自分に素直に正直に
朝食を食べ終えた後、瑠璃は真璃の部屋にいた。
「ねぇ、お母さん。着替える必要なんてあるのかな……?」
「瑠璃にそのつもりがないのはわかっているけれど、礼儀としては着飾った方がいいでしょう?」
床に散らばっていたり、真璃に着させられていたりする着物を見て、わざわざ着飾る必要があるのか疑問を抱く瑠璃。
瑠璃にお見合いをする気などさらさらない。賢二がお見合いのことをどう思っているのかは知らないし、好かれていようと好かれていなかろうと、瑠璃は結婚相手に賢二を選ぶつまりなど一切ない。
それなのに、着飾れば自分はお見合いに乗り気ですといっているかのようで、勘違いされるかもしれない。
だからこそ、着飾る必要などないと思うのだが……真璃に礼儀として着飾る必要があると言われれば瑠璃も否定出来ない。
お見合いをするつもりがなくとも、礼儀まで軽んじようとは思わない。確かに、お見合いをするつもりなどないと言葉で言って伝わらないなら行動で示せばいいとも考えたが、やはりそれでも礼儀を軽んじたくはない。
だって、夜の前ではカッコいい自分でありたいから。
だとしても、どこか納得のいっていない瑠璃。真璃は微笑を浮かべながら瑠璃の耳元へ顔を近づけて。
「それに、夜月君に可愛い姿を見てもらういい機会じゃないですか」
「――っ、そ、それは……」
「違いますか?」
「……そう、だけど……」
着物なんて着る機会など滅多にないだろう。あるとすれば、夏祭りかお正月くらいだろう。
だから、
折角なら、夜がどんな反応をしてくれるのか、どんなことを言ってくれるのか知りたい。何なら高望みかもしれないけど可愛いとかきれいとか言ってもらいたい。
だけど、そんな浮ついた気持ちでいたら、今も何とかしようと頑張ってくれている夜に失礼なんじゃないか、そう思ってしまうのだ。
「瑠璃、一つだけ言わせてもらいますね? 可愛いと、綺麗と言ってもらいたい思ってほしい、それは女性なら当たり前のことです。ですから、自分の気持ちに素直に、正直になっても
母親として、否、一人の女性として瑠璃の想いを肯定する。
瑠璃の想いは女の子なら極普通のこと。それは、どんな場所でも、どんな状況でも抱いて当然のもの。
だから、今はお見合いのことなど考えず、失礼だとか申し訳ないとかそんな気持ちも放っておいて。自分の気持ちに正直になってほしい。
それが、何とかしてあげたいけれど何もしてあげることの出来ない、真璃なりの励ましだった。背中を押してあげられる方法だった。
自分の気持ちに正直に、そう言われて瑠璃は自分の胸にそっと手を当てる。
不安やら恐怖やらでぐちゃぐちゃになっている。だけど、確かな想いがただ一つ。
夜には、俯く自分じゃなくて、前を向いている自分を見てもらいたい。
だから。
「……お母さん、どれが一番可愛いかな?」
賢二にどう思われようが知ったこっちゃない。勝手に勘違いしていればいい。
瑠璃が着物に袖を通すのは、すでに心に決めている自分のために必死になってくれる大好きな男の子のため。
「ふふ、そうですね……」
まさしく恋する乙女な表情の瑠璃に微笑みながら、引っ張り出してきた着物の中で瑠璃に似合いそうなものを探す真璃。
好きな男の子のために可愛い着物を着たい
そんな、微笑ましい光景に、亀裂が走る。
「瑠璃、着替え終わったか?」
まだお見合いの時間までかなりあるはずなのに、呼び出しに来たのか隆宏から声がかけられる。
「まだですよ。時間はまだなはずですけど……何か要件でもあるのですか?」
何も言うことが出来なかった瑠璃に代わり、真璃が理由を聞く。
少しの間があった後、隆宏は徐に口を開いた。
「見合いが始まる前に、瑠璃に話があるんだ……」
「私に、話すこと……?」
~あとがき~
今日で毎日投稿を初めて一ヶ月が経過! 読んでくれている方々に心からの感謝を!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます