対等な存在
夜が見つけ出してくれたことに、探し出してくれたことに安堵したのか、夏希は木の幹に背中を預けてうとうとしていた。
雪山で遭難したら眠たくなるだの、寝たら死ぬだのよく聞く話ではあるが、夏希が眠たそうにしているのもきっと体温が冷えているからなのだろう。
本当に寝たら死ぬのかは定かではない。しかし、そう言われている以上、何かしらの危険があることは確実と言えるだろう。
本当なら、寝かせてあげたい。勿論、死んでほしいからではなく、疲労の回復と嫌なことを考えずに済むからである。
そんなわけで、夜は夏希が眠らないよう声を掛け続け、肩を揺らし続けた。
すると突如、ポケットから夜の一番好きだと言っても過言ではないアニメの主題歌が聞こえはじめる。
ポケットの中を探れば、飛び出したるは夜のスマートフォン。
アラームを設定した記憶はないし、そもそも時間を知らせるアニソンは別の曲。今流れているアニソンは着信音である。
スマホの画面を見てみれば、やはり電話がかかって来ているようだった。相手は非通知となっているため、誰からの電話なのかはわからない。
夜は恐る恐る応答。スマホを耳へと近付けた。
「も、もしもし……?」
『夜君かい?』
「その声は理事長、ですか?」
電話をかけてきた人物は、理事長こと慎二だった。
確かに、それならば非通知でも納得がいく。互いに電話番号を登録しているわけではないが、理事長ならば生徒の電話番号くらい把握していても何らおかしくはないだろう。もしくは、あかりに電話番号を聞いたからか。
どちらにせよ、相手が慎二であることに変わりはなかった。
『あぁ、朝木君は見つかったかい?』
「はい。今、目の前にいます」
『そうか、それはよかった……本当に、よかった……』
電話越しに、慎二の安心しきった声が聞こえる。どうやら、夜の思っていた以上に慎二も心配していたらしい。
だが、それも当たり前だろう。何せ、慎二は柳ヶ丘高校の最高責任者だ。教師よりも、それぞれの担任よりも、生徒のことを一番大切に思うのはもはや必然と言えよう。
『スタッフには私の方から見つかったと報告しておくよ。夜君達のいる場所がわかればスタッフに向かってもらうことも出来ると思うのだが……』
「俺にはわからないですし、きっと無理だと思います」
ただでさえ元より森の中は薄暗いのに、今は雨雲で太陽が遮られているためなお暗くなってしまっている。
視界も悪く、それなりに広い森の中で遭難者を探すなんてそもそもの話難しいことなのだ。寧ろ、夜が夏希を見つけられたことすら奇跡と言える。
だから、スタッフの人が助けに来てくれるなんて希望は最初から持たない方がいいだろう。
夜のスマホのGPSを辿ればいいかもしれないが、森の中では正常に作動してくれるとは思えないし。
「だから、自分達でそっちに向かいます」
『危険だが……そうするしかないだろう。いつまでも雨に打たれる方が危険だ。何も出来ない私が言うのもお門違いとは思うが……十分気を付けてくれ、夜君』
「わかりました」
その言葉を最後に、電話はぷつりと途切れた。薄情と思われるかもしれないが、きっと一分一秒でも無駄にさせないようにという慎二の配慮だろう。
「な、いと……いまの、だれ?」
「理事長からの電話だった。旅人の宿のスタッフさん達が探してくれてるみたいだけど……俺達を見つけるには時間がかかるだろうし、このまま待ってても仕方ないから自分達で向かうって理事長には言ったんだけど……その足じゃ歩けないよな……」
夜はちらりと夏希の足へと視線を転じた。
夏希が動かずに座っていたのは下手に動くと更に迷子になってしまうからではなく、単純に歩けなかったからなのだと夜は夏希本人から聞いていた。
だから、夏希を無理矢理歩かせたくなくてその場にとどまっていたのだが……理事長と話した通り、このまま雨に打たれ続けていても危険なことに変わりはない。徐々に体温は下がる一方だろうし。
「ごめんね、ナイト……」
「謝るなよ。夏希が悪いわけじゃないんだから」
普段ならば気にするなと声をかけるのだが、夜はそうしなかった。
確かに、謝罪をすることは大切だ。意固地になって謝らなければ永遠に罪悪感は消えやしないし、前進も後退もしない。そんな大切なことが出来ない大人だって世の中にはいる。
しかし、あくまでも謝るのは自分が悪いことをした時だけである。何も悪いことをしていないのに、その事に関して謝る必要性なんて皆無だろう。
謝罪は大事なことだ。大切なことだ。
だが、だからといってむやみやたらに謝ればいいわけではないのだが。
まぁ、時々必要以上に謝罪を要求してくる迷惑な人がいたりもするのだが、それはさておき。
夏希が歩けないのならば、二人で旅人の宿を目指すのは無理だろう。
きっと、夏希ならば無理にでも歩こうとするだろうが、無茶をする必要はないしそもそもさせたくない。
しかし、だからといって、このままスタッフさんが見つけ出してくれるのを待っているわけにもいかない。
刻一刻と、タイムリミットが近付いて来ているのだから。
夜は背負っていたリュックを前に背負い、夏希の前にしゃがみこんだ。
「ナイト……?」
戸惑う夏希。しかし、それも当然と言えば当然なことと言えよう。
いきなりリュックを前に背負いなおしたと思えば、目の前で急にしゃがみ込んだのだ。困惑しても仕方がない。
夜は気恥ずかしさ故に顔を逸らしながら。
「歩けないんだし……俺が夏希を背負って歩くよ」
「で、でも……」
申し訳なさそうな表情で断ろうとする夏希。
怪我をしてしまったのは自分の所為ではないとしても、夜に迷惑をかけたくないが故に。
「こんな時に遠慮するなよ。相棒だし、盟友なんだから」
別に、状況が状況だから遠慮しないで欲しいと言っているわけではない。
盟友であり相棒である夏希に、どんな時でも遠慮して欲しくないだけなのである。
確かに、夜と夏希は先輩と後輩という関係でもある。上下関係だの年齢だのに異常に執着を見せる人もいるにはいるが、ぶっちゃけそんなものはどうでもいいと夜は思っている。
人を敬うことは大切だ。だからといって、上司だから、先輩だから、年上だからという理不尽な理由で人を見下していいわけがないだろう。
だからこそ、夜は夏希に遠慮されたくないのだ。寧ろ、迷惑をかけられたいのだ。
盟友という関係は、相棒という関係は、対等であるべきなのだから。
「お、重いって言わないでね……?」
顔を赤らめつつ、夜の背中に体重を預ける夏希。
夜は夏希が落ちないように身体を支えつつ、立ち上がった。
「うっ……!」
「だ、大丈夫? ナイト……」
「あ、あぁ、大丈夫だ……」
覚束ない足取りながらも、しっかりと立つことに成功した夜。
女の子一人背負っただけで腕が悲鳴を上げるのは男としてどうなのかと思われるかもしれないが、体育の成績が教師のお情けな時点で無理もない。
「……なぁ、夏希。旅人の宿ってどっちかわかるか?」
「……え、ナイトが知ってるんじゃないの?」
訪れる静寂。どうしてだろう、途轍もなく寒い風が吹いているように感じる。
「……ま、まぁ、歩いてれば着くだろ、うん」
なるようになる、と急に頼りなくなってしまった夜。
そんな夜を見て夏希は、何だかナイトらしいな……と微笑んだ。
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