第2話 コンビニエンスストアー 後編

 僕らの間に滑り込んできたのは、トイレでトグロ兄弟と死闘を繰り広げているはずの長ピーでは無く、勿論ちょっと頼りなげな店員さんでも無い。


 そう、強面の若干なにかキマってそうな細眼鏡の兄ちゃんだった。

 コイツ首に太いゴールドのネックレスしたら完璧チンのピラですよねって容姿をしていた。

 おもむろに僕が読んでいた雑誌と同じ物を取り上げたソイツは雑誌を開き読み始めた。

 なんだコイツも立ち読み仲間だったのか。

 そう思いチラリと強面兄ちゃんの方を見ると、なんと奴もこっちを見ていた。

 細眼鏡の向こう側の細い瞳が僕を捉えている。

 奇しくもまた眼が合ってしまった僕は慌てて雑誌の方に視線を戻す。

 

 それにしてもコイツ、病的に肌が白い。

 普通、色白は七難隠すとか言うけど、強面兄さんの場合、その白さと容姿が相俟って猟奇的な何かを醸し出している。

 なんかそんな事をふと思ってしまった。

 今思うとこれは僕の生存本能が呼びかける直感的な何かだったんだと思う。


 手にした漫画に意識を戻すと途中まで読んでた話しを思い出すべく一ページ前に戻って僕はまた漫画を読み始めた。

 何時も僕が読んでる三つの漫画を読み終え、平積みされてる所に雑誌を戻す。


 長ピーおせーなーと思いながら顔を上げたその時だった。


「・・・・・・・・」


 隣で同じ雑誌を読んでるあのヤバい強面色白兄ちゃんがまた俺を視ているんだ。

 しかも。

 しかもだ。

 ソイツの顔の前1センチの所で雑誌が開かれており、顔はこっちを向いている。

 しかもその向き方が気持ち悪い。

 頭を前に30度ぐらい傾けた状態で、綺麗に90度顔はこっちを見ている。

 そして細眼鏡の奥の目は大きく見開かれ、その瞳は僕を捉えて放さない。


 ――――ぞくり


 自然と背筋が震えた。

 間違いなく強面色白兄ちゃんは、雑誌を読んでいなかった。

 さらに、どう説明したら伝わるか分からないけど、この強面色白兄ちゃんは手に持つ雑誌でひろし側に自分の顔を見えないようにして僕の方を向いていた。


 よく分からなかった人は自分の左手の手のひらを上に向けて、そこに90度、要するに縦にした右手を左手の右側において欲しい。

 そして頭を前に傾け自分の左側を見て、ドッキングした両手をそのまま自分の顔1センチの所で止めて左側を向いて下さい。

 この時、右手は後頭部側を隠すような感じで持って行くとグッドです。

 

 奴の細眼鏡の向こう側に更に細められた瞳が僕を覗いてくる。

 人間って未知の恐怖に出会うと意外と無口になるんですよね。

 僕は声を上げるでも無く取り敢えずその場を移動する事に決めた。

 要するに強面色白兄ちゃんの視線から逃げたのである。

 正直ちょっと気持ち悪くなった僕は、奴の右側に居るひろしの隣に行き、ひろしに小声で声を掛ける。


「ひろしひろし、ちょっとなんか隣の奴やべーよ」

「え、何が?」


 ヤング○○でちょっといやらしい漫画を読んでたひろしは、すこし鬱陶しそうに普通に返事してきた。

 しかもその声がデカい。

 隣に奴はいるんだから気付よ!

 

「声でけーよ」


 僕は人差し指を自身の唇に当てながら静かにしろと、ひろしにジェスチャーで伝える。


「ん?」


 なんだかよく分からない様な顔を僕に向けるひろしの向こう側には、さっきと真反対のポーズでこっちを見ているアイツがいた。


「んん~」


 思わず声にならない声を上げそうになった僕は、ひろしを置いて店内を出た。

 あれはヤバい。

 なんかヤバい。

 なんで瞬きしてないの?

 もしかして霊的な何かなのか?

 だから白いのか?

 もしかしたら僕にしか見えていない系じゃないのか??

 そう思いそっと硝子越しに外からブックコーナーを覗くと普通に立ち読みしているアイツが居た。

 どうやら霊では無いらしい。

 ちょっとほっとした。


「―――よかったぁああ」

「いや、何が?」


 いつの間にかトグロ弟とご対面を果たしたであろう長ピーが喫煙コーナーで煙草を美味そうに吸っていた。

 僕も心を落ち着かせるためにちょっと一服しよう。

 そう思いマルメンに火を付ける。

 喉を通るハッカの香りが僕の心を落ち着かせる。


「ふぁ~・・・・何が?じゃねーわ、はよ帰ろ。っていつの間に終わってたのよ」

「え、結構前よ」

「声掛けろよ~もう~~~」

「なんか二人とも真剣に雑誌見てたから良いかなーって思って」

「良くないわ、取敢えず帰ろうこの店ヤバいよ」


 長ピーと話している所に「おいおい、置いてかないでよ」と言いながらひろしも後を追う様に店内から出てきた。


「なんかあったん?」


 慌てて僕がローソンを出たことをちょっと不審に思ったんだろう。

 ひろしが聞いて来た。


「もう一人客おったやろ?ほそ~い兄ちゃん」

「ん、ああスエット履いた兄ちゃんな」

「アイツなんかやばいんよ~、めっちゃこっち見て来よるし、何よりなんかキモい」

「お兄さんあれや、前々からおもとってんけど、結構がっしりしてるからあっち系の人に人気ありそうやん、あのスエットの兄ちゃんそっち系なんちゅうの?」

「いやいや、ありえんマジキモいって」


 

 そんなとりとめの無いことを話し火の付いたマルメンの煙を吸い込む。

 ふわ~。

 肺にため込んだ煙を吐き出す。

 ちょっと落ち着いた。

 よし帰ろう。


「帰ろか~」


 そう僕が声を掛けると、長ピーは店内に入っていく。


「あ、ちょっと飲み物買ってくるわ」

「あ、俺カフェオレ」

「ブラックで」

「はいはい」


 苦笑しながら長ピーは再びローソンに入っていく。

 もう俺にはこのローソン、いや魔窟に再び入る勇気は無いわ。

 一応長ピーは年上だけあってかこう言うやっすい物とかはほとんど奢ってくれる。

 長ピー兄さん、あざーす。


「車のっとこか」

「ああ」


 僕らは車に乗って長ピー兄さんを待つことにした。

 それが悪夢の始まりになるとは誰も知らずに。


 僕がキーレスのスイッチを押すとぴっぴと電子音を鳴らしながらワゴンRが出迎えてくれる。

 車に乗ると向かいにはアイツが立っていて、さっきと同じように雑誌を読んでいた。

 あの気持ち悪いぐらい雑誌を顔に近づけて読むスタイルでは無く普通に立ち読みしていた。

 アレはきっと僕が見た白昼夢だったんだ。

 僕はそう思うことにした。

 僕は車に鍵を刺してエンジンを掛けた。

 軽四ならではの軽く小気味良いエンジン音が鳴る。

 その時だった。


「お、おい・・・・前」


 助手席に座るひろしがちょっと狼狽えた声で僕に声を掛ける。

 丁度僕は車内の音楽を換えようと思い車載のMDを入れ替えていた時だった。


「ん?」


 ひろしの声に促されるように顔を上げると丁度真ん前のブックコーナーにアイツが立ってこっちを見ていた。

 手に持っていた雑誌は既になく、ただ静かにこちらを視ている。

 ほんの数秒だった思う。

 アイツと僕の視線が絡まったのは。


 するとおもむろにアイツはトレードマークの細眼鏡を外したんだ。

 

