第五章
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合宿後すぐに開催された八月末の都個人大会で納得のいく成績が残せなかった優都は、櫻林での合同練習を経たその一ヶ月後、ぎりぎりで選抜資格を得た九月末の関東大会個人戦ではそれに輪をかけて調子が悪く、予選からほとんど中らずに準決勝に進出することすらできない状態だった。昨年、自身が都個人の優勝者として出場した同じ大会では彼は入賞こそ逃したものの決勝までは順当に勝ち上がっていたし、今年こそはという思いもあったはずだ。昨年に到底及ばない結果で脱落することになった優都に、千尋はかけられる言葉を持たなかったし、雅哉もあたりさわりのない慰めを言うので精一杯のようだった。
拓斗も松原も当たり前のように決勝に進出し、松原が準優勝、拓斗が四位という結果を持ち帰ってきたのを、優都は硬い表情で眺めていた。拓斗は自分の順位や当日の行射にはあまり満足がいっていないようで、試合が終わった後も終始機嫌が悪かったし、あらゆる感情を飲み込んで「おめでとう」と言った優都の言葉にも、まったく感情のこもらない字面だけの感謝を口にするのみだった。そのことに、優都より先にむっとした顔を露わにしたのは潮のほうだったが、口を開きかけた彼のことは京が制した。優都は特にそれ以上なにかを言うことはなかったし、潮の、「先輩なら次は大丈夫ですよ」という言葉にも笑顔で「頑張るよ」と返していたけれど、後輩が見ていないところで大きく溜息をついていたのも知っている。「大丈夫か」と千尋が問うと、優都は珍しく疲れたような表情で顔を上げ、その上に苦い笑みを浮かべて「大丈夫」と返した。
「秋季大会は団体もあるし、どうにか取り返したいな」
「それはいいけど。あんま無理すんなよ」
「うん、わかってる。ありがとう」
わかってる、と言いつつ、優都がその言葉をわかっていた試しがないことも千尋は知っていた。彼は、「頑張れ」と言われたら頷くし、成功を祈られたらそれに応えるために全力を尽くしてしまう、そういう男だ。その意味でも、優都は拓斗とはまったく相容れない存在だ。拓斗は、他人の期待も理想も重圧も意に介さないし、それが力になることもなければ重荷になることもない。彼らは、自分の弓に対して真摯で、矜持があって、妥協をしなくて、そしてわかりやすく負けず嫌いであることだけは似ていたものの、それを支える根本の考え方が重ならなかった。
優都は、思うように弓が引けないことに対して弱音を吐くこともなかったが、二学期が始まってからはそれまで以上に時間を惜しんで練習を重ねるようになっていた。彼は中学のときから、余裕のないときほどよく動く。報われてほしいとだれもに思われていたから、だれもが彼に対しては「頑張れ」以外の言葉が選べなかったし、優都はそれにいつでも笑って頷いていた。
しかし、彼の不断の努力とはうらはらに、秋が深まるにつれて優都の調子は下がり続ける一方で、手を尽くしても一向に抜ける気配のないスランプに、彼は日に日にストレスを溜めている様子だった。後輩の前ではいつも通り振る舞おうとはしていたが、同期の千尋と雅哉だけが近くにいるときには、思いつめたように表情を消して黙り込んでいることも多くなっていた。
十月半ばの秋季大会では、優都は個人戦では決勝に進めなかった。普段の練習よりさらに安定感を欠いた射は、つい一年前の彼の射と同じものとは到底思えないほどで、「自分で見たって悪いところしか見つからないな」と優都はそのあとビデオを見ながら千尋と雅哉の前で溜息をついた。そのまま、なにか考え込むように黙り込んでしまった優都の表情を、雅哉は心配そうな顔で窺っていた。秋季大会では、入賞を果たした雅哉のほうが優都よりもはるかに成績が良かったし、同じ予選敗退にしても潮の方が的中数では勝っていた。
その一方で、優都と雅哉と拓斗で出場した団体戦の三人立Bチームは、優都の調子の悪さとは裏腹に、個人戦で準優勝となり冬の全国選抜への出場権を獲得した拓斗と、六位に入った雅哉の的中数で決勝まで順調に勝ち上がっていた。決勝トーナメント一回戦で準優勝の高校と当たり、わずかの差で敗退はしたものの、長いあいだ団体では予選通過すら危うかった翠ヶ崎が、都総体に続いて強豪校と競り合う成績をおさめたことは都内を驚かせた。しかし優都は、結果はともあれ主将である自分が団体の足を引っ張ってしまっているという事実には焦りを感じているようだった。個人では全国選抜を勝ち取った一年生が、団体でも翠ヶ崎を強豪レベルにまで導いた、と語られることを、元来負けず嫌いな彼が悔しく思っていなかったはずもなかった。
