非常識なご挨拶

「はじめまして。葛城かつらぎ賢二けんじです」


 そう言って、瑠璃のお見合い相手――葛城賢二は目の前に座る瑠璃に微笑みかけた。


 茶色がかった髪に、整った顔立ち。清潔感のある青年。


 隆宏から送られてきたプロフィールには、年齢だの身長だの学歴だのいろいろ書かれていたが、もちろん興味など欠片もなかったので見てはいないが、きっと瑠璃よりも年上で、身長は夜よりも高いだろう。


 容姿端麗で、高身長で、権力も持っていて、一見性格がよさそうに見える。だが、それだけのこと。


 例え、いくら格好がよくても、いくら権力があっても、瑠璃の心は靡かない。靡くわけがない。


 だって、瑠璃の心はすでに決まっているのだ。


「それで、隣にいるその男は誰なのかな?」

「挨拶が遅れてすみません。瑠璃先輩の彼氏の夜月夜と言います」


 隣にいてくれる、夜ただ一人と。




 賢二と対峙して、夜は内心冷や汗をかいていた。


 元より、夜は人と話すことが得意ではない。寧ろ、大の苦手だ。大嫌いと言っても過言ではない。


 何故なら、夜は人見知り、否、対人恐怖症を患っているから。


 夏希と同じで、散々いじめなどを受けてきた夜は、他人と関わることに恐怖と不安を抱くようになり、誰とも関わろうとしなくなった。


 今でこそ、生活に支障をきたさない程度には克服出来たつもりではあるのだが、それでも恐怖や不安が完全に消え去ってくれたわけではない。


 先程の隆宏と真璃との会話だって、内心では怖かったし怯えていた。


 それでも、逃げ出さないのは。不安や恐怖に押しつぶされていないのは。


 夜には、やらなければいけないことが、成し遂げなければいけないことがあるから。


「へぇ、彼氏、か」


 賢二の目が剣呑に細められる。


 本来、お見合いとは独身で結婚したいと思っている男女が行うもの。


 それなのに、瑠璃はまさかの彼氏同伴なのだ。不審に思っても仕方がない、というか正しい反応と言える。


 だって、この場で非常識なのは賢二ではなく、彼氏同伴でお見合いの席に立っている瑠璃の方なのだから。


「どういうことだね、隆宏君」

「すみません、葛城さん。正直に申し上げれば私も何が何だかわからない状況でして……」


 賢二の隣に座る男――葛城かつらぎ賢吾けんごが声を荒げる。きっと、父親なのだろう。


 隆宏は謝罪の意を示し、頭を下げている。


 だが、今ので大体ではあるものの、隆宏と賢吾の関係性がわかった。


 直属の上司にあたるのか、それとも営業先のお偉いさんなのかはわからないけど、それでも二人の間に上下関係があるのはまず間違いないだろう。


 隆宏を擁護しようとか別にそういうわけではないが、お見合いの話を受けざるを得なかった理由も、断るに断れない理由もわかるといえばわかるかもしれない。


 だが、そうだとしても娘の気持ちより優先するべきことではないとは思うのだが。


「ごめんなさい、隆宏さんが瑠璃に確認も取らずに勝手にお受けしてしまったみたいで……」

「いえいえ、その件に関しては私にも非があります。ですが、だからといってお見合いの場に彼氏を同伴させるのはどうなのでしょう?」

「嘘を吐く方が失礼ではありませんか?」

「ま、まぁ、確かにそうかもしれませんね……」


 隆宏と賢吾、どちらにも非があるとはいえ、この場で非常識なのは星城家の方だろう。


 それを逆手に有利に立とうとでもしたのだろうが、真璃のごもっともな言い分に二の句が継げなかった。


 確かに、後々彼氏がいたと判明するよりも、最初から自供した方が後続の憂いの心配もないだろうし。


 しかし、それでも納得出来ないことが一つ。


「ですが、それなら彼氏がいると言うだけでもいいはず。わざわざ同伴させる意味がないのでは?」

「いえ、意味はありますよ。夜月君が、あなた方に言いたいことがあるそうなので」

「私達に言いたいこと、ですか?」


 彼氏をお見合いに同伴させる意味がないのでは? という賢吾に、真璃は意味があると断言。


 言いたいこと? と小首を傾げる賢二と賢吾を横目に、夜は真璃に頭を下げた。


 いつ言おうかとタイミングを伺っているばかりで、正直どうすればいいのかと悩んでいたところでの真璃の助け舟だ。


 それが意図したものなのか、そうでないのかはわからないが、ありがたいことに変わりない。


 夜は咳ばらいを一つ、部屋の中にいる全員の視線を一身に浴びる。


 自ら注目を集めたにもかかわらず、途端に込み上げてくる不安と恐怖。それは、部活動紹介の時と同じ、否、それ以上で。手足が微かに震える。


 すると、突然優しいぬくもりに手が包まれた。


 視線を向ければ、手が握られていた。握ってくれていたのは言わずもがな、隣に座っている瑠璃だった。


「大丈夫だよ、夜クン」


 しっかりと、自分の目を見据えて、瑠璃は優しく微笑みかけてくれる。


 傍から見れば、たかが手を握られただけ、たかが言葉をかけられただけかもしれない。


 だけど、夜にとってはありがたい心遣いだった。


 周りに支えられてようやく戦うことの出来る主人公なんか惨めで醜くてカッコ悪すぎる。


 けれど、それでも構わない。それが、夜という人間なのだから。


 だから、夜は言葉を紡ぐ。


 今この場で、一番の我儘を口にする。


 即ち。


「自分勝手なお願いで恐縮なんですが……今回のお見合い、なかったことにしてくれませんか?」

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