入部してもいい?
部室を後にした夜は、先程瑠璃から受け取ったノートパソコンを片手に、重たい足取りで体育館へと向かっていた。
何も、ノートパソコンが重いからという理由なんかではない。体力も筋力も高校二年生の平均に比べれば劣っているだろうが、というか劣ってるけど、流石にそこまでひ弱ではない……はずだ。
本当の理由は、体育館までの道のりが長いからだ。
ナギ高の体育館は、本校舎一階にある。というか、本校舎の一階には当然の如く玄関と購買、自動販売機と体育館くらいしかないのだ。生徒達が勉強するための教室はや教師たちの職員室は二階から四階にある。
因みに、理事長室は本校舎四階にあって、一年生は四階、二年生は三階、三年生は二階になっている。普通学年が上になるほど上の階層になるんじゃないの? と入学当時は思ったものだが、二年生になると最早どうでもよくなる。
閑話休題。
夜の所属する二次元部の部室は部室棟の四階の端の端、つまり体育館から一番かけ離れた場所にあるのだ。
まぁ、まだ良しとしよう。階段を降りて、廊下を歩くだけの“行き“だけは。
だが、“帰り”になると話は別である。廊下を歩き、階段を上らなくてはいけないのだ。四階分も、上らなければいけないのだ!
その上、全校生徒の前で、二次元部をプレゼンテーションしなければいけないのだ! 全校生徒の前で、自ら恥をさらさなくてはいけないのだ! 昨日の今日だというのに!
そう考えるだけで、憂鬱になるというのもの。ぶっちゃけ、今から逃げ出したい。
「……はぁ、めんどくせぇ……」
廊下や教室は未だに騒々しく、それだけで気が滅入ってくる。インドア派な夜としては、体育会系のノリは苦手というか嫌いなのだ。
そんな運動部員だらけの廊下を、出来るだけ邪魔にならないように端を歩いて夜は本校舎四階に。本能的に端を歩いてしまうのは、今までの人生経験がそうさせているのか……。
そうして、中央階段で一階まで降りようとしたところで、見覚えのある人物が階段付近に立っていた。
委縮してしまっているのか身体を縮こませ、スマホを手に持っていたのは夏希だった。
「夏希?」
一年生は当然の如く部活動に所属していない。故に、準備時間である今、一年生は教室待機のはずなのだが……。
「……ナイト?」
「何かあったのか?」
どうして教室にいないんだ? とは聞かない。だって、何となくだけど理由が分かるから。
周りが少しずつ打ち解けて仲良くなっていく中、夏希は一人ポツンと座っているだけ。そんなの、耐えられるわけがないから。
誰かと関わるのが怖い、だから話しかけることも出来ないし、話しかけられても上手く返すことが出来ない。だから、教室を抜け出してしまったのだろう。
その気持ちは、痛いほどわかる。夜だって、未だに教室にいたくないと思うことがあるから。
「……えっと、教室に居づらくて……」
「そっか……」
夏希の返答に、夜は何も言えない。返す言葉が見つからない。何を言っても、無責任な発言になりそうで……。
だから、夜はふと頭に思い浮かんだことを夏希に提案する。
「それなら、俺と一緒に部活動紹介手伝ってくれないか? 部長は手伝ってくれようとしないし、一人だと心細いんだよ……全校生徒の前に立つとか……」
「……部活? ナイト、部活やってるの?」
「言ってなかったか? 俺、二次元部に所属してるんだよ」
「にじげんぶ?」
聞き覚えのない部活名に、当然の如く頭に
まぁ、それもそうだろう。二次元部なんて、世界中探してもナギ高にしかないだろうから。
それに、何をする部活なのかすら見当もつかないだろう。正直、自分も初めて知った時は何その部活と思ったし。
「まぁ、その……ゲームしたりアニメ見たりラノベ読んだりする部活だな。時々創作活動も……まぁ、してるんだけど二人だから途中で終わるんだよな……」
瑠璃曰く、二次元部を設立する時に提出した書類には部活動内容に創作活動を主に云々とか書いたらしいけど、一切していないと言っても過言ではない。
とあるラノベ作品に触発されてギャルゲーを作ろうとした時もあったが、二人ともイラスト書けないじゃん……とあえなく断念した。因みに、描けないなら描けるようになればいいじゃない! なんて発想に履至らなかった。
「……それって、ナイトと一緒にゲームできる?」
「まぁ、活動内容がそれだからな……」
今思えば、よく部活動として認められたなと思うけど。
「……ね、ねぇ、ナイト。僕、入部してもいい?」
「言う必要なんてないと思うけど……当たり前だろ?」
夏希の言葉に、夜は迷う素振りなど微塵も見せず、こくりと頷いた。
そもそも、元から夏希には入部して欲しかったのだ。
夏希から入部したいと言われなくても、夜から入部して欲しいと言っていただろう。
「うん、ありがとナイト!」
入部を認めてくれたことが嬉しかったのか、満面の笑みを浮かべる夏希。
そんな夏希と一緒に、夜は体育館へと向かった。
体育館内も、廊下や教室に負けず劣らずの、否、より一層の騒々しさだった。まぁ、それもそうだろう。というか、会場が一番盛り上がっていなくてどうするというのだ。
ステージには複数のパイプ椅子と数多の楽器が整然と並び、巨大なスクリーンがぶら下がっている。どうやら、最初に紹介される部活動は吹奏楽のようだ。文科系から先に紹介していくのだろうか。
因みに、二次元部の紹介はまさかの大取り、一番最後である。
普通、その高校で一番人気な部活や実績のある部活が大取りを務めると思うのだが……。慎二が関与しているかどうかはわからないが、少なくとも二次元部に対する悪意だけは確かに感じる。
端の方には何のスポーツのかはわからないがコートの支柱やネット、ボールの入ったカゴなどが置かれてある。少しでも時間を短縮できるようにと準備されているのだろう。まぁ、今はその時間なのだし。
「……人、多いな……」
「……う、うん……」
そんな中を、夜と夏希はガクブルしながらステージ横にあるちょっとした小部屋へと移動。人が多い場所は少し苦手なのだ。
ノートパソコンを近くにあった机の上に置き、夜はその場に座り込んだ。夏希も夜の隣にちょこんと座る。
「はぁ、疲れた……」
たかがノートパソコンを持ち歩いただけで? と思うかもしれないが、何も疲れる原因は肉体的疲労だけではない。精神的疲労だってあるのだ。というか、夜の場合、主に後者の方が多い。
「ねぇ、ナイト。僕達、教室に帰らなくていいの?」
「ん? 部活動紹介をする生徒はそれぞれの待機場所にって話だから帰らなくていいんじゃないか? でも、夏希の場合はどうなんだろうな……」
今回の部活動紹介は、いわば新入生である夏希達のために行われるイベントだ。他の一年生同様、一緒に部活動紹介を見聞きしなければいけないとは思うが……。
「まぁ、いいんじゃないか? どうせ部活なんて興味ないし」
「それもそっか」
極力誰とも関わりたくない二人は、中学時代ともに帰宅部だった。夜だって、二次元部に、瑠璃に出会っていなければ帰宅部のままだっただろう。他の部活に興味がないのは変わらないが。
「だったらゲームしようよ、ナイト」
「そうだな、やることもないし周回するとしますか」
そう言って、夜と夏希はスマホを取り出しSaMを起動。
運動部員の騒がしい声、吹奏楽部のリハーサル演奏、そして聞き慣れたゲーム音楽をBGMに、夜と夏希は画面に指を走らせた。
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