あの日の誓い

「ないと、ないとぉ!」


 夏希は夜の姿を視界に捉えるなり、夜へと抱き着いた。


 ぎゅっと抱きしめてくる力はまるで離さないと言わんばかりに強くて。


 夏希がどれだけ辛くて悲しい思いをしていたのか、夜は身をもって感じていた。


 顔は涙と雨でずぶ濡れ、身体はすっかり冷えてしまっている。


 ぷるぷると震える程力強く抱きしめていると思っていたのだが……、それはただ力一杯抱き着いているからではなく、寒くて震えているのだとわかった。


 夜はジャージの上に着ていたパーカーを夏希に羽織らせた。


 雨に濡れているからびっしょりだし、寧ろ羽織らせたところで逆効果かもしれないが、一枚でも多く着ることで温かいと感じられたらいいなと思ったからだ。


 錯覚でもいい。思い込みでもいい。少しでも暖かいと思ってくれるならそれだけでいいのだ。


 夏希は顔を夜の胸に押し付けて。


「……僕、怖かった……、寂しかった……。このまま死んじゃうのかなって……、もうナイトに会えないのかなって……、そう……思、ったら……」


 震える声音でそう言った。


 薄暗い森の中に一人置き去りは寂しいし怖い。


 死ぬのは怖いし、大切な人に会えなくなるのは寂しいしもっと怖い。


 誰もがそうであるように、夏希とて例外ではないのだ。


 怖いものは怖いし、寂しいものは寂しい。感情に、上も下も優劣さえもないのだ。


 そもそも、比べること自体間違っているのである。


 何故なら、個人が抱く感情とは十人十色という四字熟語があるように、人それぞれ異なるのだから。


 だから、そんな簡単に「君の気持ちはわかるよ」だなんて言えるわけがないのだ。


 人が他人の気持ちを理解するなんて不可能だ。絶対と言い切っても構わないほど無理な話なのである。


 他人の気持ちを理解出来るだなんて、そんなのはただの傲慢だ。お門違いもいいところである。勘違いも甚だしい行為なのだ。


「……言っただろ? どこにいても探し出してみせるって……」

「おぼえてたの……?」

「あんな恥ずかしい台詞、嫌でも忘れられるわけないだろ……」


 そう、忘れられるわけがないのだ。


 夜がまだ中学三年生で、夏希が中学二年生だった頃。


 二人は一緒にショッピングセンターへと出かけた。


 そのショッピングセンター内にあるアニメートに行きたかったからというのもあるが、お互いの対人恐怖症を少しでも克服するためにわざわざ多くの人が集まるショッピングセンターに行くことにしたのだ。


 流石に人の多い場所で待ち合わせ出来るほどの勇気を二人とも持ち合わせていなく、夜が夏希を迎えに行き一緒に向かうことになった。一人よりも二人の方が幾分か気持ちが楽になるからだ。


 しかし、幾ら二人でもショッピングセンターには多くの人がいて。何でわざわざここに来ようとしたのかと後悔しそうになったけど。


「広いな……!」

「ナイトナイト、早く見て回ろうよ!」


 アニメートに入れば人の多さなど関係ないと言わんばかりに盛り上がっていた。


 それもそのはずで。アニメートだの関係なくアニメグッズがたくさん並ぶ店内でテンションの上がらないアニメ好きなどいないのだから。


 だが、それ故に注意力が散漫になり。


「……あれ? そういえば夏希は……?」


 気付いた時には夏希を見失っていた。


 途端に心細くなり、店内を探し回る夜。しかし、夏希の姿はなかった。


 どこかではぐれてしまったのか、とアニメートを出てショッピングセンター内を走り回る。


 人が多くて怖いなんて感情は、夏希を探すことに必死だったからかまったくなくて。今思えば、何かに必死だったら怖いことなんて何もないと知ったのはこのことがきっかけなのかもしれない。


 そうして探し回ること十分ほど。


「ないと……?」


 店内の端の端で縮こまっていた夏希を見つけた。


 アニメート内にいなかった理由を聞いたら、どうやら一時的に店内を出ていたらしく――恐らくトイレだろうが夏希が頑なに言わなかった――、アニメートに戻ってきたら夜の姿がなかったらしい。


 それで、夜を探していたのだが、多くの人が行きかう店内を歩き回れるはずもなく、目立たない場所にて夜が見つけ出してくれるのを待っていたのだという。


 その話を聞いて、夜は納得した。


 探している間、どうして夏希は一人でアニメートを出たのかずっと疑問だったのだが……漸く解決出来た。


 そもそもの話、よく考えればわかったのだろうが……瞬時にそんな考えが思い付くほど夜は頭の回転が速くないのだ。


 一方で、怖かった、寂しかったと涙目になる夏希。それもそうだろう、逆の立場だったら夜だって怖いし寂しい。


 だからこそ、夜は夏希を安心させるために。


「大丈夫だって。俺が何処にいても探し出してみせるから」

「ほんとに……?」

「当たり前だろ?」


 そう、約束したのだ。誓ったのだ。


 その頃の夜はまだ中二病真っただ中だったため、恥ずかしげもなく言ってのけたのだが……。今の夜ならまず言えないだろう。ぶっちゃけ、当時の自分をぶん殴りたいほど恥ずかしいのである。


 だからこそ、今の今まで忘れることなく、ずっとその言葉を覚えていられたのだろう。


「……ありがと、ないと……」


 助けてくれてありがとうと。


 見つけてくれてありがとうと。


 弱弱しくも、夜を心配させないようにと無理矢理笑顔を作りながら、夏希は感謝の言葉を告げる。


「あぁ、どういたしまして」


 本当は、“ありがとう”なんて言葉を言われる資格は夜にはない。


 けれど、夜は“どういたしまして”と夏希に返す。


 “ありがとう”には“どういたしまして”。


 それが、夜と夏希盟友なのだから。

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