ナイトとアリス

 梨花に叩かれ、傷心状態の慎二が理事長室に入って行くのを確認してから夜は教室へと戻った。


 きっと、今頃帰りのHRホームルームも終わりみんな帰宅していることだろう。


 今日は午前授業、というか入学式とLHRロングホームルームしかないので二時限しか授業がない。故に、どこかへ遊びに行く生徒が多いはず。


 どっか遊びに行こうぜ~だとか、カラオケ行こ~だとか駄弁りながら友達同士で帰路に就くのだろう。……一体、どこからそんなお金が出てくるんだろうか。というか、進級したからって気が緩み過ぎではないだろうか。


 しかし、夜は特にこれといった用事はない。つまり、このまままっすぐ帰るだけである。


 いつもは一人だったから帰ったらゲームし放題、マンガ・ラノベ読み放題、アニメ見放題だった。


 けれど、今日は、否、先週からは一人じゃない。あかりがいるのだ。


 おにいちゃんの料理が食べたい! と食事は作らず。


 洗濯物はわたしがしたい! と率先して洗濯機を回し。


 一緒に入ってもいい? と夜が入浴中だというのに構わず突撃をかまし。


 隣で寝たい! と布団に潜り込んでくる。


 勿論、風呂に入って来ても布団に潜り込んで来ても追い返した。今では諦めたのか鳴りを潜めているが本当に諦めたのかどうかは定かではない。まぁ、きっと機会を窺っているのだとは思う。


 そう考えるだけで、気が沈むったらありゃしない。


 どうして、リラックス出来るはずの自宅で気を張り詰めさせなければいけないのだろうか。


 どうして、こんなことになってしまったのだろうか。


「はぁ……って、今日でため息何度目だろうな……?」


 流石にため息吐きすぎだろ、幸せ全員逃がしてるじゃん……と二年生教室前の廊下を歩く。


 そこには。


「ナイトまだ、かな……」


 夜のクラスであるC組の教室と奥に見えるB組の教室の間にある階段。その傍に見覚えのある人影。


「……何してるんだ? 夏希」

「な、ナイト!?」


 突然声を掛けられて驚いたのか、ビクンっと身体を跳ねさせる夏希。


「……こ、わかった。怖かったよ、ナイトぉ~!」


 驚きは安心感へ。夏希は目尻に涙を溜めながら夜の胸へと飛びついた。


「うおっ、な、夏希? ……って、仕方ないか。初日の俺もこんなんだったしな……」


 流石に学校で泣くようなことはしなかったが、帰った後に一人枕を濡らした覚えがある。


 だって怖いじゃん!


 地元から離れて新天地。周りには見ず知らずの人達ばかり。


 だというのに、周りは次々と仲良くなって友達になっていく。


 そんな中、一人ぽつんと席に座ったまま。


 怖いに決まっている。ただでさえ新しい学校新しい制服新しい人間だ。夜や夏希のように〝対人恐怖症、、、、、〟でなくても怖いと思うのは仕方がないことである。


 しかし、夏希の気持ちがわかるからと言って、このまま泣かれるのも困るというもの。だって、こんな場面を誰かに見られでもしたら明日には夜の名前が悪い意味で学校中に知れ渡ることとなってしまう。何としても、それだけは避けねばなるまい。


 だからといって、夏希を突き放すなんてことも出来るわけがない。三次元リアルでは盟友として、二次元ゲームでは相棒として。


 だから、そのまま泣かせてあげることにした。こういう時は、思う存分泣いた方が気持ちは楽になるのだ。それに、今更どういった内容の噂が流れたところで冷めた眼差しを向けられるのは変わりないのだし。


 流石に抱きしめ返せるほどの勇気は夜にないので頭をぽんぽんするだけに留めておく。ヘタレとでも意気地なしとでも何とでも呼ぶがいい。後でこっそり泣くから。


 そうして、どれくらいの時間が経ったのだろうか。まぁ、きっと五分そこらなんだろうけど、夏希は泣き止み頬を赤く染めながら夜から離れた。


「え、えっと……ありがと、ナイト……」

「ん、どういたしまして」


 親しい中にも礼儀あり、感謝の気持ちは大切に、かつ忘れずに、である。


「それで? こんなところで何してたんだ?」

「え、えっと……ナイトを待ってたんだけど全然来なくて……」

「……あ。その、悪い……」


 入学式が始まる前、終わった後に続きをやろうと言ったのにすっかりそのことを忘れていた。


 きっと、廊下に立っているだけでも夏希は怖かったはずだ。夜が来ない間、ずっと廊下で待っていたのだから。その間、多くの人が通る廊下に立っていたとなれば、夜もそうだが、対人恐怖症の夏希からしてみれば怖いに決まっている。


 そのことに、夜は心の底から申し訳なく思う。


「ううん、大丈夫。ね、ナイト。朝の続きやろ?」


 そう言って、スマホを取り出して微笑む夏希。


「……おし、やるか」

「やったぁ!」


 家に帰ってもあかりがいて気を緩めることが出来ないとなれば、夜にとって落ち着ける時間は誰もいなくなった放課後の学校ということになる。


 折角久し振りに再会したのだ。お互いに会話をしながらゲームをするのも一興だろう。


 それに、朝は入学式前だったので中途半端で終わってしまったのだ。どうせならキリのいいところまでやりたいではないか。というか、そう約束したのだし。


 その後、夜と夏希は購買に行っておにぎりを買い、自動販売機で各々の好きな飲み物を買い、屋上へと向かった。


 太陽が徐々に上り始めているためぽかぽかして暖かい。けど、太陽の光の差し込まない日陰へと移動する。


 お互いに背中合わせで座り、お互いの体重を預け合う。


「アリス」

「うん、任せて」


 夜と夏希の間には最低限の会話しかなく。


 されどナイトとアリスの間には絶対的信頼感がある。


 一言も交わすことなくお互いの次の行動がまるで自分のことのように、手に取るようにわかる。


「ナイト」

「ん、任せろ」


 そのたった一言で意思疎通が出来るのだ。もはや神業の領域である。


 しかし、神という表現もあながち間違いではないかもしれない。


 文字通り二人で一人と言わんばかりのコンビネーション。


 十何倍の人数差でも勝てないというずば抜けたプレイヤースキルの高さ。


 それらを兼ね備えたSaM最強の二人組のプレイヤー、ナイトとアリス――ALICE in Wonder NIGHT。それが夜と夏希の正体である。


 つまり、SaMの世界において二人は神も同然なのだ。まぁ、誰もナイトとアリスの正体がただの高校生だとは思わないだろうが。


 そんな最強の二人がSaM日課を終え、帰路に就いたのは三時間後のことだった。

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