誰が為の行動
「理事長!」
「うぉっ! どうしたんだい夜君!」
突然、名前を呼ばれたことに驚いた慎二が目を丸くしながら夜へ視線を転じる。
しかし、それも無理はないだろう。
ただ名前を呼ばれただけではそこまで驚かなかっただろうが。
いきなり背後から、しかも大声で名前を呼ばれたのだ。寧ろ、驚くなという方が無理な話である。
「電話かかってきましたか!?」
「電話? いや、来ていないが……何かあったのかい?」
夜は自分の嫌な予感が的中したかもしれないということに焦りと苛立ちを覚えつつも、慎二に事情を説明する。
昨夜、夏希がクラスメイトの誰かに虐めを受けたということ。
ウォークラリーが始まる前、夏希の様子があまりにも異常だったこと。
同じグループのクラスメイト――亜希達に怖れを抱き、酷く怯えていたということ。
心配だったが故に、あかりに夏希に気を配るよう言っていたこと。
道中、あかり達が亜希達に合流したとき、夏希がリタイアしたと聞いたことを。
「なるほど。それで私のところにリタイアの報告に関する電話がかかってきたか否かを聞いてきたわけか」
夜の搔い摘んだ説明を即座に理解し、納得を示す慎二。流石と言ったところであろうか、伊達に理事長をやっていないのだ。
まぁ、話を理解するのに理事長とか関係ないとは思うが。
「先程言った通り、私に電話はかかって来ていない。履歴を見てみるかい?」
「いや、大丈夫です」
信じてもらえるようにスマホの画面を見せようとする慎二に、夜は首を振る。
確かに、着信履歴を見せてもらえれば電話がかかってきたかなど一目瞭然だろう。きっと、慎二は夜が半信半疑なのだろうと思い、見せようとしたのだろうが……。
夜はそれを断った。別に、見せてもらわなくとも慎二の言っていることが嘘ではないのだと信じているが故に。
慎二がそんな質の悪い冗談を言う人間ではないと夜は知っている。
例え、普段ふざけたような言動をしているとしても、ここぞという時に頼りになる大人。それが慎二なのである。
「でも、理事長に電話が来ていないってことは夏希がリタイアしたってのは……」
「嘘、ということになるだろうね。電話をかけるのを忘れたとか他の可能性もあるにはあるだろうけど……」
「その可能性は低いと思います」
「あぁ、その通り。旅人の宿のスタッフにそんな人はいないと私も思う」
慎二は以前から何度も訪れているから。夜は今回引率者として参加しているから。だから、わかる。
旅人の宿のスタッフに、報・連・相が出来ない人間はいないのだということを。
正直、これは傍から見た慎二と夜の直感であって、実際にはそういうスタッフさんもいるのかもしれない。
だが、よっぽどのことがない限り、スタッフの人が報告を忘れるなんて到底思えないのだ。
となれば、やはり亜希があかりに言った「夏希はリタイアした」という言葉は嘘ということになる。
しかし、だとすると、どうして夏希の姿がなかったのか。
夏希が単独行動したから? いいや、そうだとは思えない。
夏希が道に迷ったことは現実でもゲームでも見たことはないが、あくまでもそれは知っている道やマップだからこそ。
ゲームのように地図があるわけでもなく――亜希達が地図を持っているのだから夏希が地図を見ることは出来ないはず――知っている道でもない。
そもそもの話、熟知した場所で迷うはずがないのだし、地図を持っていないのに森の中を彷徨うなんて言い過ぎかもしれないが自殺行為にも等しい行動を夏希が取るとは思えない。成績は悪いとはいえ、そこまで夏希が馬鹿ではないことを夜は知っている。
だったら、何かしらの理由があったと考えるべきである。
一人になってしまった理由を。
否、
「……理事長、俺……夏希を探しに……」
「あぁ、行き給え」
「い、いいんですか?」
「勿論。そもそもの話、引き留めたところで夜君は探しに行くのを辞めないだろう? 飯盒炊爨の時も、レクリエーションの時も。君は朝木君のためを思って行動していた。そして、今回も。ならば、私に君を引き留める理由はおろか権利もない」
誰かの為を思って行動しようとしている人間を引き留める権利なんて、誰も持ってなどいない。
だからこそ、慎二は背中を押す。
生徒の向かおうとしている道を照らし、導き、歩かせるのが教師としての、大人としての責任なのだから。
「私はスタッフの方に事情を説明し、朝木君を探してもらうよう頼む。だから、夜君は気にせず朝木君を探し出すんだ。ただし、くれぐれもはぐれないように。次に顔を合わせるときは、朝木君を見つけてからだ」
「はい!」
夜は慎二に頭を下げ、森の中へと駆け出した。
すると、ゴール付近には。
「はぁ、やっと着いたわ~。ほんっと疲れた」
「う、うん……」
「そう、だね……」
亜希達の姿があった。
夜は沸きあがる怒りを抑え込み、今は夏希を探し出す方が先決だと気にせず走る。
亜希は森に向かって走る夜を見て。
「あんなに急いでど~したんだろうね?」
下卑た笑みを浮かべながらそう言った。まるで、急いで何処かへと向かう夜を嘲り笑うかのように。
その一方で、茜音と舞の表情は、次第に雲に覆われていく空のように暗かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます