第19話 72階層ー3

「フレア君、この子たちを連れて、シェルターに行ってみよう。ボク達が話せば入れてもらえるかもしれないよ!」




 シェルターに向かう途中で、ルーラは何度もフレアに言い聞かせていた。決して、感情的になってはいけないと。正義感が強く、曲がった事が許せないと知っているから、言わずにはいられない。


 そして、6人の子供を連れた二人は、シェルターが存在する公園の入り口に辿り着く。そこには、バリケードが設置されており、その奥には軍服を着た、兵士が20名、銃を構えて立っていた。二人は、本でこの世界の軍人の姿も、銃と言う武器の存在も知っている。




 兵士が銃を向けながら叫ぶ「お前達、そこで止まれ!! 何をしに来た!!」


 それに対して、フレアが感情を押し殺して答える。怒鳴りつけたい衝動を必死に抑えながら。


「……わからないか? シェルターに避難しに来た。もちろん通してくれるんだろ?」


 兵士は、相変わらず銃を向けたまま、嫌になるほど予想通りの言葉が返してよこす。兵士の中には、ニタニタと笑みを浮かべる者までいる始末だ。


「感染している可能性のある物を通すわけにはいかない!! すぐに立ち去れ!!」


「そんなの確認すれば良いだけだろ? 幾らでも確認してもらって構わんぞ」


 一応そう言ったフレアだが、次の答えも予想していた。そして、そのままの答えが返る。


「確認中に噛まれたら事だからな、諦めてもらおうか!!」


 フレアの奥歯がギリッと音を立てる。もう限界は近かった。足を前に出そうとするのと同時に、ルーラが声を上げる。


「じゃあ、これならどうだい?」そう言って、ルーラは、ポケットから一握りの黄金を取り出した。キラキラと陽光を反射する貴金属を兵士にかざす。


「ふんっ! そんな物が今更何の役に立つ! 分かりやすく言ってやる! これ以上人が増えると俺達の食うもんがなくなるんだ! 十分な量の食料を持ってきたら考えてやる!!」


 フレアは耐えた。許せない、許せないが、わかってしまう。誰も生きるために必死なのだ。少しでも食料を節約し、避難済みの人たちの命を長引かせる。それも、間違いではない。……決して、認めたくはないが。


 ルーラが「約束だよ!!」と叫んだのを最後に、一行は逆方向へ歩き出した。




 シェルターから離れた後、損傷の少ないビルを探して、その一室にバリケードを作っていた。高さは5階。ここなら窓からは侵入されない。そして、子供に気付かれないように魔法のポケットから食料を取り出して配り与える。


「いいかい? 絶対にここから出ちゃダメだからね? すぐに迎えに来るから良い子にしてるんだよ!」


「まってるけど、お兄ちゃんとお姉ちゃんは、どこからでるの?」


 聞かれて当然だった。ドアの前には必要以上に重量物が積み上げられていて、出られる状態ではない。心配するまでも無く子供たちでは、早々出られない。


「プロボクサーには、5階から飛び降りられないと、なる事が出来ないんだ! でも、絶対に真似するんじゃないぞ!!」


 フレアは、それだけ言い残すと、ルーラを背負ったまま、窓から飛び降りる。バリケードを作るうちに随分時間が経っていたようで、辺りは綺麗な茜色に染まっていた。




 この夜、二人は不眠不休で走り回った。手あたり次第に店に入っては、残された食料をかき集める。入り口が倒壊して、人々が入り込めなかった食料品店には、大量の在庫が保管されていた。他にも衣料品、医薬品など使えそうなものは、何でも集めた。


 しかし、集めるだけではだめなのだ。その後は、街の中を徘徊して、まだ動きそうなトラックを探し出す。この魔法の無い世界で、魔法のポケットを見せると、混乱を招きかねない。――なお、せっかく見つけたトラックを、フレアが一台ダメにしたらしいが、その話は省略させてもらう。




 翌日の正午には、準備が整った。だが二人には確認しておかなくてはならない事がある。シェルターに近付き、兵士を遠くから眺める。


「どうだ? いるか」「今はダメだね。クリエが居る」


 クリエに下手に干渉すると、世界が崩壊しかねない。結局、シェルターに向かうことが出来たのは、その翌日だった。




 フレアの運転するトラックが、シェルターの入り口に差し掛かろうとしてる。兵士が銃を構えて運転席に向けたのを確認した直後、トラックを止めて車外へでた。ちなみに子供たちは、物資と一緒に荷台に乗せている。