「頑張ってもうまくいかねえときはあるし、あんま自分のこと追いつめんなよ」
雅哉の言葉に、優都は軽く頷いて「ありがとう」とだけ返した。
「いま、うまくいってなくても、おまえがいままでやってきたこととか、できるようになったこととか、なくなるわけじゃねえし。焦る気持ちはわかるけど、いまのおまえはちょっと頑張りすぎに見えるよ」
しんどかったらちゃんと休めよ、と言った雅哉に、優都は素直に頷いた。けれど、優都にそれができないことを、千尋は中学のときから知っていたし、言った本人の雅哉もとっくに察しているだろう。無理をするな、も、休んでもいいよ、も、まったく救いにならない人間がこの世の中には居て、優都は典型的だ。それでも、そのことをわかっていたとして、そう言う以外に他人ができることもなかった。
**
「森田、今日的中率いいな。引き方変えたのか?」
「すこし。……でも、ただ中るだけだよ」
「そうか? 調子よさそうに見えたけど」
十一月の新人戦を目前にした練習の最中、雅哉に声をかけられた優都は、どことなく煮え切らない表情を浮かべていた。彼はその後、手に持った四射を皆中させて戻ってきたときですら、やはりどこか晴れない顔をしていた。もう半年以上、優都は自分が自分に求める能力を満足できていないことに日々余裕を失っている。それがこの日は特に顕著で、矢は的を捉えているのに、優都はずっと一射も中っていないかのように追い詰められた表情をしていた。わかりやすく口数も少ない優都の様子を見て、雅哉は困ったように肩を竦めて千尋に目線を送り、千尋は「さあ」と首を振ってそれに応えた。
「なんか聞いてる?」
「なんも。今日機嫌悪いなあいつ」
潮からの相談を受けてか、端のほうでなにかを教えている優都は、そこだけ見ればいつも通りの顔をしていたが、潮が頭を下げて離れていった途端、また硬い表情に戻った。優都はそのあとも四本中三本を中てて射位を離れたものの、やはりなにか思うところがあるように眉をひそめていた。
「千尋、姿勢が悪いよ」と優都が千尋に声をかけたとき、近くにいた拓斗が優都に視線をやって、わざとらしくすぐにそれを逸らした。
「なに、風間」
それに気付いていたらしい優都が拓斗を呼び止めた声は、おどろくほどの冷たさを孕んでいた。拓斗は面倒そうな表情を隠しもせず、「別に」と応対して場を離れようとしたが、優都はそれを許さなかった。
「言いたいことがあるなら言えよ」
優都、と千尋が諫めようとするより早く、拓斗が溜息をついたのが聞こえた。拓斗も拓斗で今日は見るからに機嫌が悪く、部活が始まってから、必要最低限を除いてだれともろくに会話を交わしていない。それ自体はさほど珍しくはないとはいえ、機嫌の悪い拓斗にわざわざ優都がなにかを言うことも普段はほとんどない。
「ひとにはいろいろ言うわりに、自分だってめちゃくちゃ中て射じゃねえすか」
「……わかってるよ。どうもありがとう」
拓斗の言葉に皮肉を突き返した優都は、そのまま拓斗に背を向けて、一番端の的前へと向かった。「おまえらなあ……」と呟いた千尋の声は、拓斗には届いたようで、拓斗はすこしだけばつが悪そうに千尋から視線を逸らした。
「先に喧嘩売ってきたのはあっちですよ」
「どっちもどっちだろ。いまさら仲良くしろとも言わねえけど」
拓斗は謝りはしないままぶっきらぼうに浅く頭を下げて、優都が向かったのとは反対側へと歩いて行った。優都と拓斗の折り合いが悪いのはいまに始まったことではないが、練習中にここまでわかりやすく敵意を向け合っているのも見ない光景だ。拓斗はもとより他人にさほど興味を示さないし、優都が、半ば八つ当たりのような行動を他人に、特に曲がりなりにも後輩に対してとるところなど、千尋ですらほとんど見たことがなかった。
「潮、足踏みがちょっと雑だよ。爪先の向きにちゃんと気を配って」
「すみません、ありがとうございます」
