突然の告白

 夏希を一年B組の教室に送り届けた後、夜は教室に戻り……たかったのだが、人波に流されるがままに体育館へと向かっていた。在校生は早めに体育館に行かなければいけないということをすっかり失念していた。


 そうして歩を進めているとぽんぽんと肩を叩かれた。振り向くとそこには。


「よっ、夜。どこ行ってたんだ?」


 どことなくチャラチャラした雰囲気の男――朝木あさぎ柊也しゅうや。夏希は黒髪なのに兄である柊也が茶髪なのは、高校デビューに乗じて染めたため。


 因みに、チャラチャラしているのは雰囲気だけで、彼女がいるわけではない。日夜彼女を追い求める、いわば非リアの中の非リアである。一応、、、夜の親友である。


「どこでもいいだろ? というか、夏希がナギ高に入学するなら言ってくれてもよかったんじゃないか?」

「なんだ、知らなかったのか? てっきり、夏希が話してるもんだと思ってたわ」


 惚けているとは思えない柊也に、夜はこくりと頷く。どうやら、当の本人は夏希から直接言われていると思っていたらしい。


「二人暮らしなんだって?」

「まぁな。娘の一人暮らしは心配だからってよ」

「柊也は難なく認められたのにな」

「……俺、心配されてねぇんだな……」


 俺の時と対応が違う……と落胆する柊也。


「二人暮らしか。お互い苦労するな……」


 似たような境遇に置かれている柊也に、ちょっとだけ親近感が湧く夜。


 そんなこんなで、入学式が始まった。


 新入生が入場し、それを拍手で迎える在校生。入学式に在校生が参加するのは珍しいのではないだろうか。


 吹奏楽部の演奏に在校生の拍手によって迎えられる一年生。緊張に強張っている生徒が多く見えるのは気のせいじゃないだろう。これから始まる高校生活に、期待や不安で一杯なのだろう。わかる、わかるぞ一年生……!


 新入生たちが椅子に座り、開式の言葉とともにピアノの音に合わせて礼をする。


 それぞれの担任の先生が新入生の名前を呼び、呼ばれた者は返事をする。正直、無駄な時間だとは思うが、入学式のお決まりのようなものである。


 そうして、理事長のおありがたいお話が始まった。


「新入生のみなさん、初めまして。私が理事長のやなぎ慎二しんじです」


 若干三十六歳にして理事長を務める慎二。まだまだ若いといってもいいはずなのに、醸し出される貫禄はまさしく理事長のそれである。柳ヶ丘高校のトップは伊達ではない。


「春風吹き抜け、新たな日々が始まろうとしている今日、こうして入学式を挙行出来ましたこと、喜び申し上げます。ご来賓の皆様、本日は来校頂き誠にありがとうございます。保護者の皆様、お子様のご入学、大変おめでとうございます。新入生の皆様におかれましては、これから始まる高校生活に期待や不安が胸中を埋め尽くしていることと思います」


 月に一度行われる集会での慎二理事長の話はいつも三十秒から一分で終わるというのに、未だに終わりそうになかった。まぁ、入学式で理事長からの話がたった一分足らずというのも示しがつかないのだろう。


「さて、本校の……というか、私が目指すべき学校。それは、生徒が皆、思い思いに行動し、学校生活を楽しむというもの。だから、新入生のみんなもやりたいことを思う存分やって欲しい。君達の光り輝く青春という人生の一ページを、思い思いに彩って欲しい。以上」


 まるでいいこと言ってやったぜ、と言わんばかりのドヤ顔を浮かべる慎二。確かに、いいことは言っているのだが、そのドヤ顔ですべてが台無しである。


「理事長、ありがとうございました。続いて、新入生代表挨拶。新入生代表、一年B組――夜月あかりさん。お願いします」


 司会の先生の言葉に続いて、はい、と透き通った声が体育館に木霊する。


 立ち上がり、壇上へと歩き出したのは夜の妹であるあかりだった。夜の聞き間違いでもなければ見間違いでもなかった。あかりが新入生代表……だと……!?


