パパのバカぁ!
本来ならばあかりを含めた一年生、つまりは新入生が入学したことを祝う式――入学式。
しかし、あかりのとんでも発言によって体育館内は騒然。入学式はそれどころじゃなくなった。
それでも親御さんがいる前で静かにしろ! と先生方が言えるわけもなく、ざわざわしたまま入学式は進行。
そんなこんなで無事かどうかはわからないが入学式は終わった。これで、今日の授業(?)は終わり、後は帰宅するだけである。
しかし、終始妬み嫉みといった感情をぶつけられていた夜は帰路には就かず、理事長室を訪れていた。
ドアをノックし、入室。
「失礼します」
「失礼されるよ……って夜君か。どうしたんだい?」
高級そうな黒革の椅子に座り、絶賛お仕事中なのか視線を書類とスマホの画面に行き来させている理事長こと慎二。
「どうしたもこうしたもないですよ。あかりを新入生代表に選んだのって理事長ですよね?」
「……ナンノコトカナ?」
誤魔化すかのように顔を逸らしながら答える慎二。棒読みだしまったく誤魔化せていない。
「誤魔化しても無駄ですよ。そもそも、その反応自分が犯人って言ってるようなものじゃないですか」
「フフ、HAHAHAHAHA! いやぁ、バレてしまっては仕方がない! 確かに、私があかり君を代表に推薦したんだよ!」
悪びれた様子など欠片もない。寧ろ、自信満々に、ドヤ顔でそうのたまう慎二に、夜は軽い殺意が芽生える。
一発ぶん殴っても許されるのではないだろうか。いや、あのスポットライトの件も視野に入れれば二、三発は許されるかもしれない。いいや、許されるべきである。
「はぁ、何がHAHAHAHAですか。笑い事じゃないですよ……」
先程の入学式を思い返し、夜は重く深いため息を吐く。
あかりのあの挨拶の所為で、夜の悪評は学校中に広まっていることだろう。人の噂も七十五日とか言うが、今回の噂に関しては尾鰭はひれが付いたうえで広まっていくことだろう。中学の時のように。
そう考えると、どうしても穴があったら更に掘って掘って掘りまくった後で埋まりたくなる。……どうしよう、あかりに掘り返されそうだな。
未だにアメリカ人のような笑い声を上げる慎二。どうしてこの人に理事長が務まるのかが未だにわからない。曾祖父から代々受け継いで……とか聞いたことがあるが、他の人を選んでもよかったのではないだろうか。
「いやぁ、笑った笑った。こんなに笑ったのは久し振りだよ」
「それはよかったですね」
「まぁまぁ、夜君も気に病むことはないさ」
そう言って、夜の肩をぽんぽんと叩く慎二さん。どうしよう、マジでぶん殴ってやりたい。
「確かに、入学式の挨拶としては不適切かもしれないけど、面白ければそれでいいじゃないか! 自主性を尊重するのが私の教育理念だからね!」
「何が自主性ですか、自主性。それってただの丸投げじゃないですか」
「その通りだよ」
何を当然のことを言っているんだい? と言わんばかりの慎二。夜が怒りにわなわなと震え出す。
今すぐ大声で理事長を変えてくれ! とか叫んでやりたいが、叫ぶことによって注目されるのは嫌だし、そんな勇気もないので心の中で叫ぶだけに留めておく。まぁ、そんなことをしたくらいで理事長が変わるわけがないのだが。
「まぁ、心配する必要も無いと思うけどね。噂ってのはそう長く続くものではないのだし」
「そうだといいんですけどね……」
その会話を最後に、夜は理事長室を後にした。突撃訪問的な形となってしまったが、ちゃんと対応してくれるのはありがたい。まぁ、ぶん殴りたいことに変わりはないけど。
「……はぁ」
「や、やっぱりここにいたのね……」
理事長室なんて尋ねる生徒はおろか教師はあまりいない。今日は入学式だけなので尚更だろう。