そのあとも部員の射型を確認しながら助言と指南を加えていく優都は、拓斗から指摘を受けたあと、自身は見るからに的中数を落としていて、表向き顔や態度からは隠していたもののフラストレーションは溜めているようだった。自分の調子が悪くとも後輩に指導を求められれば快く応じる彼は、主将として振舞うことには手慣れているが、だからこそ、一選手としての懊悩をどこにぶつければいいのかわかっていないのだろう。千尋はそれを受け止められるほどそもそもの技術がないし、雅哉も積極的に相談には乗るものの、優都の長いスランプの原因には首を傾げている。
練習の休憩時間、潮になにか技術的なことに関する問いを受けたらしい優都は、しばらく潮の話を聞いたり射型を見たりしていたが、途中で「ちょっとやって見せるな」と言って潮の横で一本だけ弓を引いた。優都は、自分が潮に教えたこと自体はきちんと再現していたように見えたし、千尋の目から見る限りでは手本にするにも瑕疵のない行射でもあった。けれど、優都の放った矢は的の端を掠り、彼は弓を降ろしたあとちょっと眉をひそめて「ごめん」と言った。
「いまのじゃ説得力に欠けるかもしれないけど……」
「や、そんなこと。やっぱ先輩まじで射型綺麗だなって思いました」
「ありがとう。今日はちょっと安定してない自覚はあるんだけどね」
「そうすか? まあ、調子悪い時期はだれだってあると思いますし、優都先輩ほんとはこんなもんじゃないですもんね。俺全然知ってますんで」
「頑張るよ。潮も、見ててなにか思うことあったら遠慮なく教えて」
潮から改めて礼を言われ、的前を離れた優都は、ペットボトルの飲み物を数口流し込んだあと、またひとの視線から隠れるようにして溜息を吐いた。
「調子悪そうだな」と千尋が声をかけると、優都は眉を下げて、「考えてはいるんだけどな」と返した。
「やみくもにやったって意味ないのはわかってる。……才能に恵まれてるわけでもないし」
そう口にした優都が、ここのところ、試合や練習での自分の行射を撮ったビデオを見返したり、合同練習や練習試合で他校の顧問や部員から言われたことを何度も復習したりと苦心しているのを知っていた。千尋がなにか口を出すまでもなく優都はそういう人間だったし、例え口を出したところで変わらない生き方だということもとっくにわかっていた。
「調子が悪いってばっかり言うけど、俺はここ入ってから、森田さんが本番で調子いいとこみたことねえすよ」
ふいに、千尋に背を向けて座っていた拓斗が、優都に視線も合わせないままそう言い放った。その言葉に、一瞬で道場の中が静まり返る。だれもが咄嗟に言葉が出ず、呼吸の詰まったような沈黙が何秒か続いたあと、「てめえ、」と潮が低い声でそれを遮った。聞いたこともないほど怒りを露わにした声色で拓斗に詰め寄ろうとする潮を、「いいから」と優都本人が制した。
「おまえの言いたいことはわかるよ。僕がおまえと比べて結果を出せてないのは事実だし、それを見て、僕の実力が信頼できないと思われているなら、それは仕方ない」
優都は拓斗を見据えてはっきりとそう言い切った。まだなにかを言いたげな様子の潮は、主張を聞くまでもなく腹を立てている。京と由岐も、あまりの言いようにむっとはしているようだったが、どちらかというと困惑の方が大きいらしく、お互いに所在なさげに視線を交わしていた。
「そうやって無理に善人ぶって、無駄な労力使って、余裕なくして引けなくなってんなら世話ねえっすよ」
「――なにが言いたいの」
「別に。俺はいま、森田さんより古賀さんのがトータルで上だと思ってますけど、あんたはまだ自分のが上だと思ってるんだろうなと思って。たいした人間でも実力でもねえくせに、見栄とプライドだけは立派ですよね」
あまりに歯に衣着せぬ物言いに、さすがの優都も眉をひそめたのが窺えた。拓斗の方もかなり苛立ってはいるようで、吐き捨てるような口調だった。彼は普段あまり自分から口を開かないし、自分の考えていることを表明することもしない。さほど得意ではないのだろうとも思う。そうやって半年間、既に出来上がっていたコミュニティの中で口を閉ざして、圧倒的な実力だけで他人をも黙らせて弓を引き続けていた拓斗が、言葉にしないままずっと抱えていたものもあったのだろう。
「おまえに、わかってほしいとも思わないよ」
