泥を塗る覚悟
夜が本心を曝け出した数分後。来客対応を終えたのか隆宏が戻ってきた。
急いで来たのか若干息を荒げていて、焦ったような表情を見るとどことなく焦燥感に駆られているように思えた。
隆宏は背筋を伸ばし、深呼吸をして口を開く。
「――瑠璃、お見合いの前に実際に面向かって挨拶をしたいとのことだ。今、部屋に待機してもらっているから早く来い」
「なっ……!?」
あくまでも身勝手で、瑠璃のことなどお構いなしで、お見合いを強行しようとする隆宏に、夜は絶句する。
一筋縄ではいかないことなどわかりきっていたことではあった。彼氏がいる――実際はいないのだが――と言っても強行しようとしたことからも、そんなことはわかっているつもりだった。
だけど、少しくらいは耳を傾けてくれると、話を聞いてくれると思っていたのだ。だが、それは楽観視していただけで、実際は聞くつもりなど毛頭なかったらしい。
今日がお見合い本番でないことは、隆宏も言っている通り確かなのだろう。
だが、だからといってその前日に挨拶を交わすなど、自らお見合いを許可したようなもの。
つまるところ、断る暇もなくお見合いの席に立たされることになるのである。
「隆宏さん、それは……」
真璃もそのことに気付いたのだろう。隆宏に戸惑いの目を向けている。
それは、あまりにも横暴な夫の行動にただただ驚いているのか、はたまた娘の気持ちを慮ってか、きっと両方だろう。
真璃自身、未だに戸惑っているのである。隆宏が妻である自分に相談もなしに演壇の話を勝手に進め、直前まで何も言ってくれなかったことに。
それ故に思い浮かんだ突拍子もない推論は、ただの考えすぎかもしれないが念のために侍衛の桐谷をはじめ侍女などにも伝えてはいる。まぁ、だからといってどうしようも出来ないのはわかっているのだが。
何も言えず俯いてしまった瑠璃を連れて行こうと近寄る隆宏の前に、夜は立ち塞がるように割って入る。
「……どけてくれないか。待たせてしまっているのでな」
「嫌ですよ。俺がここに来たのは瑠璃先輩のお見合いの話をなかったことにするためなので」
隆宏の向けてくる鷹のような鋭い眼差しに臆することなく、夜は立ちはだかる。
いや、きっと臆してはいるのだろう。人から向けられる視線に敏感な夜からしてみれば、隆宏から向けられる敵意悪意は逃げ出したくなるくらい向けられたくない感情だ。
だけど、意地でもどけない。どけるわけにはいかない。
ここで瑠璃を行かせてしまえば、とんとん拍子に話は進んでいって断ることなんて不可能になってしまう。
現状でも不可能かもしれない。だけど、だからといってこのままお見合い相手と瑠璃を会わせるわけには、挨拶を交わさせるわけにはいかないのだ。
隆宏は呆れたように本日何度目かのため息を吐き。
「それならば無理な話だ。お見合いの話を持ちかけられて受けたのは私なのだ。だから、私から断るわけにはいかない」
「瑠璃先輩の気持ちも考えも何も聞かずに、勝手に受けたのは隆宏さんの落ち度ですよね」
「だったら何だと言うんだ。君がしようとしていることは、我が星城家の名前に傷を付ける行為に他ならない。それがわかっていて、君はこの場にいるのか?」
隆宏の反論に、夜は言葉が詰まる。
瑠璃に何の確認も取らずに、勝手にお見合いの話を受けた隆宏に落ち度があるのはまず間違いないだろう。
だが、一度受けてしまった以上、受けた側が断るというのは筋が通らない。それに、断ることによって星城家の名前に泥を塗ることになるのも頷ける。
その片棒を担ぐことに、否、元凶そのものになりかねない行為をしようとしていることに気付かされ、覚悟が、決意が揺らぐ。
そこまで考えが及んでいなかった。
瑠璃の結婚を、お見合いをなかったことにするその行為が、瑠璃のためにはなったとしても、星城家からしてみれば迷惑極まりないものだということを。
お見合いが破談になることで、星城家の名にどのような傷が付くか、当然だが夜にはわからない。
だけど、夜の迂闊な行動一つで、隆宏に、真璃に、何より瑠璃に迷惑をかけることになってしまう、その事実に今更ながら気付いた。
元より、今回のお見合いの話は瑠璃だけでなく星城家全体にかかわる重要なもの。瑠璃の後輩で、友達とは言え、結局は赤の他人に変わりない夜が口を挟む余地など……。
「迷いを捨てなさい、夜月君」
今にも後退りそうな夜に声をかけたのは、静観していた真璃だった。
「……真璃、さん……?」
「己の覚悟を、決意を信じなさい。己の気持ちを、想いを信じなさい。瑠璃を大切に思ってくれている、あなた自身を信じなさい。星城家の名前に傷が付くなど、この際どうでもいいのです。私にとって、大切なのは家名よりも娘の幸せなのですから」
「な、何を言っているんだ真璃! どうでもいいはずが……」
「少し黙っていてください、隆宏さん。私は今、瑠璃のことを想って行動してくれている夜月君と話をしているのです。瑠璃の気持ちを蔑ろにしているあなたと話をしているのではありません」
真璃の反論に、ぐうの音も出せない隆宏。
そんな隆宏を横目に、真璃は続ける。
「夜月君、あなたに問います。どうしたいのですか?」
「お、れは……」
どうしたいのか。何をしたいのか。
「どうしたいのですか?」
何を迷う必要があったのか。
そんな必要などなかったというのに。
「俺は……!」
答えなんて、言うまでもなく決まっている。
「瑠璃先輩の、辛そうな顔じゃなくて笑っている顔が見たいです」
「……夜クン……」
「ならば、思う存分やりなさい。何かあった時は、私が責任を取りますから」
そう言って、真璃は微笑みかけてくれた。
星城家の代表としては間違っているのかもしれない。
それでも、一人の母として、娘の幸せの方が大事なのだ。
「真璃……」
「隆宏さん」
未だに戸惑っている隆宏に夜は視線を向け。
「隆宏さんに何を言っても、お見合いを断る気はないのだということがわかりました」
「……だから、何だと言うんだ……」
今思えば、夜も隆宏と同じで、自分勝手なことをしているのかもしれない、否、間違いなくしている。
言ってしまえば赤の他人である夜が、他所様のお見合い話にケチをつけるなど、自分勝手な行為そのものだろう。
だけど、夜は隆宏とは違う。
夜の我儘は、瑠璃のためのものだから。
傍から見れば、夜のやろうとしていることは最低最悪なものだろう。
だけど、そうだとわかりきっていても。夜は止まらない。
「だから、俺が直接相手の方と話して、お見合いをなかったことにします」
~あとがき~
ども、詩和です。いつもお読みいただきありがとうございます。
さて、今回はいかがでしたでしょう。楽しんでいただけましたか?
本編ではさんざん隆宏は横暴だ自分勝手だと言ってきましたが、夜もかなり横暴で自分勝手です。むしろ、お見合いをぶち壊そうとしている夜の方が非常識と皆様の目に映るのかもしれません。
それでも、俺は夜と同じことをすると思います。そんな勇気と状況があればの話ですけどね……。
いろいろと、夜は間違っているでしょう。これからも、間違い続けるでしょう。
けど、そんな夜を一緒に応援していただければ幸いです。
さて、今回はこの辺で。
それでは次回お会いしましょう。ではまた。
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