ナイトとの関係
そうして、夜への罰ゲームという名の質問タイムも終わり、その後も様々なレクリエーションが行われた。一体、その度に何人の被害者が生まれたことか……。
まぁ、そんなわけで笑い声と泣き声が車内に響き渡る中、一年B組の生徒達を乗せたバスは目的地へと辿り着いた。
「や、やっと着いた……」
何故か、バスに乗っていただけだというのに疲労が蓄積しているこの状況にため息を吐きつつ、バスを降りる。
周りを一瞥するが、視界に捉えられるのは鬱蒼と生い茂った木々と場違いとしか思えないバスが五台。そして、これまた分不相応な、森の中にぽつんとあったら違和感しか働かない立派な建物が一つ。
「すげぇなぁ……見るの二度目だけど」
去年――夜が一年生の時も、宿泊研修は目の前にある「これホテルじゃないの?」とツッコみたくなるような豪華な宿泊施設にて行われた。
だから、夜がこのホテルモドキを見るのは二度目ということになる。
しかしながら、夜が零したのは「すごい」というつまらないたった一言の感想。しかも、去年抱いた感想とまったく同じである。
まぁ、夜の言葉のボキャブラリーが皆無と言われればそれまでだが、同じ感想を抱いてしまうほどの建物だということである。
同じだけど面白いアニメは何度も何度も見たいと思うように。同じだけどすごいものは何度見てもすごいのだ。多分だけど、感覚的には前者も後者も同じ意味だと思う。
バスから続々と降りて来た一年生達も、口々に感想を零していく。「すごい」だとか「きれい」だとか聞こえて来るが、やっぱりみんな似たような感想である。ボキャブラリーが少ないのは夜だけじゃなくてみんな同じようだ。仲間がいて何よりである。
それはあかりも夏希も例外ではなく、瞳をキラッキラさせていた。まぁ、よくよく見ればお城に見えなくもない外見だ。女の子にとってはロマンチックそのものなのだろう。
「みんな、楽しみで仕方がないって表情だね、夜君」
後ろから声を掛けられ、振り返るとそこには慎二が立っていた。
「まぁ、こんなすごい宿泊先を目にすれば誰だってこんな反応になりますよ」
「それもそうか」
確かに、宿泊研修は高校での新生活が始まって初となる
しかし、殆どの生徒は心の底から楽しみ! というわけではないだろう。
やることといえば、登山だったりフィールドワークだったり野外炊飯だったりと、好き嫌いが別れる内容である。
登山であればアウトドア好きや元々登山が好きという人は楽しいだろうし。
フィールドワークもやっぱりアウトドア好きの人は楽しいと思うし。
野外炊飯だって料理が好きな人やキャンプが好きな人は楽しい。
つまり、どれもこれも人を選ぶ内容ばかりなのだ。特に、ゲームが好きだったりとインドア派な人にとっては苦痛でしかないだろう。
みんな、楽しみに思いつつも心のどこかでは面倒だと思ってしまう。そんな
けど、そんなちょっとした負の感情を吹き飛ばすような楽しみという感情を与えてくれるのがこの宿泊施設――旅人の宿というわけだ。
宿泊施設の名前に関しては、管理している人が某RPG好きということで、ファンタジーの世界にあるような、そんな宿屋をイメージして作ったからとかそんな話を去年聞いた。
まぁ、名前だけ聞けばなんのこっちゃと思うかもしれないが、夜や夏希のようにゲームが好きな人にとっては歓喜でしかない。
まぁ、流石にファンタジーなのは外見だけで、内装は普通の宿泊施設なのだけれど、それでも十分である。ちょっとだけでも、ファンタジーの世界にいるような気分になれるのならば。
といっても、こんな森の中にあったらファンタジー感は薄れてしまうのだけど。
「さてと、しおりに書いてある予定通りに事が運ぶのだとしたらそろそろ点呼の時間だ。橘先生と協力して頑張ってくれ給え、夜君」
「言われなくても頑張りますよ、理事長。あかりと夏希が楽しめるように……」
「その意気だ、夜君」
そう言って、慎二は踵を返した。生徒達に、並ぶように言いながら。
「さてと、俺もそろそろ行かないと……」
先生たちはすでに集まっており、生徒たちへと指示を出している。
夜がここにいるのは、何も宿泊研修に参加するためではない。一年生が、あかりと夏希が宿泊研修を楽しめるようにするためにいるのだ。といっても、夜は慎二に無理強いされただけなのだが。
でも、慎二の頼みを断らずに受け入れたのは自分だ。だから、夜は最後までやり遂げなければならない。それが、筋ってものだから。
故に、いつまでもこんなところで油を売っているわけにはいかないと、夜は一歩踏み出した。
慎二の後を追いかける夜の背中を、夏希は見つめていた。
「……さっきの、どういう意味なのかな?」
バスの中での夜の発言を、夏希は思い出す。
夜は言っていた。自分との関係を、親友以上の関係、と。
しかし、こうとも聞いている。恋人と同じくらいの関係だと。
正直、それを聞いて嬉しく思った。夜が、どれだけ自分のことを大切に思っているのかを知れて、心の底から嬉しかった。
けれど、少しだけ寂しくも思った。
もしかしたら、盟友以上の関係にはなれないんじゃないかと思って。
「……ねぇ、ナイト。僕……ずっとナイトの隣にいられるのかな……?」
盟友としてではない。
相棒としてでもない。
そんなことを思いながら、夏希は日葵の指示に従って列へと並んだ。
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