私の好きなモノ my favorite things
空知音
第1話
え?
マイカップは、やりすぎですって?
でも、素敵なカフェオレボウルでしょ。
私、カフェオレを飲む時はこれって決めてるの。
ほら、マスターも、こっち見て笑ってるでしょ。
行きつけのお店だからこそ許されるワガママよね。
アナタは何にする?
コーヒーか。
カフェオレにすればいいのに。
私のは分けてあげないんだから。
ここのカフェオレ、ホント美味しいのよ。
飲めば二度と忘れられない味。
それにしても、久しぶりねえ。
十年ぶりかしら。
学園の方はどうなってるの?
……そうなの、あの先生、どこかに行っちゃったのか。
私、ひそかに憧れてたのに。
えっ?
あなたも?
良かったわね、友人が恋のライバルなんて陳腐な展開にならなくて。
最近どうしてるかって?
アナタも私の事情は知っているんでしょ。
そう。
あの屋敷に住んでるのは、今は私一人だけ。
旧華族ってだけの、馬鹿でかい屋敷。
和洋折衷って言うのかしら。
ずい分昔に建てられたらしいの。
あれでも、有名な建築家が関わっていて、当時は世間ずい分もてはやされたそうよ。
今となっては、ウチの自慢はその庭だけ。
様々な色のバラが咲きみだれるの。
この前も庭を見せてくれっていう人がいたけど、すぐに断ったわ。
だって、家って自分だけの世界でしょ。
そこによく知りもしない他人を入れるだなんてねえ。
え?
私が?
確かに、学園にいた頃は、他校の男子生徒から何度も告白されたわよ。
でも、適当に付きあわなくてよかったわ。
そう、彼と較べると他の男なんて……あ、ごめん、ノロケちゃった。
あなた、彼氏は?
そう、あなたは男より女にモテるタイプだもんね。
知らなかった?
学園では、女性のあなたを『白馬の王子』なんて呼ぶ人たちもいたのよ。
きっと、ファンクラブもできてたと思う。
特に一学年下に、ハーフの美少女がいたでしょ。
そう、その娘よ。
あの娘は、あなたに夢中だったわ。
え?
ああ、そういえばあの娘も、二年生の終わり頃いなくなったわね。
もう、昔の事だから忘れちゃった。
確か、父方の国に帰ったんじゃなかいかしら?
えっ、そうだったの?
てっきり帰国したものとばかり思ってたけど。
えっ?
彼の事?
もう、砂糖がわりに甘いノロケを聞こうっていうの?
あなた、昔からコーヒーは、ブラックだったでもんね。
ふふふ。
まあいいわ。
彼とは、もう長い付きあいになるわね。
大学に入ってすぐに付きあいはじめたのよ、私たち。
結婚?
まあ、そんなことを考えたこともあるわ。
でも、私は今の気楽な関係が気に入ってるの。
私は子供が好きなタイプじゃないし。
彼も子供が要らないってね。
え?
いえ、はっきりそう聞いたわけじゃないけど、話さなくてもなんとなく分かるの。
あら、そんなことが聞きたいの?
いつも、大体一緒にいるわね。
ここのカフェは彼が教えてくれたんだけど、よく一緒に来るのよ。
席は、いつもここ。
ほら、ここからなら港の景色が一望できるじゃない。
あそこに見える島の形が好きなの。
クジラみたいな形で、見てるだけでのんびりできるから。
ああ、ごめんごめん、彼の話だったわね。
私が庭でバラの手入れをしてると、彼はいつも窓の所にいるの。
いつも、じっとね。
長い間一緒にいるのに、飽きないのかしらって思うこともあるわ。
え、そうかしら。
最近は、外にも余り出ないから。
でも、相変わらず口が上手いわね。
私、そんなに綺麗になった?
愛する人と一緒にいるからかしら。
ほら、あなた、シロップをしこたま飲んだような顔をしてるわよ。
あっ!
お気に入りのカフェオレボウルが、少し欠けちゃってる。
あのマスター、許せないわ。
今に思い知らせてやる。
ちょっと、なに引いてるのよ。
だって、ほら、ここ見て。
ね、縁の塗りがちょっとはげちゃってるでしょ。
地の白が出てる。
えっ、買い代えるなんて、考えたこともないわ。
お気に入りってそんなものでしょ。
それに、このサイズのカフェオレボウルってどこにも売ってないのよ。
アナタも、そんなお気に入りが早く見つかることを祈るわ。
え、払ってくれるの?
まあ、私は働いていないから、お言葉に甘えます。
ああ、あの人は、昔からそそっかしいのよね。
カウンターの椅子に足をぶつけてる。
久しぶりに友人に会えて楽しかったわ、
貴方がまだ話せるときに、彼女を紹介したかったわね。
屋敷に帰ったら、貴方の頭蓋骨で作ったこのカフェオレボウル、綺麗に塗りなおさなきゃ。
私の好きなモノ my favorite things 空知音 @tenchan115
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