28.お母さん




 さゆりが、また消えた。

 今度は、とても焦った顔のスーツ姿の人が来て、私はそれがこの前とは違う事を察した。


 とうとうこの日が来てしまったか。

 予想していたよりも、随分と早かった。


 私は恐れていた事態に、頭が痛む。



 たぶん、どこにいるのかは本人以外に分からない。

 前とは違って、ヒントになるようなものも残していないだろう。

 普通だったら諦めてしまう。


 しかし私は違う。

 前からこうなるとは予想していたのだ。


 だからすでに、さゆりがどこに行こうと分かるように手配済みだった。

 それは絶対に他の人には教えられない。

 たぶん知られたくないはずだ。


 私は、少し前に勝手にさゆりのスマホにダウンロードしておいたGPSアプリを作動させる。

 そうすれば、案外簡単に彼女のいる場所は分かった。



 その場所が問題だったのだが。


「まさか。ここにいるなんて。」


 スマホを確認した私は、ポツリと呟いた。

 彼女がここに来たというのは、終わりがすぐそこまで迫っているという事。


 私は覚悟を決めるべきなのだろう。

 大きく深呼吸をして、彼女の元へと向かう準備をする。





 懐かしい。

 そんなに時間が経たないうちに、件の場所についた私は真っ先にそう思った。

 もう二度と来るつもりは無かったのだが、まさかこんなにも早く来ることになるとは。


 私は尚も痛みを訴え続ける頭を抑えながら、中へと入った。



 そこは一見すると森。

 しかしよくよく見てみれば、計算されて植物が植えられているのだと気が付く。

 ここを作ったさゆりのお父さんの、気持ちが存分にこもっていると感じる。


 懐かしい空気をいっぱいに吸い込んで、どんどん中へと進んでいく。


 そうすれば秘密の場所。

 色とりどりの花に囲まれた、温室が見えて来た。

 壁が透明なので、中で座っているさゆりの姿も確認できる。


 私はほっと息をついて、ゆっくりと近づいた。

 花の甘い香り、それは温室の扉を開けると更に濃くなる。

 頭の痛みは最高潮になるが、気にしている余裕はない。


「さゆり。」


 今はさゆりをどうにかしなくては。

 それだけが私の使命だった。


 呼びかけられたさゆりは、ゆっくりとこちらを振り向く。

 そして首を傾げた。



「だあれ?」


 まるで子供みたいに、実際に精神的に子供に戻っているのだろう、舌ったらずの声で聞いてくる。

 それを見て、すでに末期だったのかと今まで見て見ぬふりをしていた自分に怒りがわいてきた。


 しかし、他にやるべき事がある。

 私はしゃがみ込んで、彼女に目線を合わせて話しかけた。


「私はお父さんに頼まれて、あなたを迎えに来たの。おうちに帰りましょう?」


「そうなの?でもおかあさんをまってなきゃ。やくそくしたの。」


 やはり覚えていないのか。

 少しのやり取りで分かったので、私は笑顔を意識して更に話しかけた。


「お母さんも待っているわ。だから一緒に行きましょう。」


「わかった!」


 普通だったら警戒するような気がするが、子供と同じさゆりは疑問に思わなかったようだ。

 顔を輝かせて、私の手を握ってきた。


 嘘をついてしまった事に後悔が無いわけじゃないが、今はこうするしかない。

 私は彼女の手を引いて、温室から出る。

 ここには嫌な思い出しかない。


 今のさゆりは覚えていないが、彼女のお母さんが死んだ場所なのだ。

 これからどうやって思い出させるべきか。

 悩みは尽きないが、彼女を見つけられただけ良かった。

 力強く握った手をはなさないように、更に力を込める。


 そうすれば分かっていないだろうけど、さゆりも握り返して来た。

 今はそれだけで満足だ。





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