 兵士を代表して話すのは、初日に話した男だった。


「キサマらか。もしかして、本当に食料を持ってきたのか?」


「当然さ! ボクは、約束は守る女なんだよ! さあ、確認してよ!」


 ルーラが話したのと同時に、フレアは荷台の扉を開く。中には、二人が必死で集めた物資と、外の景色を眩しそうに見つめる子供たちの姿があった。


 トラックの荷台を確認した兵士が、感嘆の声を上げた。


「……おお、随分集めてきたな。こりゃいい」兵士は、仲間の一人を指さしながら「おまえ! これを軍の宿舎に運び込め!! おい! 荷台のガキどもは、さっさと降りろ!!」


 指示された兵士は運転席に向かい、他の兵士は、黒光りする銃口をフレアに向けている。


 不気味なほど無表情のフレアが一歩前に出た。――それをルーラは止めなかった。


「これは、そういう事だと、判断して良いんだな?」


「これじゃ、ガキ一人分だ! これの7倍集めて来い。そうしたら考えてやらんでもない」




 フレアは、無言で話していた兵士の顔面を鷲掴みにした。


「クッ、あ、あ……あ……あ……」ギシギシと兵士の骨が軋む男が響く、掴まれた兵士は必死で銃を構えて――その時、フレアが小さく呟く「完全障壁」――引き金が引き絞られる。


 ダダダダダダダッと軽快な発砲音が辺りに響く。それが4秒ほど続いただろうか。その後響くのは、兵士が上げる苦痛の声と。弾倉が空になったにも関わらず、必死にトリガーを引く微かな音だけだった。


「ぼ、防弾チョッキ……なのか……」「いや……足にも……当たってたぞ……」


 弾丸は全て潰れて、フレアの足元に落ちていた。その異常な光景を目にした兵士たちは、唖然として、銃を撃つことを完全に忘れている。


 ついに、ゴキゴキッっと、頬骨が砕ける音が響き、兵士の顔が変形してしまう。フレアは、兵士を放り投げた。まるで、子供が飽きたおもちゃを放り投げるかのように。


 その光景に残りの兵士達も我に返る「う、撃て! 全員撃て!!!!」


「デュアルブースト」


 フレアのデュアルブーストは、15秒間、耐久力も増加する。しかし、過信はしない。万が一、予想が外れて、弾丸が貫通しても問題ないように、フレアの左手は時間遡行のサインを作っている。


 兵士が一斉に放つ弾丸がフレアに降り注ぐ。躱す事は容易かったが、あえてそれをしなかった。当たらないから倒せないと認識させるより、当たっても倒せないと認識させた方が、心を折りやすい。


 5秒後、声も通らぬほど大音響で鳴り響いていた銃声がパタリと止んだ。


「……おい、なんだよコイツは! なんなんだよコイツはぁぁぁぁ!!」


「少し、警戒しすぎたか…………」


 肌の少し上に張られる絶対障壁と違って、弾丸が体にぶつかるので、少々の痛みは感じるが、一発として皮膚を貫いた弾丸はなかった。


 引き金を引き続けた自動小銃は5秒もせずに弾丸を吐きつくす。対してフレアのデュアルブーストは、まだ10秒も残っている。




 残り時間を使い、フレアは兵士たちに詰め寄った。一人目に接近した時点で、誰一人として反応出来た者はいない。――1人ずつ壊れ物を扱うように優しく叩いて行く。優しくと言っても、デュアルブースト中のフレア基準だが。


 ……このあいだのゾンビが良い練習台になったな。


 そうフレアが考えているうちに、バタバタと音を立てながら、兵士全員が地に伏した。それを確認したフレアが向かうのは頬骨を破壊した兵士の元だ。


 倒れた兵士の襟首をつかんで、上体を起こした後、凍えるような視線で、問いかける。


「さっきのは間違いだよな? 答えによっては、今日がお前の最終回になる」


「は…………あ………………あぁ……………」


 歯が噛み合わず、まともに話せない兵士は、苦痛と恐怖で歪んだ顔で、必死に頷いた。それを見ていたルーラが、ここだとばかりに、頷いた後、走り寄って来た。




「フレア君、お疲れさま」そう言った後、虚空に手をかざして、ペットボトルを取り出してから続ける「これ飲んでよ? 喉乾いたよね」


 ……る、ルーラ!! 何をやってるんだ!! 見られたらどうする。っていうか見られたぞ!!