その言葉に、優都が返したのは背筋が凍るほど冷たい声だった。さすがに止めに入ろうとしたらしい雅哉が、その声色を聞いて二人に声をかけることを一瞬ためらった。由岐がほとんど泣きそうな顔でそちらを見ている。
「――おまえは、もともと特別製だろ」
優都がその声に込めた感情は、彼がいままで、千尋の前ですらはっきり形にしたことがないほど敵意に満ちたものだった。それは、自分や自分の仲間にラベルを貼られることを嫌うはずの彼の、最大限の拒絶だった。自分と同じところには立たないでくれと言外に拓斗に言い放った優都は、ほんとうのところだれよりも、自分の限界というものには自覚的だった。
一瞬黙り込んだ拓斗が聞こえるように舌打ちをしたとき、まずい、と思ったのは千尋だけではなかったようだったけれど、その瞬間に動けたものはひとりもいなかった。気付いたときには拓斗は立ち上がるなり数歩で優都と距離を詰め、その胸倉を掴み上げていて、バランスを崩した優都はそのまま後ろ向きに床に倒れこんだ。優都を床に押さえつけるような体勢になり、右手を振り上げようとした拓斗を雅哉が慌てて背後から押さえつけるまで、だれひとり非難の声すら上げられなかった。
「優都先輩!」
不気味な沈黙を破ったのは、すこし上擦った潮の声で、大丈夫ですかと駆け寄る潮に、優都は「平気だよ」と答えて身体を起こした。
「森田、おまえいま変な方向に手付いただろ」
雅哉の声は幾分冷静だった。優都は一度押し黙り、小さく頷いた。拓斗の肩を押さえたままの雅哉の代わりに千尋が優都に近寄り、「見せてみろ」と促すと、優都は大人しく左手を差しだした。すぐに見てとれるほど腫れているわけではなかったが、軽く押さえると痛みを訴えるように顔をしかめる。
「潮、アイシングと湿布頼むわ。部室にあるから探してきて」
「はい」
ばたばたと駆け出していった潮を見送って、雅哉の隣に座り込む拓斗に視線をやると、彼はなにも言わず俯いていた。雅哉が千尋に目配せをして溜息をつく。任せる、の意を込めて肩を竦めて見せると、雅哉はもう一度深く息を吐いて、二人に同時に向き直った。
「おまえら、二人とも今日はどうかしてるよ」
雅哉の言葉に、優都は「ごめん」と呟いたが、拓斗は顔を伏せたままなにも言わなかった。雅哉はそれ以上どちらのことも咎めはせず、部室から戻ってきた潮が優都の応急処置を手伝うのを待ってから、優都には顧問に怪我を報告して医者に行くことを言いつけ、拓斗には「頭を冷やせ」と言って部室に追い返した。
その後、雅哉は部活を途中で切り上げて、拓斗以外の一年生には帰るように促した。雅哉は優都が帰ってくるまでのあいだ、しばらくは気を紛らわせるように何本か弓を引いていたけれど、途中で「気が散って無理だ」とそれを諦め、千尋と自分以外ひとのいなくなった道場の床に座り込んで大きく息を吐いた。
「森田も風間も、なに考えてんだかさっぱりだよ」と雅哉は低い声で零した。
「おまえ、意外と風間贔屓だな。びっくりしたわ」
優都派だと思ってた、と千尋が言うと、雅哉は特に繕いもせず「どっちかといえばそうだけど」と答えた。先にきつい言葉を投げたのも、手を挙げようとしたのも拓斗だという状況で、雅哉が最初にとった対応が喧嘩両成敗のような発言だったうえに、いまも彼が優都と拓斗の責任を同程度に捉えているようであることが千尋にはすこし意外だった。
「そりゃ、俺は主将としても選手としても森田のことが好きだけど、外部から入って来た身でもあるから、風間の立場もわかんねえじゃねえし。森田のあいつへの態度はきついなって思うときもあるよ」
そう言ったあと、雅哉は優都が戻ってくるまでにはそれ以上この件については口に出さなかった。三人立のメンバーとして、常に優都と拓斗のあいだにはさまれている雅哉だからこそ、二人の関係には感じるものがあるのだろう。優都は、かなりわかりやすく身内とそれ以外とのあいだに線を引く癖がある。この部の中で、拓斗だけがその線の内側にいない。そのことを、だれも指摘したことがなかった。拓斗はそれに疎外感を覚えるような性格には見えないし、事実そうではないはずだ。だから、それでいいだろうとだれもがそこから目を逸らしていた。
