ぶっ飛んだ質問

「……は? 俺?」

「はい、夜先輩です」


 もしかして聞き間違えかな? そうだよね? そうに決まっているよね? という夜の抵抗虚しく、夜は司会を務めているB組委員長――因みに女子――に腕を引っ張られ連れて行かれた。


「さぁ、夜先輩! マイクを持ってください!」

「いや、ちょ、え?」


 何の反論も抵抗もさせてもらえず、夜は有無を言わさぬ勢いでマイクを手に持たされた。


 突然の事態に困惑する夜。最早、何が何だかわからない状態である。


 何故、マイクを持たされたのか。


 何故、こんな所に立たされているのか。


 何故、そもそも自分が罰ゲームの対象者に選ばれているのか。


 そんな、幾つもの“何故”が夜の脳内を埋め尽くす。というか、それが正しい反応なのだろうが。


 故に、これまた当然のことを夜は聞くことにした。即ち。


「な、なぁ、一つ聞きたいんだけど……どうして俺なわけ?」


 そう、マイク持てだとか前に立てだとかそんなことは今は問題ではない。それ以前に、どうして自分が罰ゲームをしなければいけないのかが重要なのである。


 罰ゲームは、いわばレクリエーションの一部である。つまり、参加者は一年B組の生徒だけなはずなのだ。


 だというのに、一年B組の生徒どころか担任でもない、言ってしまえばこの車内で一番B組に関係ない――ただし、運転手さんは除く――夜がレクリエーションの一部である罰ゲームを強要されているのだ。疑問を抱いても何らおかしくはない。


 因みに、夜が少しだけ口籠っているのは言わずもがな、対人恐怖症故である。まぁ、普段は平然を装っているので一部の人を除けば誰も夜が対人恐怖症だなんて知らないとは思うが。


「夜先輩って二年生じゃないですか」

「そうだな」

「私たちより一年もこの学校にいるわけじゃないですか」

「そうなるな」


 夜は二年生だ。新入生よりも一年、ナギ高に在学している。


 しかし、それと罰ゲームに何の関係があるのだろうか……。


「それに、夜先輩って言ってしまえば今回のゲストじゃないですか」

「俺の意思は無視されたけどな?」


 確かに、夜は言ってしまえばゲストである。だって、本来なら今頃家でだらだらしつつ、登校準備をしている頃だろうから。


 しかし、それと罰ゲームに何の関係があるのだろうか……。


「だから、みんな夜先輩に聞きたいことがたくさんあるんじゃないかって思ったんです!」


 司会ちゃん改め委員長ちゃんの言いたいことはわかる。


 入学してから三週間ほど経過したとはいえ、まだまだ不安だってあるだろう。わからないこともたくさんあるはずだ。


 しかし、そういった不安やわからないことを知る機会はそうそうないだろう。まぁ、部活の先輩に、だとか先生に聞いたりすればいいのだろうが、中々話しかけにくいはずだ。


 だからこそ、この機会に先輩である夜に色々なことを聞きたいと思ったのだろう。まぁ、それなら担任である日葵でもよかったのでは? と思うが。


「なるほどな……」


 まぁ、多少の気がかり――どうして罰ゲーム扱いなのか? だとか、聞きたいことがたくさん……って質問一個だけじゃないの? という疑問はあれど、委員長ちゃんの言いたいことは何となく理解した夜。


「……わかった。俺に答えられることなら極力答えるよ」

「それでは、夜先輩の許可も得られたので、質問がある人~!」


 許可されなくても強行してただろ……と心の中でツッコみながらも、何も言わない。


「はいは~い!」

「では美優ちゃん!」


 元気よく手を上げるTHE・女子高生な感じの美優を、これまた元気よく指名する委員長ちゃん。確か美優ちゃんってあかりの友達だよな……とあかり本人に教えてもらったことを思い出す。


 もう一人、志愛ちゃんという友達も出来たと言ったが、あかりが三人一緒には座れないと言っていたし、多分美優の隣に座っているどことなく大人びている女の子が志愛なのだろう。


 夜は内心、大抵こういう時には手を上げづらいというのに、躊躇いもなく手を上げた美優に畏敬の念を抱きながらも、質問を聞くと言ってしまったので美優の言葉に耳を傾けようと……。


「お兄さんと朝木さんってどういう関係なんですか!?」


 したところで、夜は思い切りごほっごほと咽せた。まさかの質問が飛んできたが故に。


 きっと、この行事ってどんなことをするんですか? だとか、あの教科ってどのくらい難しいですか? だとか、そう言う質問がされると思っていたのだ。というか、普通はそう思うはずだ。


 しかし、美優からされた質問は夜の予想していた質問の斜め上どころか真上。


 だから、驚きの余り咳き込んだってなんらおかしくない。おかしくはないのだ。おかしくない……よね?


