第2話遅刻

「セイ、早く起きろ。遅刻するぞ。」

ナコの声がする。朝日とベッドの中の暖かさに負けて、僕はまた寝そうになる。昨日、遅くまで火の起源の本を読んでいたのだ、仕方が無いだろう…。

「…は!」

微睡みながらも身の危険を感じ、目を開けると、そこには鈍器を持ったナコが僕の上に座っていた。いや、正確には鈍器ではない、目覚まし時計だ。

「ナコ…目覚まし時計を持って何をしているんだ…?」

聞いても無駄だろうけどとりあえず僕はナコに質問してみた。

「目覚まし時計とは人間の目を覚まさせるための道具だろう?だからその使用用途通りに使おうとしたまでだが…?」

「いやそれ音で起こすやつだから!殴る用じゃないから!」

下手すりゃ血が出るぞ…

ナコは渋々目覚まし時計を定位置に置き、僕の上から降りた。

「早く飯を作れ、あと今更だが時計をちゃんと見た方がいいぞ。」

時計…?

僕はナコの言われるままに、時計を見た。

9時15分

完全に遅刻だった。

学校では今頃1限の授業の真っ最中だろうか。焦っても遅刻には変わりないので、僕は手早くナコの分の朝食と弁当を作って、家を出た。今日の僕の昼食は購買のパンで決まりだ。寝坊したのだから作る暇はない、自業自得だ。

学校に着くと、もう3限の授業が始まっていた。大人しく職員室に行き、たまたま授業が無く空いていた担任の先生の説教を受ける。これも遅刻したのだから仕方が無い。

3限が終わり、僕も担任から解放され、休み時間の間に教室に戻る。すると早速、深沢司が絡んできた。司は僕の数少ない友人で、いつも新たな知識を僕にくれる、そんなやつだ。

「おまえなぁ、遅刻するにしても4限から授業を受けるってやりすぎだろ。さすがに先生も怒るって。で?なんで遅刻したの?」

楽しそうに笑いながら、今日の僕の遅刻の原因を聞いてくる。聞かれてもたいして面白い話ではない。ただ寝坊しただけの話だ。

「はははっ!遅刻したからって急いでもしょうがないから居候してる娘の飯を作ってのんびり学校に来たって…。」

司が爆笑している。そんなに面白いことだろうか。僕はたまに司が何を考えているのかわからなくなる。

「遅刻といえばさ。」

笑いすぎて目に少し涙をためながら、司は話を広げてきた。

「走れメロスって知ってるか?」

「太宰治の?」

「ああ。」

太宰治の走れメロスなら中学生の時学校の授業で習った。確か、王様に人質に取られた友人のために苦しい道を走って自分の命を差し出しにいったとかそんなところの話だった気がする。

「あの話の中に、精一杯走って自分の身代わりになっていた友人のために街へ帰るシーンがあるだろう?実はな、メロスの村から街までの距離は走れば簡単に時間以内にたどり着ける程の短さだったらしい。」

ん?それはおかしい、それではメロスは走ってはいないではないか。確か話の中では時間ぎりぎりに着いたはず。

「おかしいと思うだろ?メロスはセリヌンティウスに頼んで人質になってもらって、妹の結婚式に行くんだが、実は帰りに走っていなかったんだよ。」

走っていないってことは…。

「そう、走れメロスは、走っていないメロスへの太宰の言葉だったってことだな。」

司は心底楽しそうな笑みを浮かべてそう言った。

「なるほど、面白い話だな。で、それが遅刻とどういう関係があるんだ?」

確かに走れメロスの話は面白かったが、司が何を言いたいのかがいまいちわからない。

「つまりな、遅刻ってのは、結局したかしないかでは当人のやる気はわからないって話だ。メロスは遅刻せずぎりぎりに着いたが、走っていなかったってことだからやる気はなかった。遅刻をしても、それでも遅刻を最小限のものに抑えようと努力して来る人もいるかもしてない。」

なるほど、納得した。ん?ということはつまり…?

「そう!おまえはメロスだなって言いたかっただけ!」

その日僕は、2度と遅刻をしないと誓ったのだった。

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日常はただ、そうなっている 雪霧 @yukikiri3880

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