バーチャル声優は目新しくないのだから

ちびまるフォイ

もう自分の世界へお帰り

スタジオに入ると、見たことない人がいた。


「こんにちは。あなたは?」


「私はバーチャル声優・音野ナルです。

 アニメ1話の収録から中村さんにお会いできるのは光栄です」


「いえいえ、そんな」


そういえば、このアニメは新しい声優の試みをするとか聞いていた。

それでバーチャル声優を試すというわけか。


「それでは収録はじめまーーす」

「はい」

「ハイ」


ナルは台本を持っていなかった。


「台本、いいんですか?」


「はい、バーチャル声優なので台本をめくる必要ないです。

 なのでペーパーノイズの心配もありません」


「あ、そっか」


聞いて当然だとわかった。相手は人間じゃないんだから。

収録を終えると、監督も上機嫌だった。


「いやぁ、2人とも完璧だったよ」


「プロですから」

「バーチャルですから」


「次もこんな感じで頼むよ」

「「 お疲れさまでした 」」


アニメ1話が放送されるとすぐにSNSで評判を確認した。

そこそこの人気声優としての自負はあるけれど、まだまだ怖い。

声優なんて芸能人より売れるのが難しく消えるのが早い。


「えっ……」


SNSではもちろん私の高い評判で満ちていたが、

その中にバーチャル声優の意見もちらほらと見受けられた。


「ま、まぁ……最初だし、ね……」


安易に考えられたのは初回だけで、回を増すごとにバーチャル声優は人気を上げていった。

いつしか、音野ナルはこのアニメだけでなくほかのアニメにも呼ばれるようになった。


「あ、中村さん。また同じ収録に会えましたね」

「ええ、別アニメだけどね」


バーチャルだけあって、最近の人気と多忙を感じさせないいつもの笑顔。

それを見てちょっと意地悪したくなった。


「最近、いろんなアニメの収録に呼ばれてるみたいね」


「はい。あの初回放送からたくさん声をかけていただいてます。

 いろんなアニメのたくさんの役をストックできるので嬉しいです」


「うらやましいわ。バーチャルだと疲れもないしね」

「そうですね」


「あなたには私の悩みもわからないでしょうね」

「はい、そうですね」

「…………」


イヤミを言っているのだけれど、まるで意に介していない。

というかバーチャルだから意図を読み切れていないのだと思う。

なんか、自分がみじめになる。


「それでは収録はじめます」

「「 はい! 」」



それからしばらくすると、ますますバーチャル声優は露出を増やした。


CDデビューにライブ活動、VR握手会からファンイベントまでひっきりなし。

順調なバーチャル新人に押されるように私の仕事は減っていった。


「ねぇ、マネージャー。どうして私の仕事減ってるの?」


「自分でもわかっていることを聞かないでください」


「だよねぇ……」


同じ現場になっても、音野ナルはけして疲れの表情を見せない。

早朝に収録があろうが、前の収録が深夜まで及ぼうが、ダブルブッキングしようが

季節の変わり目だろうが、乾燥していようが、雨でも風でも雪でも。


いつも同じクォリティで、正確に仕事をこなす。

こんなに扱いやすい人材はない。


「あ、また同じ収録ですね、中村さん」

「え、ええ……そうね」


最近はバーチャル声優との対比なのか、売れっ子と落ち目の抱き合わせか

音野ナルとの出演する作品が多くなっている。嫌がらせか。


このままでは私の仕事とそのものがなくなってしまう。

なんとかしないと。


「それでは収録はじめまーーす」


ONAIRのランプが点灯した瞬間に、ふとアイデアがひらめいた。

私にできて、バーチャル声優にできないこと。それはアドリブ。


前に嫌味を言ったときにその意味をわからなかったことがあった。

この収録中に私がアドリブを入れれば、相対的にバーチャル声優のアラが出る。


――これしかない。


『ちょっとそれどういう意味!?』

『あなたが特別なんじゃないの! 私こそ特別なの!!』

『そんな……』


相手のセリフを言い終わると、台本にないセリフを状況に即して追加した。


『あなたは、どう思ってるの?』


音野ナルは私のアドリブに言葉を失っていた。


『なんとか言いなさいよ!』


アドリブではあるが、台本の内容とは大きく変えていない。

だからアニメとのズレもない。

周りから見ればバーチャル声優が壊れたようにしか見えない。


ONAIRのランプが消える。


「お疲れさまでした」


我ながらに完璧な演技だったと思う。

ここ数十年の声優の仕事の中で一番の手ごたえを感じた、

気持ちが入っていたからだと思う。


「いやぁ、いい収録だったよ」


「いえいえ。アドリブあってこそのプロですよ」


「音野ナルさん。いい仕事だったね」

「えっ」


監督は私の前を素通りしてしまった。


「いやいや、この子何もしゃべれてなかったですよ!?」


「中村さん。どうして台本にないことをしたのかね?」


「よりこのアニメキャラの心情を伝えるには台本のままじゃダメだったと思って。

 役になりきったときに出てきた自然な、私の気持ちなんです!」


「あのね、このアニメはバーチャル声優と人間との初めての試み。

 そのことはわかってるよね」


「知ってます。だからこそ伝わるはずなんです!」


監督ははぁとため息をついた。



「やっぱりゲスト声優として人間を招いたのは失敗だった。

 ニンゲンは我々と違って、勝手なことをして、さらには反発までしてくる。

 人間を初めて招いたアニメの放送……我々の世界で人気になると思ったんだがねぇ……」


ONAIRのランプが点灯することはもうなかった。

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