盟友との再会

 梨花と別れた後、夜の姿は屋上にあった。


 アニメとかでは屋上でお弁当とか告白とかよくあるけど、今現在、屋上を解放している学校なんて殆どないと言っても過言ではない。理由は明白、危険だから。


 飛び降り自殺に使用されたり、転落事故が起きたら困るから。故に、屋上を封鎖している学校が殆どだ。


 だというのに、ナギ高はありがたいことに解放されている。


 アニメでは屋上によく出入りしているイメージがあるのだが、現実はそうはいかないのか。屋上に足を踏み入れる生徒の数は思ったよりも少ない、というか零に限りなく近い。


 ある意味憧れだった屋上で一緒に弁当とかってやっぱりアニメの中だけなのか……と夜が思ったのは言うまでもない。


 そんなわけだから、夜も滅多に来ることはない。時々、一人になりたい時とかにふらっと足を向けるだけだ。


 鉄柵に体重を預けながら、夜は空を仰ぎ見る。


「……青空の下で食事とかいいと思うんだけどな……」


 ふと零れる本音。インドア派とは思えない発言だが、ある意味ではオタクらしい発言かもしれない。


 そうして黄昏ていると、賑やかな――騒々しいの方が正しいかもしれない――声が夜の耳に届く。


 視線を校庭へと向ける。そこには、新しい学校を目の前に、期待に胸躍らせ瞳をきらきら輝かせる新入生達。


 そんな彼らを見ていると、一年前の自分を思い出す。まぁ、あそこまで期待に胸躍らせたり瞳輝かせたりはしていなかったと思うが。


「……それにしても、どうしたら……」


 誰に聞かせるでもない、無自覚の内に零していたちょっとした呟き。


 しかし、そんな夜の呟きに僅か数秒で返答が。


「じゃあ、僕とゲームしようよ、ナイト、、、!」


 先程まで誰もいなかった屋上。というか、殆ど人が訪れることのない屋上。


 なのに、急にかけられた声。夜は驚きつつも、その人物には大体の察しが付いていた。


 だって、自分のことを〝ナイト〟と呼ぶのは一人しかいないから。


「久し振りだな、夏希。元気にしてたか?」


 ゆっくりと声のした方へ視線を向けると、そこには一人の女の子が立っていた。


 黒髪に赤目――夜の知っている限りは黒目なのでカラーコンタクトだろう――の女の子――朝木あさぎ夏希なつき


「うん! ひさしぶり、ナイト!」


 れっきとした中二病である。


「ナイトの方こそ元気だった?」

「まぁまぁだな。夏希は?」

「僕もまぁまぁだよ。それと、ナイト。夏希じゃなくてアリスって呼んでよ……」

「流石に学校では勘弁してくれ……」


 アリス――夏希のゲームでの名前――と呼んでくれないことに不満なのかむぅ……と頬を膨らませる夏希。ゲーム中は呼んでるんだからいいだろ? と何とか納得させようと夜。


 因みに、ナイトというのは夜のゲーム名だ。


「それと、夏希。カラコンは外しとけよ? 校則は破ってはないけどさ」

「え、校則で禁止されてないの?」

「あぁ……って、知らずに付けてたのかよ……」


 そう、ナギ高の校則では別にカラコンは禁止されていない。髪を染めるのもピアス穴を開けるのも、特に禁止はされていない。


 それほど、ナギ高の校則は緩いのだ。超ゆるゆるなのだ。基本何でもOKという節すらある。まぁ、正確には華の高校生活を思う存分楽しんで欲しいという理事長の計らいによるものなのだが。


「……ん、待てよ? どうして夏希がここにいるんだ?」

「どうしてって、入学したからだよ?」

「いや、まぁそうだよな、うん」


 今更な質問と当たり前の回答に、夜は渇いた笑みを浮かべた。


 そらそうだよな、と自分で言っておいて納得してしまった。というか、生徒以外は行事イベントか何かない限りは基本的に立ち入り禁止なのだし、そもそも夏希の身を包んでいる制服を見れば一目瞭然だった。