優都の怪我は幸い軽い捻挫程度で、夕方ごろに医者から帰って来た優都は「一週間もすれば大丈夫だって」と、テーピングで固定された左手首を雅哉に見せながら報告した。
「新人戦にはぎりぎりだけど……ごめん、また迷惑をかけて」
「なあ、森田」
ちょっとそこに座ってくれ、と道場の床を指差した雅哉の指示に従い、優都は背筋を伸ばして座り、真っ直ぐ雅哉に視線を合わせた。雅哉はそのまま優都を置いて部室に向かい、部室から拓斗を連れ出して来て優都の横に座らせた。拓斗が、優都の左手首に一瞬だけ目をやったのがわかった。雅哉は二人の前に足を折って座り、自身も姿勢を正してから口を開いた。
「俺はさ、頭悪いし察しも良くないから、おまえらが相性悪いのはわかっても、なんでここまでのことになったのかは考えてもよくわかんねえんだけど、」
そう前置きした雅哉の言葉を優都も拓斗も黙って聞いていた。
「――少なくとも、いまのおまえら二人とは俺は団体に出たくない」
言い切った雅哉は、そこでひとつ息を吐き、再び顔を上げる。
「森田は、風間のことまともに仲間だとすら思ってねえだろ。仲良くしろとは言わねえけど、同じ部で同じチームの相手を、そうも思わねえで、とりあえず上手い順にチーム組んで、勝てさえすればそれでいいって考え方は俺はなにより嫌いだよ」
雅哉に痛烈に指摘された事実に、優都は返す言葉がなかったのか、あるいは言葉にするのに時間がかかったのか、雅哉から目を逸らすことはしなかったものの、謝罪も反論もなかった。雅哉は優都の返事を待つでもなく今度は拓斗に向き直り、「おまえもおまえだよ」と語気を強めた。
「おまえがいま弓を引けている場所が、だれの努力でできてきたのか真剣に考えてから森田に物を言えよ。……なにはともあれ、手を上げようとした時点でそのことに関しては百パーセントおまえが悪いのはわかってんだろ。それは絶対許さねえよ」
すみません、と短く言って拓斗は頭を下げたが、雅哉に「俺に謝ってどうする」と一蹴された。けれど、拓斗が優都に向き直る前に、雅哉はまた溜息をつく。
「森田の怪我が治るまでは、森田や他の奴がなんて言っても、俺は風間は道場に入れないし、森田に主将の仕事もさせない。俺が仕切る。いま適当に謝ったってなんにもならねえのは自分らでわかるだろ。一週間だっけ? おまえら二人とも頭を冷やせ」
いいな? と言った雅哉に、拓斗は短く返事をして今度は深く頭を下げ、しばらくそのまま動かなかった。優都も、「わかった、ごめん」とだけ言って同じように床に手をついた。
「矢崎、なんか言いたいことあるか」
「ないよ。俺は古賀に全面的に賛成」
ふいに雅哉に話を振られ、千尋がそう返すと、雅哉は大きく息をついて「そういうことで」と言って立ち上がった。
その後、拓斗を帰らせたあとに、雅哉は優都に対して、「先生に怪我のことなんて言ったの」と問うた。
「転んで捻ったって言った。……嘘ついてないよ。僕も、悪かったと思うし」
「まあ、おまえがそれでいいなら今回はいいけど」
部の顧問は優都のことを全面的に信頼していて、今回の怪我についていまのところなにかを問いただしてくる様子もない。指導経験のない部に割り当てられた顧問の先生が部にほとんど関わってこないのは翠ヶ崎では珍しいことではないし、休部から復帰するときに数合わせのように当てられた人選ならなおさらだ。
「森田、おまえもちょっと気抜けよ。部活も、怪我治るまでは別に来なくてもいいしさ。ずっとおまえに任せっきりだったのも悪いと思ってるし、この際だと思ってちゃんと休んで」
優都は雅哉のその言葉に「ありがとう」と微笑んで、自分の左手首を右手で軽く握った。彼が、休めと言われて素直にそうできる人間だったら、こうはなっていないということには雅哉もおそらく勘づいていて、すこし苦しげな表情をしていた。それに対して優都のほうは、動揺や苛立ちをようやく自らのうちに押し込めることに成功したようで、渦中にいるのは自分の方にも関わらず落ち着いた表情を保っていた。
「……大丈夫か?」
「うん、僕は。……迷惑かけてごめん」
千尋の問いに、優都は相変わらずそう答え、いまも頭の中に渦巻いているであろう言葉にならない思惟を全部飲み込んで首を傾げて笑ってみせた。
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