 一体、どういう経緯で、理由で新入生代表を選ぶのかは定かではない。しかし、少なくとも入試で一番の成績だったとか何かしら優秀な生徒が選ばれると思うのだ。


 しかし、あかりはそこまで優秀じゃなかったと記憶している。というか、寧ろバカである。テストも大体は赤点だったはずだ。副会長を務めてはいたが、バカであることに変わりはない。


 なのに、あかりが新入生代表。何か裏があるとしか思えない。


 そんな夜の嫌な予感など露知らず、あかりは壇上へと上がった。


「桜舞い散る今日この頃。わたし達新入生一同が柳ヶ丘高校に入学できたこと、誠に喜び申し上げます」


 あかりの凛とした佇まいと声に、体育館内は静寂に満ちた。みんな、あかりの言葉に耳を傾けているらしい。


 思ったよりも真面目な、否、真面目過ぎるあかりの挨拶に、夜は拍子抜けした。もしかしたら、学校側が原稿を用意していたのかもしれない。そうだ、そうに違いない。じゃなきゃ、あかりがこんな真面目な挨拶をするわけがないのだから。


 そんな夜の予感は的中したのか、その後も新入生代表としてはとても正しいのだがあかりとしては異様な挨拶は続いた。


 夜も何もなくてよかった……と安堵の息を漏らしたところで、ばっちりとあかりと目が合ってしまった。あかりがにこっと微笑む。


 その瞬間、夜の脳裏には嫌な予感が過った。それはもう、嫌な予感が……。


 あかりは原稿から夜へと視線を移し。


「……わたしがこの学校に来たのは最愛の人であるおにいちゃんと幸せな学校生活を送るためです」


 そんなことをのたまった。


 それだけならまだいいが――よくはないけど――、会場の明かりが一時暗転。したかと思うと、夜の頭上にだけピンポイントで光が。さながらスポットライトのように……というかスポットライトさんだった。


 体育館内の光源すべて消灯。その後に見るからに点灯した夜の頭上のスポットライト。おかしい、明らかにおかしすぎる。


 夜は体育館の光源を操作できる機械のある一室の方へ視線を向ける。そこには……慎二がいた。夜と目が合う。とてもいい笑顔でサムズアップ。


 どうやら、このスポットライトは理事長である慎二の仕業らしい。さっきまでのカッコいい発言全部台無しだよ!


 いきなり差したスポットライト。当然の如く、視線はそちらの方へ釘付けになる。そりゃそうだろう。注目を浴びるためのスポットライトなのだから。


 夜は冷や汗を流しつつ、視線を壇上にいるあかりへ移す。あかりがにこっと微笑んだ。


 どうしてだろう、冷や汗が止まらない。


「そこにいるカッコいい人がわたしのおにいちゃんです」


 あかりの言葉に、呆気に取られていた生徒たちが息を吹き返す。そして、思い思いの本音を漏らす。


 一体何が起きているんだ、とか。誰だあいつ、とか。カッコいいか? とか聞こえる。うん、戸惑うのもわかる。誰? となるのもわかる。カッコいいかと言われたら首を捻ることになるとは思うけど、なんかムカつく。


 そんな夜の内心を知ってか知らずか、あかりは尚も続ける。


「わたしは、おにいちゃんが大好きです! 愛してます! 結婚したいです! 例え、おにいちゃんがわたし以外の誰を好きでも、誰かがおにいちゃんを愛していても、絶対に! 誰にも! 渡しません! おにいちゃんはわたしのものです!」


 先程の慎二同様、ドヤ顔なあかり。何故か勝ち誇ったかのように胸を張っている。


「はは……、いやぁ、今年は楽しそうな一年になりそうだね……」


 腹を抱えながら笑いを堪える慎二。確かに、楽しそうではあるが、その十倍は苦労しそうな一年になりそうである。


 夜は空を愛ぎ見るべく天井を見上げる。未だに差し込むスポットライトがやけに眩しい。


「……俺の高校生活、終わったかもしれない……。というか、終わった……」


 ちらほらとシスコンだとかキモイだとかあんな可愛い女の子に好かれやがって……! だとかリア充死すべし……! だとか暴言とか怨嗟混じりの呪言が聞こえる中、夜は一人寂しく涙を流すのだった。

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