「でも、夏希。家はどうしてるんだ? 一人暮らし?」


 夜と夏希は中学からの付き合いだ。故に、二人の実家からナギ高まではかなりの距離がある。流石に実家から通うとは思えない。だから、そう質問した。


「ううん、柊兄しゅうにぃのところに棲んでるよ?」

「なら大丈夫だな」


 どうやら、一人暮らしではないようで安心した。


 因みに、柊兄とは夏希の兄――朝木あさぎ柊也しゅうやのことで、夜とは中学からの付き合い。柊也は夜との関係を親友と言っているが、本当に親友なのかは疑わしい。


 閑話休題。


「にしても、夏希までナギ高に入学か。どうしてナギ高を選んだんだ?」


 当たり前の質問に、夏希は俯く。ちょぴり顔が赤くなっているような気がする。


「そ、それはナイトがいたから……。と、とにかく! ゲームしようよ、ナイト!」


 まるで誤魔化すかのように早く早くと急かす夏希。夜は小声だったので最初の方は聞こえなかったが、聞き直すようなことはしなかった。興味本位で聞いただけだったので、そこまで知りたいことではなかったし。


「ちょっと待てって。今起動してるから……」


 夜はスマホを取り出しゲーム――Sword and Magicを起動する。


「ねぇねぇ、ナイト。どこ行く?」

「ん~、そうだな……。少なくとも昨日と同じ場所は嫌だな」

「あそこの素材は取り尽くしたもんね……」

「じゃあ、夏希がこの前言ってたダンジョンにでも行くか」

「うん!」


 そうして、青空の下で再会を果たした夜と夏希。といっても、リアルで会ったのが一年振りというだけで、文字通り毎日話しながらSword and Magic――通称〝SaM〟をプレイしているので久し振りという気はまったくしないのだが。


 お互いに肩を寄せて座りながら、こんな風にリアルで直接話しながらゲームするということに懐かしさを感じていた。


 笑い合う二人の姿は本当に楽しそうで、嬉しそうで、とても微笑ましい光景だった。




 二人がSaMを始めてから三十分。


「う~ん、そろそろ入学式が始まる時間だし、この辺にしとくか」

「うん……」


 気が付けば入学式がそろそろ始まりそうな時間になっていた。


「というか、夏希。新入生がこんな所にいていいのか? どうして屋上なんかに……」


 当たり前の疑問かつ今更な疑問に夏希は。


「教室に居づらくて、廊下を出たらナイトの背中が見えたから……」


 ということらしい。夏希の気持ちがわからなくもない、というか物凄い共感できる夜としては何も言えない。


「とりあえず、教室に戻るか。道はわかるか?」

「……わからない」


 夜を追ってここまで来たのだったら、道がわからないというのも頷ける。


「わかった。じゃあ先に夏希の教室だな。何組なんだ?」

「……もう少し遊んでいたかったな……」


 夜の質問には答えず、夏希はそう言った。


 それは、教室に帰りたくないと言っているかのように夜は聞こえた。


「いつも夜中にやってるだろ?」

「そうだけど……」


 確かに、日が暮れてからも通話しながらゲームはしている。


 けど、夏希が言いたいのはそんなことじゃないのだ。もう少しだけ、夜と現実リアルで一緒にいたいだけなのだ。


「で、でも……」

「……なぁ、夏希。今日って入学式だけだよな?」

「え? う、うん」


 夜の何の脈絡もない質問に、律儀に答える夏希。今日は、学年を問わず入学式が終われば下校となる。だから、夜も知っているはずなのだが……。


 頭に“?”マークを浮かべる夏希に、夜は尚も続ける。


「なら、入学式が終わった後に出来るんじゃないか? 楽しみは後にとっておいた方がいいだろ?」


 そして、夏希の顔を見ながらそう言った。


 要は、今は無理だけど後でならいいと、そう言っているのだ。


「いいの?」

「いいも何も、断る理由がないだろ? 盟友なんだし」

「うん! ありがと、ナイト!」


 二人の間柄を聞かれれば、お互いに迷わず答える。〝盟友〟だと。


 〝友達〟でもない、〝親友〟でもない。更にその上の間柄、〝盟友〟。


 そんな二人の間に、理由なんていらない。「盟友だから」というその一言で事足りるのだ。


 夜と夏希は屋上を後にし、夏希の教室へと歩を進める。


「それで、夏希は何組なんだ?」

「B組だった……はず?」

「なんで疑問形なんだよ……」


 夏希の返答に夜は苦笑を浮かべる。


「そういえばナイト。一つ聞きたいことがあったんだけど、どうして入学式にナイト達も参加するの?」

「それは俺じゃなくてここの理事長とかに聞いた方が早いと思う……」


 そういえばどうしてなんだろうな……とそんなことを思いながら夜は夏希とともに一年B組を目指した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る