「ど、どういう関係って言われてもな……」


 未だに動揺しているのか声が震えている夜。


 しかし、どういう関係? と聞かれても返答に困るのもまた事実。


 だって、盟友と答えたところでそれ何? と言われるのが目に見えている。まぁ、確かに盟友なんてアニメとかでしか聞かないとはいえ、真正面から何それとマジレスをされるのはかなり心に来る。


 そんなわけで、どう言えばいいのだろうと悩んでいると、何を勘違いしたのやら。


「じゃあ、お二人は付き合ってるんですか~!?」


 更にぶっ飛んだ質問を投げかけて来た美優さん。その瞬間、あかりの目からハイライトが消え失せ、その瞳はドウイウコトナノ? と語っていた。多分、返答を間違えれば碌なことにはならないと思う。


 急に恋バナになったからか、車内が一層騒々しくなる。まるで、待ってましたぁ! と言わんばかりの盛り上がりようである。特に、女子達がキャーキャー言っている。女子ってほんと恋バナ好きだよね、偏見だけど。


 まぁ、確かに恋バナは女子高校生の大好物ではあるだろう。きっと、そういったことにも興味がある時期だと思うし。


 しかし、他人の色恋沙汰に土足で踏み入るのは禁忌だと思うのだが。だって、他人がとやかく言うことではないだろう。それは野暮ってものだ。


 夜はちらりと夏希の方へ視線を向ける。話のタネにされたことに傷付いていないか、嫌な思いをしていないかを確認するために。


 しかし、夏希も心配してくれていたのか、お互いにばっちりと目が合う。


 数秒見つめ合い、気恥ずかしさ故にお互いに目を逸らす。それが、B組の生徒達にはあらぬ誤解を抱かせてしまったようで……。


「や、やっぱり……?」

「本当にお付き合いしているんですか!?」


 委員長ちゃんと美優の発言を皮切りに、更に沸き立つ車内。本来ならば、こういった時に止める役割を担っているのであろう日葵でさえ乙女のように目をきらっきらさせている。どうやら、恋バナに興味津々のご様子。そこは、先生としてちゃんと仕事をして欲しい。


 あかりも聞き捨てならなかったのか、先程よりも瞳の暗さが増したような気がする。というか、ほぼ深淵に等しい深さと暗さである。


 夏希も、今まで碌に話すことなんてなかったというのに周りの生徒に質問攻めにされている。親しいとはお世辞でも言えない人が一人でも対応できないというのに、あれだけ五、六人の生徒が食い気味に迫ってくる所為か、怯えている様子。まぁ、無理もない。夜だって同じような反応になる。


 このままでは夜もそうだが夏希がキャパオーバーしてしまう。それに、誤解は解かなければいけない。


「ち、違う! 俺と夏希は別に付き合ってなんかないって!」

「え~? ほんとにですか~?」


 ニヤニヤしながらつんつんと突いてくる委員長ちゃん。何故だろう、先程よりもぐっと距離が近くなっているような気がするのは。これがリア充の特殊スキルなのだろうか。だとすると、自分には覚えることは不可能である。


「ほんとだっての。まぁ、友達かって聞かれたら“NO”とは答えるけど」

「ほら、やっぱり恋人じゃないですか」

「だから違ぇよ。俺と夏希は盟友の仲だ」


 友達でもない、親友でもない、それ以上の存在――盟友。それが、嘘偽りなど一切ない夜と夏希の関係である。


 よく、友達以上恋人未満だとか聞いたことがあるだろうが、盟友は親友と同義といったところだろうか。いや、親友以上でもあながち間違いではないかもしれない。それほど、二人の間には絆があるのだから。


「えっと……めいゆうって何ですか?」


 美優の当然と言えば当然の質問に、うんうんと頷くB組の生徒達。まぁ、親友ならわかるが、盟友と言われてもなんのこっちゃと思うのも無理はない。あまり聞いたことのない単語だろうし。


「……そうだな。まぁ、盟友は盟友としか答えられないんだけど……言うなれば親友の上位互換の関係だな」

「それもう恋人でよくないですか?」


 きっと、そう言えばわかりやすいだろうと思っての発言だったが、どうやら理解してくれたご様子。まぁ、みんなが知っているであろう単語を例に出せば伝わるに決まっているのだが。


 だから、美優の発言は聞かなかったことにする。


「なるほど、夜先輩ありがとうございます! 他に質問はありませんか?」


 そうして、最初のぶっ飛んだ質問返答は幕を閉じ、委員長ちゃんの司会進行により次々と質問をされた。


 まさか、もっとぶっ飛んだ質問が飛んでくるんじゃ……と心配になったが、それは杞憂に終わったようで。夜の予想していた通りの質問がされた。まぁ、碌に人と関わろうとしない夜が学校行事の楽しさについて語れる訳もないのだが……。


 夜が戸惑いつつも質問に律儀に答えていく中、夏希は嬉しそうな、でもちょっぴり寂しそうな表情を浮かべていた。


「……へぇ、親友以上、ね。男女間の友情があると本気で思ってんのかなぁ?」


 そんなことを呟きながら、つまらなそうにスマホをいじる人影が一つ。


 ニヤリと、悪魔のような、いたずらな笑みを浮かべるその人影に、気付く者は誰一人としていなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る