 フレアが襟首を掴む兵士の顔に、恐怖と苦痛以外に、驚愕が混ざった。そんなフレアの心配など、お構いなしにルーラが兵士に話しかける。


「君にも問題は有ったけど、こっちも、少しやり過ぎたね。特別に神の力で治してあげるよ――――ヒール!!」


 ルーラが、またしても神を僭称しながら回復魔法を唱えた。手から降り注ぐ光が兵士の骨を繋ぎ痛みを取り払っていく。既に兵士の表情はぐちゃぐちゃで、見ただけでは、感情が読み取れない。いや、もしかすると本人でも、わからないのかもしれない。


 ここは、魔法の無い世界。ゾンビが居る以外は、異能の欠片すら存在しない。自らの骨を接いだ、その力を、神の御業と言われても否定できない。いや、神の御業と言ってくれた方が、むしろ納得できる。


「……あっ………………あぁ……あり……がとう……ございます……」


 何を言っていいか分からなかった兵士が、考えあぐねた末言った言葉は、お礼だった。それを聞いたルーラは満足げに、もう一本のペットボトルを取り出すと、兵士の手に握らせながら、話し始める。


「それじゃ、通してもらうよ。ボク達は、中の様子を一通り確認したら神の国に戻る。……でもね? もし、ボクの連れてきた子供たちに手をだしたら、その時は分かっているね?」


 兵士は、姿勢を正して、敬礼しながらルーラに答える。その姿に、最初に会った時の不敵な態度など見る影も無かった。


「……は、はい! 決して害する事は致しません。命を掛けてもお守りすると誓います!!」


「よし、いい返事だ。……それじゃ、行こうかフレア君!!」


 立ち上がってトラックに向かうルーラに、兵士が問いかける。


「……神よ。お名前をお伺いしても、よろしいですか?」


「ボクかい? ボクの名前は、アスティネスさ!!」


 フレアとルーラは、荷台の子供たちを一人ずつ抱いて地面に降ろした後、8人並んで、シェルターの入り口を潜っていった。




 シェルター内に、無事入り込む事に成功したフレアとルーラは、すぐに子供たちの親と、面倒を見てくれる人を探し歩いた。それが終わった後は、皆が寝静まり、人気が無くなるのを待っている。


 その理由は、ゲートの位置があまりに目立つ場所だったからだ。万が一クリエに見られて、おかしな行動をとられると、二人が去った後の72階層が崩壊しかねない。


 ――――やがて、人影が無くなり、それを確認したフレアが声を上げた。


「そろそろ行くか? アスティネス」「そうだね、ダグース君」


 二人は、広い通路の真ん中に立った。ルーラが指にはめた指輪を額に当てて、ゲートを開く準備を始める。




 指輪から光が溢れ始めた頃、二人に駆け寄る影があった。それは、幼い少女、助けた子供の一人だった。


「まいったな」とフレアが小声で言うと、目を開いたルーラが、少女を見て、笑みを浮かべながら「仕方ないね」と答える。


「おトイレ行こうと思ったら、光ってるから、はしってきたの! お姉ちゃんって本当に神様だったの?」


 少女はトラックの中で、神の話を聞いていたようで、そう問いかけてきた。ルーラは、空いている左手で子供の頭を撫でながら答える。


「あらら、見られちゃったね。ボク達は、これから神の国に帰るんだ。みんなには秘密だよ?」


「うん! わかった! お姉ちゃん、お兄ちゃん。……本当に、ありがとう」


 ルーラは、少女の頭から手を放して、その手を宙に掲げると、魔法のポケットからウサギのぬいぐるみを取り出した。――それを少女に手渡す。


「これは、お守りだよ。……元気でね……」


 そう言い終わった時、指輪の光が二人を包み球体になる。薄暗かったシェルター内が、ぼんやりと明るくなる。――――光が、おさまった時、ウサギのぬいぐるみを抱いた少女が、1人、たたずんでいた。



 こうして二人は、72階層を抜けて、新しい物語のページを開いた。

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物語世界の階層を上る脇役達の物語 ~異世界、恋愛、SF、ホラー、全ての物語を駆け上がれ~ 那萌奈 紀人 @namona

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