うみのそとへいきたいんだ

 そろそろ夕日が落ちる。ジャパリバスはガタガタと渡る音だけを鳴らせながら走っている。サーバルちゃんとはずっと話さないまんまだ。ボスも何もしゃべってくれない。

(サーバルちゃんに言われた通り、僕はダメだから…ダメ…だか、ら)

 さっきから自分にそう言い聞かせている。自分の夢が終わりになった悲しさと、親友に投げかけられた言葉の辛さを、なんとしてでも飲み込んでもう泣かないようにしないといけなかったから。

 そして、今日の朝までの旅の楽しさが恋しかった。僕が海の外へ行こうと思った時、その楽しさが続けられたらなって、サーバルちゃんについてきてもらえるよう告白しようかなって、そう思ってたんだ。サーバルちゃんがサバンナのことを恋しいと思うなら諦めよう、だなんて考えていた。

 帰ってきた答えは予想だにもしてなかった。僕は全然弱い動物だから、海の外は危ないから、ジャパリパークにずっといようって大きな声で言われたんだ。もちろん、僕がダメな動物だって、サバンナ地方の時から知っていることだった。

 僕は勘違いしていたのかもしれない。今までいっぱいのフレンズさんに会って、ちょっとした悩みを解決してきただけで、自分が強いんだって思い込んでいたかもしれない。みんなが暖かい笑顔で「ありがとう」って言ってくれたから、自信を持つようになっちゃった。

 でも僕は泳げもしない。空も飛べない。足も速くない。サーバルちゃんはそう思ってたんだ。君は正直で親切な子だったから、ずっと言わなかったんだね。自分が馬鹿に思えてくる。勝手に思い上がってた自分が恥ずかしくなってくる。

 ガタン

バスが曲がって大きく揺れた。今まで考えてたことがプッツンと切れた。何もしないでボーっとしてると、嫌なことばかり考えちゃう。目的地を失ったこのバスはいつまで走っているのだろう。長くなりそうだ。今日は大変だった。これ以上悲しく思い込むよりも、目を瞑った方がいいだろう。これからのことは、少し休んでから…考えよ…う。




ポンポンと僕の足が何かに当たっている。目を覚ますともうすっかり夜になっていた。足元をみるとラッキーさんが僕の足に体を当てていた。僕が気づいたのをみるとラッキーさんはバスの出口まで行って、またこっちに振り返ってきた。まるで、ボクについてきてと伝えるように。

そういえば、サーバルちゃんはどこに行ったんだろう。バスからはいなくなっていた。もう夜になったから近くの草むらで寝てるんだろうけど、少なくとも僕の見える範囲にはどこにもいなかった。

ラッキーさんが黙りながら僕に合図を送るなんて初めてだったから、とりあえずついていくことにした。ビーバーさんの寝床から立って、バスをギシギシと音をわずかに鳴らせながら、ボスの元へと歩いていった。暗闇の森からは虫の音やどこかに潜むカエルの鳴き声などが聞こえてきていた。

 少し近づいたら、ボスはバスの横に広がる森へと歩いて行った。ちょっと歩くとまた僕の方へと振り向く。もう一回近づいていく。ボスはまた森の奥へと歩いていく。ボスが振り向いて、僕が近づいて、また少しボスが奥へと歩いて、そして振り向いて…そう繰り返している内に、バスからどんどん離れていき、草木も深くなっていくから歩きづらくなっていた。

(こんなに行っちゃって大丈夫かな)

 後ろにあったバスはもうあんなに小さくなっている。バスから離れることはサーバルちゃんから離れることを意味する。そうなると急に寂しくなってくる。今はちょっと話せないけど、ずっと一緒に二人でいたから、あの笑顔がもう見れないとなると…。

『カバン』

 ずっと黙り込んでいたラッキーさんが急に喋ってきた。

『君は海の外へ行って、「ヒト」を探しに行きたいんだね』

「えっ…」

 諦めていた夢のことについて急に言われて、少したじろぐ。ラッキーさんは船の上であったことをちゃんと覚えていた。

「で、でも僕は泳げないし、飛ぶこともできないし、ダメな動物だから…海の向こうへは行けません…」

『大丈夫。君をサポートすることが、「パークガイド」のボクの務めだから』

 長いこと歩いた。森の向こうが見えてくる。

『ボクニマカセテ!』

 木々を抜けたら、そこには海が広がっていた。





バスに乗っている時はずっとガタガタ走っていたものだったから、もう海からかなり離れた所にいるように思っていた。でも、ボスは港から少し離れた森の中を、バスでずっとグルグル大きく回って、結局は船のある場所からそう遠くない場所に、バスを停めていたようだった。

