第1話 再開

俺、岩瀬春いわせはるは県立の高校に通い、そして読書部という活動目的がはっきりしていない、謎の部活に所属している。

 いやまぁ、『読書部』という名前だけで部の目的を推測するのならば、文学小説などを読み漁るというのが一般的な解釈なのだろうが、実際のところ何もしていない。

 現役で読書部に所属している俺が言うのだから間違いない。

 俺が読書部に入ったことを両親に話した時には『え? 家でも読書はできるじゃん。なんで部にする必要あんの?」と言われた。まったくもって俺もそう思う。

 たった一言で部の存在理由を全否定できるという部も中々珍しいのではないだろうかと思う今日この頃。

 読書部の部室は校舎4階、東側の一番端っこにある社会化講義室である。

 校門から一番遠いこの部屋は誰も近寄らず、人気は全くない。

 なんなら、クラス全員に聞いても、2人か3人しか知らないレベル。

 マジ秘境。

「きゃはははは! まじウケるんだけど! ヒグっ……ヒグ」

 そんな辺々の地に、一つの笑い声が響く。

「相変わらず、笑い方気持ち悪いな。お前」

「う、うるさい!」

 この現役女子高校生とは思えない下品な笑い方をするこいつは茂庭凛もにわりん

 俺の幼馴染だ。

「たしかに。凛の笑い方は面白い。ゆえに、釣られて笑ってしまうことも多々あるが。春……そのエピソードは、凛の笑い声無くとも十分に面白いな」

 おもしろい、そう言葉に表しているも一切表情に現れていない。そんなポーカーフェイスのこいつは田村樹たむらいつき

 こいつも俺の幼馴染だ。

「仕方ねぇだろうが。その時は本気でその子の傘だと思ったんだから」

 俺は昨日あった『傘忘れてますよ』事件の詳細を一通り話した。 

 結果大爆笑の渦である。

 話さなきゃよかった……。

「いやいや、昨日は雲一つない晴天だったじゃん。その子どころか電車の中にいた人達全員、傘なんて持ってなかったでしょ?」

 凛が小さい子に問いかける様に話す。めっちゃ小馬鹿にしてくるなこいつ……。

「いやだから、寝起きだったんだって。間違っても仕方ないだろぅ……」

 頑張って昨日の俺をフォローするものの、段々語尾が小さくなっていく。

「いや普通間違わないって!」

 きゃははと手を左右に振り、腹を抱えて笑っている。

 そんなに面白いか? そうか、将来は芸人でもなろうかな。

「だが、そうなると。その傘の持ち主が気にならないか?」

 樹が眼鏡をクイっとあげる。夕暮の日差しに眼鏡が反射し、樹の目を隠す。

「たしかに! 朝のニュースでも降水確率は0%って言ってたし!」

 凛も賛同する。

 確かに、なぜあそこに傘が立てかけてあったのだろうか。謎である。 

 だが、そんなのは過ぎたことだ。昨日のことなどすぐにでも忘れたい。

「どうでもいいだろ、そんなこと。俺にとっちゃ、また一つ黒歴史が加算されてしまったんだ。ほっといてくれ」

 だが、そう言って黙るような奴らじゃないことは俺が一番わかっている。

 さっきも言ったが、こいつらとは幼馴染。幼少期から事あるごとにからかわれている。

 なんどか反抗してみるものの、たいていの場合俺が何かやらかしたことなので結果、より俺がからかわれることになる。

 つまり、この状況をいち早く切り上げる方法はただ一つ。

 潔く見とめ、そしていち早くこの場を去ることだ。

 逃げるは恥だが何とやらだ。

「今日はもういいだろ。部活終わろうぜ」

「えー、もっと話聞かせてよ春ー」

「そうだぞ、たった今始まったばかりじゃないか。もっと春の武勇伝を聞かせてくれよー」

 ……ったく、こいつら……。

 机の下で強く握りこぶしを作る。なんならこいつらを殴って気絶させたうちに帰ろうかと思ったほどである。いやまぁやらんけど。

「いいか? 人間失敗の1つや2つ……誰にでもあるだろ? それをわざわざ掘り返して責め立てる事じゃないだろ」

 駄菓子屋にいるおばあちゃんのように、優しく説得した。

「春の場合すでに数えきれないほどの失敗を犯してるよねー」

「そうだな、それは俺たちが一番わかってる」

 凛と樹が息を合わせてうなずく。

 こりゃだめだ、もう勝手に帰ろう。

 そう決心し、椅子の下に立て掛けておいたリュックサックを背負い、一人ドアへと向かう。

「えーホントに帰るのー!?」

 凛がブーと口を尖らしている。顔立ちは良い方なので、客観的に見れば可愛いと思うこともできるのだが、こいつの本性を知っている以上、その感情は到底湧き上がらない。

「ちっとも可愛くねぇぞー凛」

 少しもの反抗程度に声を掛ける。

「別に、春に可愛いなんて思ってほしいなんて、これっぽっちも思ってないしーだ!」

 おっと、効果はいまいちどころか効いていないようだ。

「本当に帰るのか? 春」

 樹は腕を胸に組み、視線はこちらに向けず眼鏡をクイと上げる。

「なんだよ。樹」

「今帰るとなると。無断欠席として顧問の先生に報告するぞ? それが嫌なら今すぐ席に戻り、話を続けるのだ」

 いやだから。もう全部話ったって……。これはあれですね、もはやイジメの領域に入ってますね。こっちだって先生に言っちゃうぞ! 

「顧問って……別に、加藤先生だっけ? あの人一度も部活に顔出してないじゃん。チクられたってこれっぽちも怖くないね」

 この部には一応顧問は存在しているのだが、俺たちが入部してから一度も顔を合わせていない。

 俺たちが入部した時は先輩は一人も入っておらず。最初から俺たち3人の雑談場と化してしまった。

「フフ、痛いとこをついてくるじゃないか春。いいだろう、まずは和解しよう。そして、これからより深い友好関係を深めていこうじゃないか!」

「いやいいです」

 即答し、俺はドアの引き戸に手をかける。

 その時だった、俺の意図とは違うタイミングてドアが開けれる。

「あのー……ここって読書部です……ってうわぁ!」

「おぉ……びっくりした……」

 艶やかな黒髪が肩まで伸び、それに続くかのように黒い瞳。目鼻は整っていて美少女と呼ぶに相応しい顔立ちだった。学校指定の制服を模範どうりの着こなし、まさに清楚と呼べる優等生風の女子生徒が、目の前にで腰を抜かし床に座り込んでしまった。

「あぁ、すいません。大丈夫ですか…………あ」

 手をさし伸ばし、女子生徒の安否を心配するあたり俺マジ紳士。

 だがそう愉悦に浸っていられたのも、わずか一瞬だった。

「すみません、大丈夫です……」 

 ここで俺の脳内に稲妻が走り、昨日の出来事がフラッシュバックする。

 目の前にいるこの女子生徒は、昨日俺が恥ずかしい思いをした一連の事件に関連する、女子生徒だった。

 俺は頭が真っ白になり、しばらく動くことができなかった。

 それを訝しの表所で見つめる、凛と樹。

 女子生徒の方も状況を察したらしく、ゆっくりと口を開いた。

「……ぁ、……昨日は…………どうも」

 その少女の顔は、どことなく気まづそうだった。

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されど青春は放課後に 朔立 @koyoizakura

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