ちょっとした気がかり

 翌日――お見合い当日。


 広間にて隆宏や真璃と一緒に朝食に舌鼓を打っていた夜と瑠璃の顔色はどことなく悪くて、欠伸ばっかりで、誰がどこからどう見てもわかるほど寝不足だった。


 それもそのはず。何せ、二人は同じ部屋で一夜を共にしたのだから。


 当然、別々の部屋で眠ろうとしたのだが……。


『恋人同士なら同じ部屋でもいいでしょう?』


 と、真璃に言い包められてしまったのだ。きっと、二人の関係が偽物と怪しまれないようにという意味合いもあったのだろう。


 真璃の気遣いはありがたい。確かに、ここで夜と瑠璃の恋人関係が嘘だったとバレてしまえば、お見合いを断る確固とした理由が消える。


 何よりも、バレたが故に存在意義が消えた夜は追い出されるだろう。まず間違いなく、有無を言わさず帰されるだろう。


 そうなった場合、夜に拒否権は……ないだろう。恋人でなければ、夜はただの赤の他人。お見合いに口を挟む権利がなくなってしまう。まぁ、恋人としての今でもそんな権利があるとは思えないのだが。


 しかし、だからといって、同じ部屋に二人きり。緊張しないわけもなく、正気でいられるわけもなく、お互い一睡も出来ていないというわけだ。


 隆宏にはお見合い当日だというのに寝不足とはどういうことだと怒られたのだが、元はと言えば真璃が悪いので文句なら真璃に言ってほしいというのが瑠璃の言い分である。


 因みに、賢二や賢吾は別室にて朝食を頂いている。これもまた、瑠璃に対する真璃なりの配慮なのだろう。会話内容は聞こえなかったものの、侍女に何かしらお願いをしていたようだし。


 閑話休題。


「それで、夜月君。君は一体いつまで居座るつもりなんだ?」


 夜の目を見据える隆宏の目は剣呑に細められていて、まるでさっさと帰ろと言わんばかり。


「今日は瑠璃と賢二君の見合い当日だ。部外者である君にはさっさと帰ってほしいのだが」


 真璃のように、夜と瑠璃の恋人関係が偽物であるということを見抜いているわけではないだろう。


 つまり、瑠璃と夜が交際していると知ってなお、夜を部外者とそう断言したのだ。


 隆宏の中でも、すでに瑠璃と賢二の結婚は確定事項で。部外者でしかない夜はすぐにでも消えてもらいたい異物でしかないのだろう。


 夜自身、自分がいたところでどうしようもないということはわかっている。隆宏達にとって邪魔者で異物でしかないなんてこともわかっている。


 だが、それでも。夜は約束した。


 助けるのだと。一緒に帰るのだと。


 そして、一緒に戦うのだと。


「一人で帰るつもりなんてありません。俺が帰るときは、瑠璃先輩も一緒にです」

「瑠璃と一緒に帰るだと? そんなの無理に決まっているだろう。それとも、そんなこともわからないほど君は思考能力が劣っているのか?」


 夜の言葉に、隆宏は嘲笑を浮かべ侮蔑を返す。


 隆宏からしてみれば夜の言葉など妄言の類でしかないのだ。笑いたくなるのも、バカだと思うのも、無理はないのかもしれない。


 そんなれっきとした暴言に、異を唱えたのは。


「お父さん、謝って……夜クンに謝って!」


 暴言を吐かれた当人である夜……ではなく、夜の隣で聞いていた瑠璃だった。


「言っておくが瑠璃、私は何も間違ったことは言っていないはずだ。馬鹿な男を馬鹿と称して何が悪い」

「いいから謝ってよ!」


 夜に対して暴言を吐いたことに罪悪感を微塵も抱いていない隆宏の態度に、瑠璃は声を大にして叫ぶ。


 好きな人を馬鹿にしたことが、とにかく許せない。


「瑠璃先輩、落ち着いてください」

「で、でも……!」

「俺の代わりに怒ってくれてありがとうございます。だから、大丈夫です」


 当の本人に宥められ、瑠璃は渋々引き下がる。


「隆宏さん一つだけ言っておきます」


 今度は夜が隆宏の目を見据え、言葉を紡ぐ。


「どれだけ罵られようと、何度帰ろと言われても、俺は帰りませんから」


 幾ら暴言を吐かれようと。


 幾度帰れと言われようと。


 帰る気など毛頭ないという夜の確固たる決意に。


「……好きにしたらいい。君がいようといなかろうと、瑠璃が結婚することに変わりはないのだから……」


 隆宏はそう言い残し、広間を後にした。


 その場に残ったのは申し訳なさそうな真璃と未だに怒りを抑えきれていない瑠璃と夜。


 そして、「さっさと帰ってほしい」だったのに、「好きにしたらいい」とまるで心変わりでもしたかのような隆宏に対するちょっとした気がかりだけだった。

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