少し横に港のゲートが見える。僕はまた船に戻ってきたんだ。

『ジャパリまんと水は、寝てる内に君の鞄にいれておいてたよ。ボクと一緒なら船を動かすことができる。さあ、行こう』

 ボスはピョコピョコと船へと向かっていく。心の中に不安はうずめいたままだったが、僕はついていった。

「…ラッキーさん。それでも僕は…」

『カバン』

 ボクの話を聞いて、と伝えたいかのようにボスは僕に喋りかけた。

『君は今まで多くのフレンズを助けると共に、協力し合ってボク達の前にあった問題を解決してきた。それはきっと海の外でも同じだよ。君のアイデアや頭の良さをもってすれば、またそこにいるフレンズ達と力を合わせて、旅を続けることができる。』

 ラッキーさんは話を続けた。今まで話してなかったことも全部出し切れるように。

『サーバルのことは残念だった。ボクも三人の旅は楽しかったよ。話し合いをすれば解決ができたかもしれないけど、今の彼女は何をするかボクにも分からない。別れの挨拶もせずに行ってしまうのは寂しいけれど』

「私も寂しいよ」

 急に後ろから声がしてきた。ずっと一緒にいた馴染みのある声だったが、今では少し恐怖が入り混じっているような気がした。僕とラッキーさんは後ろをおそるおそる見ると、金色の髪、可愛らしくピンとたった耳、ふわふわした尻尾をもつサーバルちゃんがいた。



「二人とも忘れていたのかな。わたしは夜行性だから、今の方が元気なんだ。」

 おかしい。サーバルちゃんがいるはずがないんだ。バスにいた時、ラッキーさんは一言も喋らなかったし、僕も静かにバスを降りていたから、虫の鳴き声や周りの動物の声などの方がうるさかったはずだった。

(いくらサーバルちゃんの耳がよくっても…)

 そう考えているとサーバルちゃんの服が随分と土で汚れていることに気がづいた。分かった。ずっと彼女はバスの下にいたんだ。図書館で猫についての本を読んだとき、車の中や下に潜むことがあるって書いてあったから。僕が降りる時の音をしっかりと聞いて、ひっそりと二人を追いかけていたんだ。

 一度それがわかると、サーバルちゃんがますます怖くなってきた。彼女は僕を自分の元からなんとしてでも離れさせないように頭を使い始めている。今までのサーバルちゃんからは考えられない、けものとしての、執着心がそこには感じられるような気さえした。

『アワ…アワワワワワワ…』

 ラッキーさんは想像もしていなかった状況に慌てふためいている。

「…かばんちゃん。」

 サーバルちゃんが口を開いた。今までの親友の声の一つさえ、とても怖く感じられる。

「あさのことはごめんね…。私も先走っちゃったんだ。どうかしてたよ。私にはかばんちゃんの得意なこと、ちゃんとわかっていたのに…本当にごめんね。私のこと嫌いになったよね?」

 朝とは全く違うことを言ってくる。じゃあ今日言ってたことは嘘だったの?バスに揺られながら、ずっとそのことについて考えていたのに。不可解な気持ちが胸がドクンドクンと鳴り響かせた。これから先何を言われるかが本当にわからず、気が気でなかった。

「それでも、かばんちゃんには分かってほしいな…。今まで私たちずっと一緒にいたじゃない?楽しかったでしょ?楽しかったよね!だからこのジャパリパークにいようよ!まだお話することも…一緒に行きたいところも…いっぱいあるんだよ!」

 サーバルちゃんの語気が強くなってくる。うすうす感づいてはいたが、僕が海の外へ行きたいことを理解はしてくれなかったみたいだ。優しい口調だったから、僕のことを少しは分かってくれたんじゃないかって思ったが、相変わらず僕をジャパリパークに留めさせる意志は何も変わってないようだった。

 僕は…僕は弱いけど、色んなフレンズさんを僕のできる方法で助けてきた。ラッキーさんの言う通り、協力もし合ってきた。このことは強いということではないだろうけど、得意なことなんだとは思う。ビーバーさんやライオンさん、ハシビロコウさんがそう言ってくれたのを思い出す。

 そうなるとサーバルちゃんが何をしたいんだか、分からなくなってくる。君はすっごーい、って褒めてくれてたじゃない。認めていてくれたんじゃなかったの?僕の得意なことを分かっていてくれてたんじゃなかったの?海の外に行きたいと言ったら…なんであんなことを言って…サーバルちゃんはいつも正直だったから、頭の中でずっとガンガンとその言葉が鳴り響いたよ…。今までのフレンズさん達の笑顔を僕は疑ってしまったよ…。ひどいよ、サーバルちゃん。そしたら今は朝とは逆のことを言ってくる…。もう分からない。分からない。何もわからない!!!!!

「いい加減にしてよっ!」

 こんなに大きな声を出したのは初めてかもしれない。さらに胸が高鳴って張り裂けそうだ。でも、怖気づいちゃダメだ。ここで伝えたいことを伝えておかないときっと後悔することになる。初めての大声を聞いてびっくりしてるサーバルちゃんを見つめて言う。

「僕は人の住んでた地方を探したいんだよ!サーバルちゃんにはあるけど、僕にはないんだよ…!僕たちの三人の旅はそれが目的だったんじゃないの…?海の外へ行きだすって言ったら急に態度を変えて…僕を言いくるめて…!もう放っておいてよ!」

 驚いていたサーバルちゃんはその言葉を聞いて、フーッと怒るように息を漏らし始めた。その時僕は思い出した。フレンズ化して可愛らしい姿にはなったけど、元はけものであったということを。サーバルちゃんはジャンプして、そして

ダンッ

「ヴグッ…」

…僕の上にまたがってきた。初めて会った時と同じ体勢だ。サーバルちゃんの生温かい吐息が、僕の顔に吹きかけられる。肩に手を置いて拘束してきているが、すごい力だ。身動きができない。

 でもね、サーバルちゃん。僕も君の得意なことを知っている。サーバルちゃんは木登りが上手くて高いジャンプもできるんだよね。長い旅の間ずっと一緒にいたから…そう、だから苦手なことも分かっているんだよ。まだ手だけ少し動く。かばんにしまってあったはずだ。これが僕の得意なこと…できることなんだよ。

 マッチに素早く手をかけ、火をボッとつけてみせる。するとサーバルちゃんは「ミャッ…」と小さく叫んで、僕からパッと手を放して後ずさりをする。理由は分からないけど、フレンズさん達は火を恐れる。隙ができた。

「ラッキーさん!船を出す準備をしてください!」

 サーバルちゃんを見続けたまま、ラッキーさんに指示をする。ボスならちゃんと動いてくれる。今は目の前のサーバルちゃんから目を離すわけにはいかない。マッチの炎を彼女に向けたまま、後ろに歩いていく。僕が船に乗り、そしてそのまま出航すれば、海の外へと行けるんだ。

 ドドドドドッ

 船のエンジン音だろうか。足元を少し見て、僕が船の甲板に乗れたのを確認した。マッチの炎もあと少しで消えそうだ。でもその前またもう一本すればいい。あと少しで僕の望みが叶うことになる。

 その時、サーバルちゃんの瞳が黄色く光っているような気がした。この感じは覚えている。ライオンさんとヘラジカさんがたたかいごっこをしたとき…負けられない戦いのときの

 トッ

 意外と軽い音だった。でもその音が聞こえた時、僕の視界からサーバルちゃんが消えてそして

 ドガアァン!

 僕の…僕の後ろから大きな破壊音が聞こえた。後ろをおそるおそる見ると、まずラッキーさんが目に映った。全くの無傷だった。その次に目に映ったのはサーバルちゃん。一瞬何が起こったか分からなかった。

 ドドドッ…ドドッ…ドッ…ド…

 そっか。君は船の操縦室を壊したんだね。そっか。サーバルちゃんはそこまで、そこまで僕の夢を、どうして、ひどいな、サーバルちゃん。ひどいよ。

 涙があふれ出てきそうになる。泣くのはこらえてみせたが、膝をついてしまった。マッチの火はもう消えた。目の光ったサーバルちゃんが近づいてきた。

嫌だよ。確かにふねは壊れちゃったけど、まだ諦めてなんかない。全てが全て君の思い通りにはならないから。だから…今はもうやめて。

サーバルちゃんが僕の腕をつかんできた。そしてもう片方で僕の腰に手をやった。どこかに持ち運ぶつもりなのだろうか。そう思って手を振り払う。腕や背中に力を入れたまま、僕は甲板に寝転んだ。

僕を、僕を船から出そうとしているんだろうけど、もうそうはいかないよ。いくら力の強いサーバルちゃんでも、強引に運び出すのはもう無理なはずだ。だから…頼むからもう諦めて。

少しの間、サーバルちゃんは僕をじっと見つめていた。すると僕の腕の付け根部分に手をかけてきた。引っ張り出そうとしてるんじゃなくて、僕を固定するように。サーバルちゃんの顔が近づいてくる。僕は目の前の瞳をみて、何をしようとしてるのか分かったんだ。

「食べないでくださっ…!」

 ガブリと僕の肩から首筋の部分を鋭い牙で貫いたんだ。血があふれていくのを感じる。力が抜けていく。頭が働かなくなってきた。もう成す術はない。結局僕はサーバルちゃんの思い通りになされるがままになった。

 ジージージージージージージージー

 耳にこびりつくような音が聞こえる。ラッキーさんからだ。目の周りが虹色に光っている。それが何なのか考えようとしたけれど、肩の傷は随分と深かったようで…頭が朦朧としてきて、これからどこかに運ばれるようだけど、今はもう目をつぶることにした。

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ずっとジャパリパークへ タン串 @koyau

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