二人の選択

 賢二とのお見合い前の顔合わせが終わった後、真璃が恋人同士なんだから同じ部屋で過ごしたらいい、何なら一泊していってもいいということで夜と瑠璃は同じ客室に案内されていた。


 ここは瑠璃の実家、だったら瑠璃の自室があると思うのだが……自分の部屋は絶対に見られたくない、嫌だとのことらしい。


 瑠璃だって一人の女の子、きっとそれ相応の事情があるのだろう。だから、夜は特に何も言わなかった。まぁ、真璃がどうして? としつこいくらいに聞いていたが。


 どうして真璃が上機嫌なのか、それは瑠璃が夜を連れてきたからだ。


 瑠璃と夜が、本当の恋人でないということを真璃は知っている。だが、そうだとしても瑠璃が連れてきた男の子であることに変わりはない。


 娘が男の子を連れてきた、それが嬉しくて少し舞い上がっているのだ。真璃だって母親の前に一人の女性、恋バナや浮いた話は好物なのである。


 因みに、賢二と賢吾の二人も一泊させてもらうらしい。いきなり押しかけてきておいて泊めてもらうなど如何なものかと思ったものの、夜も似たようなものだから文句を言うことは出来ない。


 ただ、瑠璃に配慮してのことなのだろうか、遠くの客室に案内したと侍女が伝えてくれた。よほどのことがない限り、瑠璃と賢二が顔を合わせることはないだろう。


 閑話休題。


 顔合わせが終わって、少しは肩の荷が下りて気が楽になる……わけもなく、二人の顔色は青褪めてはいないが、どこか優れない。


 それもそのはず。何故なら。


「聞く耳を持ってくれなかったですね……」

「うん……」


 賢二も賢吾も、聞く耳を全く持ってはいなかった。話を聞く気すらなかった。


 確かに、お見合いの話をなかったことにしてほしいという夜の願いは、自分勝手で我儘で傲慢なものだった。少しばかり我を失っていたとはいえ、あの発言は流石にマズいだろうという自覚だってあるのだ。


 そんな夜の問題発言に対する賢吾の返答はと言えば。


『それは無理な話だ。私の息子と隆宏君の娘が婚約することは確定事項なのだ。つまり、君という存在は邪魔でしかない。さっさと退場を願おうか?』


 という、とても冷たいものだった。


 快く受け入れてくれる、とは思っていなかった。そんな楽観視が出来るほど、夜の頭はお花畑ではないのだから。


 だが、そうだとしても、あまりにも賢吾の対応は冷た過ぎる。


 それに、気になることが一つ。


 今回、二人が顔合わせをした理由はあくまでお見合いのためのはず。それなのに、賢吾は二人が結婚することは確定事項だと言った。


 とんとん拍子にことが進めば、最後に行き着くのは結婚なのは間違いないだろう。しかし、それでも二人の結婚が確実だとは思えない。


 何か裏があるのか、それとも単なる夜の考えすぎなのか……。


「……ねぇ、夜クン。どうしたらいいのかな……?」


 不安そうに、瑠璃がぽつりと呟く。


 しかし、どうしたらいいかと聞かれても、夜には何も答えることが出来ない。


 何を聞きたいのかが曖昧だから、というわけではない。


 夜にもどうしたらいいのかがわからないからだ。


 恋人がいるからと言っても無意味で、隆宏を説得することは出来なかった。


 相手に直談判すれば何とかなると思っても、ただの楽観視だった。


 これ以上、何をしても、何を言っても……。


「……ごめんなさい、俺にはどうすることも出来ないです……」


 夜には、どうすることも出来ない。


「……夜クンが謝ることじゃないよ。それに、いろいろしてくれたでしょ? もう十分だよ……」


 そう呟く瑠璃は虚空を見つめていて。心ここにあらずといった様子だった。


 もう十分と、瑠璃はそう言った。それが本心か否かは夜にはわからない。


 だけど、夜は知っている。一年という、短い付き合いだけど知っている。


 瑠璃はこんなところで諦める人間ではないということを。


 だから、夜は。


「瑠璃先輩、一緒にどこか遠くへ行きませんか?」


 敢えて、、、一緒に逃げようと提案する。


「え……?」

「このままここにいたら瑠璃先輩は無理矢理結婚させられます。まず、間違いなく」

「うん、そうだね……」


 賢吾は言っていた。二人の結婚は確定事項だと。つまり、そういうことなのだろう。


「だったら、一緒に逃げませんか? 数ヶ月姿を晦ませば諦めてくれるかもしれません」


 諦めてくれる確証なんてものはない。あるはずもない。


 だけど、少なくとも瑠璃にお見合いする気も結婚する気もないという意思表示にはなるだろう。


「夜クンも来てくれるの……?」

「言ったじゃないですか、一緒にって」


 夜と一緒の逃亡生活、そんな日々を思い浮かべて。


「それもいいかもね……」


 それが、瑠璃の正直な感想だった。


 夜と一緒に隆宏達から逃げるなんて、まるで駆け落ちみたいで。もしかしたら楽しい日々を送れるかもしれない。


 だけど。


「でも、夜クンに迷惑をかけちゃう……」


 その間、夜には多大な迷惑をかけることになるだろう。


 少しでも見つかる危険性を排除するために、二次元部のメンバーであるあかりや夏希、梨花とも連絡を取れないかもしれない。


 それに、学校にだって行けなくなる。数ヶ月も登校しなければ、二人揃って留年確定だろう。


 瑠璃だけならまだしも、夜にそんなことはさせたくない。


 自分の我儘で、夜の人生を奪いたくない。


 だから。


「……ねぇ、夜クン。一つだけ聞かせて。一緒に戦ってくれる?」


 夜と一緒に逃げるのではなく、夜と一緒に戦うことを選ぶ。


 瑠璃の言葉に、夜はそれでこそ瑠璃先輩です……と微笑みながら。


「背中は任せてください」


 と、そう言った。


 夜らしいといえば夜らしいその返答に。


「――うんっ」


 瑠璃は目尻に涙を浮かべつつ、笑いながら頷く。


 逃げるのは最後の手段。だから、最後の最後まで絶対に諦めない。


 夜と一緒なら、何とかなると思えるから。

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