29.怪談高校生
まるで子供の様になってしまったさゆりを、私は家で面倒を見ている。
さゆりの家の人には私から言っていて、色々なバックアップをしてもらっていた。
「おかあさんは、いつおむかえしてくれるのかな。おねえちゃんはしってる?」
「もうすぐだよ。」
子供の様に話しかけてくるさゆりと話していると、何だか色々な事を思う。
さゆりのお母さんが死んだ日の事。
それからの彼女の荒れた様子。
後は、怪談なんかを収集するようになった理由。
あの日、あの時、私は彼女を止めるべきだったのだろう。
今更後悔しても遅いのだが。
でもそうしないと、さゆりが壊れてしまう気がしたのだ。
目を閉じれば今も思い出す、線香の香りとボロボロに泣いているさゆりの顔を。
さゆりのお母さんの遺影を前にして、彼女は無表情に座っていた。
私はその手を握り、なんと声をかけたらいいものかと戸惑っていた。
通夜も葬式も終わって、火葬されたさゆりのお母さんは、抱えられるほどのツボに入っている。
それを見ると、妙な感情が沸き起こって、手を握る力が自然と込められた。
多分痛いぐらいになっているはずなのに、それでもさゆりは何も言わない。
私だってさゆりのお母さんが死んでしまったことに、少なからずショックを受けていた。
だから余計に言葉が出てこず、どうしようもなく居心地の悪い空気が、私達の間に流れていた。
「ねえ。」
それを破ったのは、どこか遠くを見ているさゆりだった。
「ど、どうしたの?」
私は急に話しかけられて、声が裏返ってしまう。
しかし気にせず、さゆりはまだ遠くを眺めたまま話を続ける。
「理名はフーディーニって知ってる?」
「ふーでぃーに?」
私はさゆりの言った言葉の意味がわからなくて、カタコトで言い返しながら首をかしげた。
それは何なのだろうか?
私には全く分からなかった。
さゆりもそれが通じたのか、少しだけ笑う。
「フーディーニ。今でもアメリカで最も有名な奇術師よ。脱出王という異名を持っていたし、あとはインチキな霊能力者を暴くサイキックハンターでもあったの。」
彼女は何かを視線で追った。
私も見てみたのだが、特に何も無い。
きっと特に意味は無い動きだったのだろう、私はそう思う事にした。
「その人がどうしたの?」
「フーディーニが、何で霊能力者のインチキを暴くことになったのかっていうとね。本物の霊能力者を通じて、死んだ最愛の母親と交信したかったからなの。」
瞳の焦点が定まらないさゆり。
私は背筋が寒くなりながら、彼女に話しかけた。
「そうなんだ。」
「まあ結局、彼は本物には会えなかったんだけどね。……私は違うわ。本物を捕まえてみせる。」
その表情に、何も言えなかった。
そして私は嫌々ながらも、彼女に付き合うことになったのだ。
怪談を集め始めるようになって、さゆりは見違えるほど元気になった。
しかし彼女のお母さんにコンタクトを取れるような、そんな怪談には出会えないでいた。
そのせいで、さゆりがイライラし始めていたのは分かっていた。
ただ私にはどうする事も出来なくて、ただ見守るしかなかった。
その結果が、今の状態だ。
私は本を読んでいるさゆりを見ながら、そっとため息をついた。
少し思ってしまうのだ。
さゆりはこのままの方が、幸せなんじゃないかと。
それでも元に戻さないと、誰が彼女の面倒を見るのだ。
私は本に集中しているさゆりの脇に座り、ゆっくりと話しかけた。
「さゆり。」
「なあに?」
純粋な目を向けてくる彼女の頭を撫でて、私は言いたくはないが、その言葉を口にした。
「あなたのお母さんは死んだのよ。」
「おねえちゃん。なにいってるの?おかあさんは、死んでなんかないよ?」
「思い出しなさい。死んだでしょ。あなたは何のために、今までやってきたのか忘れたの?」
「おねえちゃんこわいよ。」
私は彼女の肩に手を置いて、目線を合わせながら言う。
さゆりは目を潤ませ怯えているが、私は話しかけるのを止めない。
「死んだのよ。だからあなたは怪談を集め始めた。そうでしょう?」
「いたい、あたま、いたい。あ、ああ、あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」
尚も続けていると、さゆりは頭を抱え始めた。
そして、ついに絶叫する。
私は彼女を抱きしめ、何とか落ち着かせようと背中を叩く。
そして、気が付けばさゆりの体から力が抜けていて、どうやら気絶してしまったようだ。
私は手際よく彼女をベッドへと運ぶと、タオルケットをかけた。
彼女の顔はとても綺麗で、まるで人形の様だった。
それを見続けながら、私は今度は大きく息を吐く。
いつまで、こんな事を続けるのだろうか。
こんな風にさゆりがなったのは、何度目なのか。
たぶん次に目を覚ましたさゆりは、いつも通りに戻っていて、今までの事を忘れてしまっているはずだ。
そして私に話しかけてくる。
「面白い怪談を見つけたのだけど、どうかしら?」
私はそれに、いつもの様に答えなくてはならない。
「また、変な話を見つけてきたの?」
これは罰なのだ。
彼女をあの時、止められなかった私に対する罰。
それでも、私はこれからも同じことを続けるだろう。
いつか、さゆりが元に戻ってくる事を願いながら。
怪談高校生 瀬川 @segawa08
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