 「ん?」


 アイツは僕の視線を浴びてるのを意識しているのか、ゆっくりと外した眼鏡を自身の眼の高さまで持ってくると、さらにゆっくりとした動作で眼鏡の耳掛けの片方を畳んだ。


 「何してるん?あれ?」

 「いやわからん」


 ひろしが聞いてくるが俺にもよく分からない。

 ただアイツは非常に緩慢な動作で畳んだ耳掛けの方を指で摘まみ自身の顔の前で高く持ち上げた。

 高く持ち上げられた眼鏡。

 アイツは眼鏡が無くてもそこそこ眼が見えるのかこっちをしっかり見ながら眼鏡をゆっくりと降ろしていく。

 何がしたいねん。

 そう思っていた。

 ただ何故かアイツの動作から眼が離せなかった。

 ふと、アイツの視線が僕から外れる。

 突然アイツは自分の眼鏡の畳んでいない方の耳掛けを舐め上げた。


 れろ。


 アイツが自分の眼鏡の耳掛けを舌を出してゆっくりとゆっくりと舐め上げた。

 ゆっくりゆっくり丁寧に。

 そうまるで、眼鏡の耳掛けが男性のシンボルであるかのように。


「うわ、何アレきもっ」

「うわ~~」


 れろ、れろ、れろ、れろ、れろ、れろ、れろ、れろ。


 舐め上げる音が今にも聞こえてきそうで本当に気持ち悪い。

 コンビニのブックコーナーで眼鏡をしゃぶる。

 その情景の一種異様さに背筋が震える。

 そしてあまりの怖気さに身を捩ってしまう。

 アイツはそれに気を良くしたのか、耳掛けを口に含むとゆーーーーっくりディープに口に含んでいく。

 そして両手で眼鏡を包み込むと超高速で動き出した。


 れろれろれろれろれろれろれろれろれろれろれろれろれろれろれろれろれろれろれろれろれろれろれろれろじゅぽっ、れろれろれろれろれろれろれろれろれろれろれろれろれろれろれろれろれろれろれろれろれろれろれろれろれろれろれろれろれろれろれろれろれろれろれろれろれろれろれろれろれろれろれろれろれろれろれろれろじゅぽん。


「うはーーーーーーーーーーーー」

「ぎゃーーーーーーーーー」


 僕達は車内で悲鳴を挙げた。

 車内で窓も閉めていたから良かった物の窓開けていたら近所の人が何事かと出てくるレベルの悲鳴だった。

 アイツは続け様に僕らの目の前でその唾液で濡れそぼった耳掛けをTシャツの胸元に掛けた。

 そして両手をこっちに突き出した。

 開かれた手のひらはこちらを向いており両手が同時に小指から順番に艶めかしく折り畳まれていく。


 この時アイツの口は間違いなく「カモン」って言っていた。

 僕の背筋が凍える。

 僕は再び悲鳴を挙げた。


「ひゃぁーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!」


 その瞬間後ろのドアが突如開いた。


「「うはーーーーーーーーーーー!!!!!」」


 その音にどきっとした、僕とひろしは三度悲鳴を挙げた。


「うわ!?どないしたん?」


ドアを開けたのは買い物袋をぶら下げた長ピー兄さんだった。







 あの夜僕は夢でアイツに再び出会ったしまった。

 夢の中のアイツは電柱の陰に隠れていて、時たま電柱から顔を出しては眼鏡をぺろぺろしていた。

 当時彼女も居なくて確かに欲求不満気味だった。

 だけどだからって流石に男に行く程落ちちゃ居ない。

 それは夢の中だって同じだ。

 だけどこの夢を視て起きた朝、マイジュニアが起きていたのはひろしと長ピーには言って無い。


                      おしまい

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ある夏の日のコンビニエンスストア 黄金ばっど @ougonbad

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