お姉ちゃん――せーちゃん…。」

柚佳が走って抱きついた。今ぐらいなら、甘えてもいいだろう。大好きな姉がいろんな意味で"帰ってきた"のだから。

ふわりと長い黒髪を耳にかけたとき、星夏と俺の目が合った。途端に、彼女の表情が変わる。

「ごっ――ごめんなさい!」

柚佳を離すと、ぺこりと深く彼女は頭を下げた。俺は思わず、キョトンとなる。

「もう、言い切れないほど、数え切れないほど、謝っても謝りきれないんだけど――」

取り敢えず彼女は、謝ることの大事さを理解はしているようだ。俺は柚佳と目を合わせてため息をつくと、星夏に近づいた。――それなら、人とやっていけるじゃないか。

「気にすんなよ。俺が最後になんて言ったか、覚えてる?」

なになに、と柚佳が俺を急かしてくる。先に口を開いたのは、姉の方だった。

「わたしの、行動力は、ベクトルが違っただけ。ちゃんと元の世界でも――」

「ああ、やっていけるよ。俺も、ちょっと頑張ろうかな。」

頭を深々と下げた星夏の足元に、いくつか雫が落ちた。世界が元に戻った以上、星夏に罪はもうないだろう。彼女はもう、占星術師ホーラスではなくなったのだから。



星夏の荷物を部屋に戻すのを手伝っていたら、いつの間にか夕方になった、今日はバイトは休みらしい。それを知った瞬間は、自分でスケジュールが管理できない、時差ボケのようなものに笑った。

テーブルに座って、俺は家族と早めに夕食を取った。父親はまだ帰って来ていない。とても都合の良いことに、母親も妹も昨日はおろか、一昨日の事も何も思い出せなかった。

まるで――きっとどこでもそうなのだろう――世界は二日間、眠っていたようだった。その間にも祖父の葬儀は終わり、とうに灰へと変わってしまったらしい。

久し振りに味わう和食――俺の大好きななすの浅漬けを口の中に落とした瞬間、家のチャイムが鳴った。

「お父さんかな、早いね。」

五つ下の妹が言って、母親が席を立つ。父親がいつも何時ごろ帰るか思い出していたら、彼女が悲鳴を上げた。

「あっ…あの、うちの子がなにか?」

声を震わせて、後ろ足でリビングに戻ってくる。浅漬けを飲み込んでからパッと廊下に躍り出ると、玄関には竹内が立っていた。警官服をまるまる着たままでは、一般市民の母がビビるのも当然だ。

「おう、雄太。」

名前を呼んだということは、彼もまた、すべて覚えているのだろう。俺は知り合いだと家族をなだめて安心させると、リビングのドアを閉めた。

「なんだよ?」

「戦友の顔を見て最初に出た言葉がなんだよ、かよ。お互い、戻ったことを喜ぶべきなんじゃねェのか?」

竹内はポン、と俺の肩に手を落とした。

「失礼いたしました。本当に、良かった。」

災害の中の事が、ほんとうに夢のように感じられた。だが、力が丸々抜けていくとこを見ると、あれはもう一つの"現実"だったのだろう。

「あのイカレ嬢ちゃん、どこだ?」

俺は先に竹内を外へと追い出すと、サンダルを履いた。四月の夜は、足のスキマにまで冷気を運んできた。


姫織家のおばさんの反応は、うちのよりもさらにオーバーだった。カーディガンを振り回して、もはや発狂しそうだ。それを見ながら俺は、よそを向いて笑いを堪えた。

のそのそと真っ黒なネグリジェ姿で出てきた星夏の表情が、竹内を見た瞬間にこわばった。俺の顔と呼びかけを見て少し正気を取り戻したおばさんは、星夏に背中を押されてリビングへと戻った。

「逮捕、ですか。」

戻ってきた彼女は覚悟とも、自棄ともとれない表情をしていた。後ろでしばった髪を流しながらせっせとサンダルを履こうとするのを、竹内が止めた。

「悪いのは占星術師ホーラスであって、姫織星夏さんではねェよ。何より世界はどこも壊れちゃいねェしな。職務ついでに最後にお前が持ってた勾玉を調べた。もしかしたら、<ヤサカニノマガタマ>って奴の可能性があるんだと。」

