降りしきる雨の中で
夜が森の中を探し始めるのとほぼ同時に、雨が降り始めた。
天気予報では雨が降るだなんて言っていなかったが、山の天気は変わりやすいという。きっと、どれだけベテランな天気予報士でも難しいだろう。
だから、天気予報が外れたことに対して苛立つのは間違いだろう。
だって、怒りを抱くのは雨にではなく、亜希達にでもない、誰あろう自分に対してなのだから。
「はぁ、はぁ……ごほっ」
夜の体育の成績はよくない。寧ろ、悪い。
小学校の運動会での百メートル走はいつも最下位かその一歩手前。
中学校から始まった嫌で嫌で仕方がない体力測定だってどれもこれも低い点数を叩きだす。
成績はいつも体育教師からのお情けで五段階評価の二。
故に、夜の体力は殆どないと言っても過言ではない。
そんな夜が、無我夢中で森の中山の中を走ったのだ。肩で息をするほど、思わず嘔吐いてしまうほど息が上がっても無理はない。
だが、そんなものはお構いなしに走り続ける。
休んでいる暇などない。足を止められるわけがない。立ち止まるわけにはいかない。
今も何処かで、
一人は怖い。寂しい。苦しい。
人は一人では生きられないと言うが、きっとそもそもの話一人で生きていくなんて無理だからではなく。怖くて寂しくて苦しい思いをしたくないと自然に誰かを頼りたくなってしまうからなのだろう。
夜は時間が解決してくれたおかげで軽度の、夏希は未だに重度の対人恐怖症である。
それでも、夜にとっては夏希が、夏希にとっては夜が必要なのだと感じるのは、大切な盟友で相棒だからというのもあるが、本質的には一人でいることが怖いからなのだろう。
普段から一人を恐れる人が、こんな薄暗い森の中で一人。胸中に生まれる恐怖は他人に計り知れるものではない。
お化けや幽霊が怖い、暗いところが怖い、そんな次元の話ではないのだ。
一体、いつ夏希が独りにされたのかはわからない。だが、少なくとも三十分以上は経過しているはずだ。
ただでさえ、夏希の体力は夜同様殆どない。きっと、夜より低いだろう。
森の中で遭難というだけで、肉体的にも精神的にも参ってしまう。
更に、雨まで降って来たとなれば低体温症になるかもしれない。
その上、時間が経てば経つほど衰弱していき、最悪の場合命にかかわる危険性だってあるかもしれない。
一刻の猶予がないからこそ、夜は絶対に立ち止まるわけにはいかないのだ。
息は絶え絶えで、雨のせいで見分けはつかないだろうが汗だくで、ふらふらと足取りは覚束なくても。
絶対に足だけは止めない。止めるわけにはいかない。
今も何処かで、夏希が助けを求めているかもしれないのだから。
「待っ、てろ……夏希。ぜった、いに見つける……から……!」
絶対に探し出してみせる。そう自分に言い聞かせて、夜は走り続けた。
一方で。夏希はただその場に蹲っていた。
折り畳み傘や合羽などの雨具があれば何とかなったのかもしれないが、予報では雨が降るなんて言っていなくて、準備などしていない。故に、雨を凌ぐ術が夏希にはない。
木の下にいるとはいえ、少なからず雨粒は当たってしまう。その所為で、次第に身体は濡れていき、冷たくなっていく。それが余計に、夏希の元々少ない体力を奪って行く。
落ちてから、否、落とされてから何度も助けを呼んでいたが、誰の耳に届くこともなく。どれだけ助けを呼んでももう無意味なのだとすでに諦めてしまっていた。
それに、今頃ウォークラリーは雨が降って来たため中止。つまり、森の中にはもう誰もいないはずである。
夏希がいなくなったことも、きっと亜希達が上手くはぐらかしているだろうからすぐに助けが来る、探してもらえる可能性は低いかもしれない。
助けが来る頃には、探してもらえる頃にはきっと自分は……と、そう考えるだけで身体が振るえる。
雨の所為で寒気がするというのもあるにはあるだろうが、もう夜に会えないかもしれないという恐怖に襲われて。
勿論、死ぬかもしれないこの状況だって怖い。怖いに決まっている。死ぬことが怖くない人間なんてこの世にいないだろう。自殺をしようと考えてしまう人だって怖いに決まってるし、実際にしてしまった人だって、きっと最後まで恐怖に苛まれたはずだ。
それでも尚、自殺してしまうのはこれ以上辛く苦しい思いをしたくないから。一時期自殺を考えたこともある夏希にはわかる、わかってしまうのだ。
けど、そんな日々を変えてくれたのが夜だった。
辛くて苦しくて、逃げ出したくなって向かった屋上にいた先客――夜に出会って、夏希の人生は変わった。
生きていても楽しいことなんて、嬉しいことなんてないと思っていたのに。夜と関わるようになってモノクロだった世界がカラフルに色付いたかのように、楽しくて嬉しいことばかりだった。
だからこそ、夏希にとっては夜が何よりも大切な存在なのだ。もしかしたら、家族以上に。
そんな夜にもう二度と会えない。話すことも出来ないし一緒にゲームをすることだって出来ない。それが、夏希からしてみれば死ぬことよりも怖いのだ。
会いたい。けど、きっと会えない。そんな矛盾した想いが夏希の脳を埋め尽くす。
「ナイトに……会い、たい……」
それは、夏希の心の底からの願い。想い。
次第に薄れゆく意識の中、近くでがさがさという音が聞こえた。
音のした方へ視線を転じれば、そこに立っていたのは……。
「な、いと……?」
「……はぁ、はぁ……待たせ、たな……ア、リス……」
傷だらけで汗や雨でびしょびしょで息も絶え絶えだけど。
夏希にとっての大切な存在――夜だった。
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