憂鬱な出発
翌日――宿泊研修当日。
午前六時三十分という普段よりも早い時間に、夜達は校門前に集合させられていた。
「……ふわぁ……」
夜がいつも起床する時間は午前六時三十分。つまり、今の時間帯だ。
しかし、今日はそんな時間に起きれば遅刻確定。
だから、普段よりも一時間早い午前五時三十分に目覚まし時計を設定しておいたのだ。
……まぁ、目覚まし時計はあかりの手によって電池が抜かれて鳴ってはくれず、おにいちゃんを起こすのはわたしだよ? と朝から怖い台詞とともに起こされたわけだが……。
そんなわけで、眠いのである。それはもう、今すぐ家に帰って布団に潜りたいほど眠たいのである。
だから、人目も憚らず欠伸をしても仕方がないのである。だって、眠いんだもん!
「おはよう、夜君」
眠すぎるせいか目が半開きの夜に話しかけてきたのは、慎二だった。
「おはようございます、理事長」
「どうしたんだい? 随分と眠そうだね」
「まぁ、一時間も早く起きたので……」
誰の所為でこうなったと思ってんだ……と言ってやりたい気もするが、頼まれた時に全力で拒まなかったのは自分なので、今更文句を言うのはお門違いだろう。
まぁ、だからといって腹が立たないというわけでもないのだが……。
「まぁ、集合時間が登校時間よりもかなり早いからね。そういえば、夜君は何号車のバスだっけ?」
「二号車、B組と一緒ですよ。誰かさんの所為でね」
「さぁ、なんのことかな?」
夜はため息を吐き、慎二は楽しそうにけらけらと笑う。
夜は本来ありえなかった引率者。だから、どのクラスにも属さないのだろうとか勝手に思っていたのだが、そんなことはなく。夜が主に引率するのは一年B組――あかりと夏希がいるクラスだった。
まぁ、慎二の反応を見れば夜の予想通り、慎二の裏工作だということは明確である。この人、職権乱用し過ぎじゃないですかね……。
因みに、バスは一号車から五号車まであり、それぞれA組からE組が割り振られている。
「そういえば、理事長こそ何号車なんですか?」
「私は一号車だよ。だから、A組と一緒に行くことになるね」
「……今から場所変わりませんか?」
「嫌だよ。折角、面白くなりそうな場所へ配置したのに」
「遂には本音を隠さなくなりましたね……」
慎二の「悪気? そんなのあるわけないだろう?」と言っているかのような発言に、夜は呆れて再びため息を吐いた。ここまで潔いと怒りすら湧いて……来るな、うん。関係なかったわ。
「さて、そろそろ出発時間だ。夜君も早くバスに乗った方がいいんじゃないかい?」
「俺は引率なんで座るのは一人で前だと思いますよ?」
「さぁ、どうかな?」
慎二の思わせぶりな発言が少し気になりつつも、夜はバスへと乗り込んだ。
そして、すぐに慎二の言葉の意味が分かることになる。
だって……。
「おにいちゃん、楽しみだね」
「……そうだな……」
柳ヶ丘高校からバスが出発して十分ほどが経過していた。
本来なら、引率者である夜は一番前の席に座るはずだ。そういう決まりがあるのかどうかはわからないが、大抵の場合はそうなのではないだろうか。
しかし、一番前に一人で座っているのはB組担任教師である日葵だけで、夜はといえば……。
「あとどれくらいで着くかな?」
「……そうだな……」
あかりの隣に座っていた。真ん中の席辺りで。
「というか、あかり。友達と一緒に座らなくてよかったのか?」
「だって、三人一緒には座れないでしょ?」
「いや、それはそうなんだけどさ……」
隙あらばくっ付いて来ようとするあかりを宥めつつ、夜は後ろの方へと視線を動かす。
そこには、一人つまらなさそうに窓の外を眺めている夏希がいた。
夏希の教室での様子を知らない夜でも、わかった。理解した。それが、夏希の教室での立ち位置で、姿なのだろうと。
夜が寂し気な表情を浮かべたのを見逃さなかったあかりも、夜の視線の先を見る。
「……おにいちゃんは、わたしよりも夏希のほうがいいの?」
そんな、あかりのか細くて哀し気な弱音は、夜の耳に届くことなくかき消された。
「それでは、次のゲームへと参りましょ~!」
バスの中では、絶賛レクリエーションが行われている。
確か、予定通りに事が運べば宿泊施設までバスで二時間程かかるはずだ。
その二時間という長い時間を退屈な時間で終わらせないように、それぞれのクラスでレクリエーションが行われるのである。
それくらいなら、スマホをいじって時間を潰せばいいじゃないかとも思うが、宿泊研修は授業の一種だ。しおりにも書かれているが、スマホを触っていい時間はかなり限られている。自由時間と就寝時間中は触っていいということになっているので、車内では触ってはいけないのだ。
まぁ、その決まりを守らない生徒もいるにはいるのだが、殆どの生徒はレクリエーションに参加している。
まぁ、そっちの方が楽しそうだからだろうが。
だって、レクリエーションの内容が恐ろしいからだ。
例えば、会話の墓場代表であるしりとりや、マジカルなんちゃらというゲームを行ったとすると、負けた人には罰ゲームが存在するのだ。
実は、ゲームよりもその罰ゲームの方がこのレクリエーションの主軸といえる。
罰ゲームの内容は、負けた人は一つだけ質問をされ、必ず答えなくてはいけないというもの。
つまり、彼氏または彼女の有無や秘密を聞かれれば答えなくてはいけないのだ。
まぁ、自己紹介では足りなかったその人の情報を得られるという点は素晴らしいとは思うが、やり方が汚い。
下手をすれば、その人が絶対聞かれたくないようなことでも話さなくてはいけない。
勿論、本当に話したくなければ話さなくてもいいということにはなっているようだが、その分、別のことを話さなくてはいけないらしい。
どうして、こんな惨くて汚いレクリエーションが思い浮かぶのか。夜にはまったく理解できない。
因みに、今まで三人の生徒が質問という名のいじめにあっている。まぁ、聞かれたのは好きな食べ物や趣味などで、夜が心配しているようなことは質問されていないのだが。
流石に、人が嫌がるような質問はしないか……と夜がほっと安堵の息を漏らしていると。
「決まりました! 次の罰ゲーム対象者は夜先輩で~す!」
どうやら、次の罰ゲームに駆り出された人の名前は夜というらしい。しかも、先輩なんだとか……って、夜?
「では、夜先輩。前の方へお越しくださ~い!」
「……え?」
何故か、B組の生徒でも一年生でもないのに、レクリエーションに参加させられていた。
それどころか。
「……は? 俺?」
夜本人が知らない内に、罰ゲームの対象者になっていた。
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