その言葉に思い当たった。何なのか思い出そうとしたら、星夏が答えてくれた。

「八尺瓊勾玉。日本古来の<三種の神器>の一つで、皇居に安置されているはずの物ですね。確か、半年前に謎の盗難にあっ――ちょっと待ってください。」

後半部分で彼女は身震いを一つすると、近くの部屋へと飛び込んだ。昼間に手伝わなければ、それが彼女の部屋だとはわからなかった。

ややあって、手で何かを包んだ星夏が戻ってきた。タオルごしにそれを掴んでいる――なるほど、指紋を避けたのか。

「これ…。」

「おう、これは本官が回収いたします、ってな。交番に届いたことにでもして、あとはうやむやにしちまおう。」

四十を迎える堕落警官の考えそうなことだ。だが、今はそれが俺には――俺たちには、仏様に見えた。

「気分はどうだ?自分を責め続けて、ラクになったか?」

勾玉をビニールケースに『押収する』と、竹内は星夏と俺を見て聞いた。俺はしばし考えてから、首を横に振った。彼女もまだ足りないと言うように、首を振った。

「そうだろうよ。そこで市民の味方のおまわりさんが、お前らに明日の用事を一つくれてやる。これを渡すために、わざわざ来てやったんだぜ。」

そう言って彼は、ポケットから地図と電話番号の書かれた紙を二つ取り出した。俺はその場所にも番号にも、見覚えはなかった。

「これ、どこだ?」

「……公共職業安定所。」

わたし、随分お世話になったから、と言う星夏を見て、竹内はタバコに火をつけた。どうりで、俺には見覚えがないわけだ。

「とりあえず、何がしたいのかわかんねェ時は、何か手に付くものからしたらいいんだよ。これオレの処世術な。妥協せず、まずは自分が楽しく生きれるような選択をするようにしろ。お前達はまだガキなんだ。ワガママ言っても、誰も怒らねェよ。」

ペラペラと喋ると、じゃあなと言って竹内は手を挙げた。最後に一つ、星夏を指差して言った。

「たまには、黒を封印して明るい服でも着たらどうだ?結構、視界も気分も変わるモンだと思うぜ。」

彼が絶対に口にしないと思っていた話題に触れたことにショックを受けて、そして笑った。フン、と鼻で笑って、竹内は廊下から消えた。名残惜しく感じないのは、駅前の交番に行けばいつでもいると、そう思えたからだろう。

俺は別段、職を探す気は無かった(仮にも、ファミレスのクックチーフなのだから)。だが、彼女のワガママを忘れてはいない。こういうパターンになった以上、俺もついていく義務があるだろう。

「明日、暇か?」

星夏は紙に目を落としながら、こくんと頷いた。

「じゃ、職探しに行くか?」

もう一度、彼女はこくんと頷いた。

「俺、朝はすげぇ弱いんだ。午後一番とかでも、構わないかな?」

「すっごく混んでると思うから、朝九時頃がいいかな。お寝坊さんはこの国だと、すごく生き辛いよ。」

別にお寝坊さんじゃなくても生き辛かったじゃないか、という言葉を出すのはやめた。いつか笑い話で出来るまで、この話題は取っておこう。今はまだ、俺たちは再生しきってはいない。

何度も言うがあのファミレスを辞める気は、まだ無い。それでも、色んな人に言われたとおり、自分のやってみたい事を探すだけでも、価値があるかもしれない。ゆっくりと目標を探していけたら、と、俺は願った。俺は星夏に軽く挨拶をして、ようやく見慣れた壁の中へと戻った。



「あたしが風呂でうたた寝してる間に、竹内のおっさんが来たらしいよ!?起こせよ!って思ったよね。」

不機嫌そうな柚佳が、朝早く起きて物凄く不機嫌な俺の背中を叩いた。しかめ面をして、その手を払う。どうにか八時半に起きた俺は、顔と歯だけを洗って出てきたのだ(それでも柚佳より遅かった)。