だから、夜か慎二の声以外が聞こえるわけがない。
なのに、二人以外の声が耳に届く。しかし、その声には聞き覚えしかない。
夜は声のした方へ視線を向ける。そこには。
「なんでこんなとこにいるんだよ、梨花」
「それはこっちの台詞なんだけど?」
お互い当然と言えば当然のことを聞く二人。
「まぁ、それもそうか……。俺はあかりの件で理事長に文句を言いに来ただけだ」
「あかりちゃんの件って……あの代表挨拶?」
「それ以外何があるんだよ……」
「そ、それもそうね……」
遠くを見つめて渇いた笑みを浮かべる夜を、ちらちらと見ては顔を逸らす梨花。ほんのり頬が紅に染まっている。
「ね、ねぇ。一つ聞いてもいい?」
「ん?」
何故だかしおらしい様子の梨花に不思議に思いつつも夜は続きを促す。
そもそも、わざわざ確認を取らなくてもいいのだが。だって幼馴染なのだし、今更遠慮するほど二人の関係は薄っぺらいものではないのだから。
「あ、あかりちゃんはただの妹、よね?」
「……は?」
もっと深刻な内容かと思っていたのに、梨花の質問は当たり前だろ? としか言えないようなもので。夜は思わず素の声を上げる。
「妹じゃなければなんなんだよ」
「そ、そうよね。そんなわけがないわよね……」
勝手に解決して納得している梨花に、益々頭を悩ませる夜。一体、その質問にどういった意味があるのか……いや、あの挨拶が原因ってのはわかってるんだけど……。
「それで? そっちの要件は今の質問だけか?」
「え、えぇ、そうよ?」
「たったそれだけなら教室に帰った後でもよかったんじゃ……?」
「べ、別にいいでしょ! 一刻も早く聞きたかったんだから……」
最後の方の発言はごにょごにょとしか聞こえなかったけど、言及はしない。わざわざ聞き返すようなことでもないと思うし、梨花が勝手に満足気だったらそれでいいだろう。
「いやぁ、青春だね。うんうん、いいことだ」
「ぱ、パパ!?」
突然聞こえた声に、梨花は驚き、夜は声の聞こえた方へと視線を向ける。
「覗き見盗み聞きなんて趣味が悪いですよ、理事長……」
ドアを半開きにし、覗き見るようにして一部始終を見ていたのであろう慎二に、夜は冷え切った眼差しを向ける。
「HAHAHA、娘が青春真っただ中だというのに邪魔をするのも如何なものかと思ってね」
確かに、邪魔をしないようにという慎二の心意気は感心する。あぁ、感心するとも。娘の青春を邪魔するほど無粋な真似はないだろうし。
「声を上げてる時点で邪魔してますけど……」
「それはあれだよ。思わず声に出しちゃったって奴だよ」
「面白半分で見てて我慢出来ずに、じゃなくて?」
「違うに決まっているだろう?」
と言いつつ、そっぽを向く慎二さん。その反応は自分から肯定しているようなものなのだが……。
「まぁ、私はそろそろ仕事に戻るよ。いつまでも遊び惚けている時間はないからね」
「さっきまで娘の会話を盗み聞きしていた人の発言とは思えませんね……」
「それを言われては何も言い返せないな。学校生活、楽しみ給えよ。夜君も梨花も……って梨花?」
手をひらひらさせながら理事長室に戻ろうとすると、梨花がぷるぷると震えながら歩み寄って来ていた。表情は髪に隠れて伺えないが、何となく怒っているような気がしなくも……。
「…………の……か」
「り、梨花?」
「パパのバカぁ!」
そう泣き叫びながら、梨花の平手打ちが慎二の頬にクリーンヒット。そして、そのまま走り去ってしまった。
「……夜君。これって悪いのは私かな?」
「十中八九そうでしょうね」
叩かれた頬をさすさすしながら救いを求める慎二を、夜は容赦なく蹴落とした。
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