「知ってるよ、俺もいたから。」

どうやら彼女は、竹内と遭遇する縁を持ち合わせていないらしい。それは、柚佳の人生の中に彼の存在は不要ということか。想像すると、なかなか理にかなっていて笑えた。

ユータも居たのかよー!と彼女の怒りは止まらなかった。黒のカーゴパンツの尻を叩かれると、中の携帯が当たって痛いのだが。

「すげえ久し振りに早起きしたんだが、空気が冷え切ってて気持ちいいな。」

俺は無理矢理話題を逸らした。その感想は嘘ではない。気分の問題もあるのだろうが、数年ぶりに感じた"朝"の風と日差し、匂いと音は、まるで冬が終わって春が来たような感動をそこら中に漂わせていた。――まるで、死刑執行の決まった囚人みたいだ。

もー!とオレンジのシャツタイプのワンピース姿で地団太を踏む柚佳を退屈させないように、俺は起きぬけの重い声で喋り続けた。

「姉ちゃんどうしたんだ?仕度に随分手間取ってんだな。」

「ううん、せーちゃんは今"化けてる"んだよ。昨日は遅くまで喋りこんじゃったけど、キチンとあたしが起こしたから。あたしは一足早く、寝坊読みでユータを迎えに来たんだ。そしたら、あろうことかタッチの差で出てきたし。」

俺のナメられ具合はすべて置いておくとして、彼女が"化けてる"というのは化粧か何かのことだろうか。バイト先のフロアの子のように分厚いのを何度も塗りたくる星夏を想像して、俺はゾッとした。――可能な限り薄化粧のその妹を見て、俺の頭は現実に戻った。

どうやら、"遅くまで喋りこんだ"事によって、彼女達は<ゆーちゃん>と<せーちゃん>の関係に戻れたらしい。親友みたいに中の良い姉妹関係を取り戻したということは、一つの希望になれるかもしれない。

ギィィ…と立て付けの悪いドアの開く音がして、隣の部屋の中から女の人が出てきた――と思ったら、星夏か。服装が違いすぎて、わからなかった。

彼女は真っ白な、ボーイフレンド型のカットソーを着て出てきた。大きな四つ葉のクローバーのポイントがすごくキュートだ。俺は自分の適当な格好を見て、情けなくなった。彼女は茶色いブーツをトントンと整えると、恥ずかしそうに言った。

「全部、ゆーちゃんの借り物なんだけど。」

「う~~~ん、やっぱ似合うね!二つしか離れてない姉妹なんだから、当たり前か。」

柚佳は俺の横で手を組むと、うんうんと頷いた。

彼女の長い黒髪は、<ホーラス>時代のものと真逆の雰囲気をかもし出していた。服装って恐ろしい、と思った。

俺の尻がブゥゥゥンと震えた。携帯を取り出して、アラームをオフにし忘れていたことに気付く。時間がちょうど九時になった。

服装の話題でキャッキャとはしゃぐ姉妹の間で手を叩いて、はい、いきますよーと歩き出した。マンションの玄関を出て優しい日差しを全身で受けながら、今日の予定を立ててみる。

こんな早くに起きてしまっては、昼前にまたお腹がすくだろうから、昔話を交えながら昼食を取るのも悪くない。バイトは五時からだし、このメンツだから、花を買って一緒に彩乃のところに行ってくれるに違いない。彼女の前で、ほら、俺は今君の希望なんだぞと胸を張って見せ付けてやろうと思う。そうすれば、俺は彩乃と永遠に会話ができる、とそう思った。


駅のホームを通過電車が突き抜けていく。その音にかき消される事を期待して、俺は独り言をつぶやいた。

「とりあえず、自分の力ってやつでコツコツと生きてみよう。もっともっと苦しいことや辛いことを経験して、一人前の人間として生きてみよう。なあ、彩乃。」

今日の分の涙なら、とうに洗顔と一緒に流していた。北口の目の前にある交番の外で、竹内がおばあちゃんに挨拶をしているのが見えて、思わず俺は二人の肩を叩いて指差してあげた。

目を閉じて、色々な事を思い出す。今なら胸を張って、前の自分に堂々と言えそうだ。置いてきた悲哀によろしく言っといてくれ、どうやら、希望は最初から持っていたみたいだぜ、と。上り電車の到着を告げるアナウンスが流れて、俺は目を開けた。

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せいはろ -Say hello to My fate- てるふぃー @Guitarvocal

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